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成長の条件


今日、日本のスーパーアスリートたちの表には出さない、
けれどお互いを見つめ、超えたいと思い、憎しみ、傷つけあってきた
ライバル関係を特集した番組を見た。

これがものすごく面白かった。

やっぱり、人間は仲がいいだけじゃあつまらないと、思った。



ある種、愛なんかよりもよっぽど人間らしい、憎しみとか嫌うという感情。
それが歪んだ形で具現化すれば大惨事になるのかもしれないけれど、
それは確実に人間のポテンシャルを高め、引き出す原動力。

嫌いな相手を受け入れないためにより自分に鞭打って、
自分を追い込み、成長させる。




最近、一昔前のワル映画がはやっていることを受けての
街頭インタビューを見たときのことを覚えている。
そこには、昔のワルたちの熱い友情に憧れを抱く反面、
もっとライトな関係を求める若者たちがいた。
傷つくのが怖い。だから距離をとる。踏み込まない。
空気を読むことで衝突しないようにする。

そこにはやっぱり、人間関係として欠けているものがあると
思わざるを得ない。
かく言う自分だって、ライバル関係を特集した番組を見て、
傷つけあう仲間に飢えている自分を見つけ出してしまう。


日本人の心は物質的に豊かになるにつれて退化してしまったのだろうか。
現代っ子の典型を備えている自分に、不安を持ってしまう。


ところで、2009年度春募集の青年海外協力隊・村落開発普及員の
一次試験の問題の一部には、以下のようにあった。

「…農村生活の改善をめざした活動である。住民の心を育む活動をとおして、よりよい生活とは何かをさぐる。…」

特になやんだのは「住民の心を育む」の一言。
農村生活の改善なんかは定義がしやすく、語りやすい。
例えば収入の向上を目指すとか、教育の量・質を増やすなど、対策も狙って立てることができる。

だけど、心は?心って何??しかも心を育むって、どうすること?
民の何がどうなれば、心が育まれたということになるの??
全く分からない。
しかも今の日本人は物質的に豊かになった分、
心が貧しくなったと考えている人も多い。
その今の日本人の典型の自分たちが、心を育むなんてこと、できるのか??


そもそもだけど、少し前までは物質的な豊かさと心の豊かさ(貧しさ)に因果関係どころか相関関係もあるのか疑わしいと思っていた。
だって心の豊かさ(貧しさ)がまず、どうやって測って決めているのか分からない。基準がない。定義もない。


だけどごく最近、物質的な豊かさと心の貧しさには関係があるような気がしてきた。
少なくとも、最近の日本人は心が確かに貧しいのかもしれない。
…数値では示せないけど。
どうしてそう思うようになったのかは…今は思い出せない。



ただ、今の日本の若者が人間関係に関して
無難な形を求めているのは確かだと思う。
傷つかないこと、傷つけないことを求めて、
互いに宙ぶらりん。

傷つけあう相手を求めるなんてのは贅沢な言い草だけれど、
人間として上を、成長を目指す糧に飢えていることには
寂しいと思う。

頑張りたくない自分…のままではいたくないよね。
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