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何が人のためになることだろう??


土曜日、私の後任としてブルキナに派遣される予定の人に会って来た。

ブログでも、「後任として誰か、ブルキナに来てください!」なんて書いたりして、
でもブルキナからの緊急退避もあって自分さえもブルキナに戻れるかどうか分からず、
なんとかブルキナに戻れた後は、配属先に協力隊の意義を認めてもらって
後任を要請してもらうことを目的に活動を進めた。

軍の騒動があった後と言うことで、大事をとって選挙までは新たな隊員を入れないと言うことになり、
私は去年の6月までで帰ってしまい、
後任がブルキナに来るまでに、1年半とか2年とか、長い時間が空いたらどうしよう、なんて思っていたけれど、
ほぼ1年で後任が来ることになったので、とりあえずは一安心!

そして、自分が後任を要請するために頑張ったこと、
後任の人が活動し易い環境を出来るだけ作っておこうとしたことが、
自分の中でも、本当にこれでよかったのだろうか、意味があったんだろうかとか考えていたけれど、
「まささんが前任でよかった」
と言ってもらったことで、全部報われた。


後任になる人は今のうちからすごく研究していて、フランス語も熱心に勉強しているし、
なんだか私の勉強嫌い、面倒くさがり、いい加減主義とは比べ物にならないくらいにいい人が後任として決まってくれたみたいで嬉しい。
自分が恥ずかしくなるくらいに。
私の経験から言えば、私みたいないい加減なのでもフランス語はいつの間にか出来るようになっていたし、なんとか活動も出来てたから、今のうちからあれだけやっていたら、もうなんにも心配いらないぐらいだと思うけれどな。いや絶対大丈夫だ。



ただ、私も隊員の時に悩んでいた、果たして何が本当にブルキナベの為になることなのか?という疑問に対しては、彼女も既に考えていたけれど、何がどうなることが幸せなんだろうか。
自分たちの価値をただ押し付けるだけになっていないだろうか。

私が見て来た限り、確かにブルキナには絶対的な貧困とか不足がある。
日本から来てみれば、余計にそう思うだろう。
他のアフリカ地域や南アジアでも同じような地域は多いだろう。
けれど、そこに暮らす彼らが絶対的に不幸な訳ではない。確かに貧困に悩んではいても、毎日家族や友人、動物たちや、究極を言えば地球と一緒に労働をし、おしゃべりをして楽しく過ごす彼らは、端から見てとても幸せそうだ。
そしてそれが実際に見せかけだけの幸福や充足感か否か、彼らと共に2,3日や一週間からでも過ごしてみればすぐに分かることだろう。

何ヶ月か前の朝日新聞で、幸せの国ブータンにも物欲の魔の手が伸びていると読んだが、ブルキナも同じような経済成長を遂げようとしたならば、それで手放しに「発展した、GDPが増えた」と喜べるだろうか。

そんな疑問が、活動している時からずっとあった。もちろん、発展しなければいいなんて言っている訳じゃない。経済成長することで救える命があったり、なくすべき貧困はある。
けれど、経済成長は何処までも手段で、彼らの幸せの価値を尊重したまま、彼らの生活環境の改善をする方法って何処にあるんだろうか。


所詮、ボランティアなどどこかおこがましい身分であり、常にその尊大な響きと裏表になっている偽善臭さを実感するべきじゃないだろうか?私はそう思うし、だからこそボランティアと名乗ることに抵抗を感じていた。
誤解を恐れずに言えばボランティアなんて、他人の幸福を勝手に、自分の価値観をもとに定義することなのだ。初期のいわゆる国際協力はそういう性質が強かったみたいだし、広い意味で言えば、人に優しくすると言うことは須くそういう行動である気がする。
そしてそうすると今度は、エゴと他人を尊重する部分のバランスが難しい。


土曜日のお昼ご飯は、静岡の山奥でとろろ♩ 渓月というお店。
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きれいに晴れて、くっきりと富士山が見えた!
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