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選挙のこと。


選挙に行って来た。
今、住んでいるのは広島市内だけれど、住民票は田舎に或る。
と言うことで、ちょっと用事があったついでに投票して来た。

でも、選挙って一体なんだろうか。
今日、たぶん生まれて初めて選挙に行って投票して来た。
一瞬で終わったその行為に、思った以上の緊張感が走るのを感じた。

今、広島市内に住んでいると、普段から昼も夜も割とうるさい都会だ。
が、ここ最近は特に騒がしかった。
通勤中に仕事中に、その他の時間にも常に、近くで選挙カーが騒音をまき散らしながら
走って止まなかった。
たまらなく嫌悪感の涌く期間だった。
なんだか皮肉にもって言うんだろうか、こういう現実に直面したことで、
都会に住んだことで、これまでの人生の中で一番、選挙を身近に感じたかもしれない。
こんなイライラの中で実感するとは。
ただ街中を、立候補者名と政党名だけを叫んで走るor練り歩くだけというアピールに、
何か意味があるだろうか。
私の直感だけれど、国民の無関心はこういう選挙の形に端を発しているのではないだろうか。
アメリカの大統領選挙のように、もっと時間をかけて、もっと国民一人一人をしっかり巻き込み、
議論を尽くした上で決めるべきではないだろうか。
ひたすら街中でがなり立て、内容の無い騒音をまき散らす選挙戦を戦ったところで、
誰が勝ったとしても、所詮それでは国民はサブリミナルで投票していると言わんばかりじゃないか?
政治家のツイッターが少し問題になりかけている気配があるけれど、ツイッターもテレビでの党首討論も、政策アピールの場を限定して十分な議論も無く、それぞれの政党や候補者の露出度だけを公平にしたところで、それで本当に国の未来を考えての投票が出来るだろうか。
いい政治が生まれるだろうか。


投票に行く直前、母と母の友人の会話を聞いていた。
その中で、更に多くの疑問が涌いた。
第三極が乱立して、混乱を招いているのは理解できる。
だけれど、だからといって、第三極に政権運営能力がきちんとあるのかを疑問視するところまでは分かる。
でもそれで、自分の票が死票になって欲しくないからと自民党に入れてしまうの?
少なくとも、国民がはっきりと表明したはずの世論である脱原発を、「ただの感情論」とか「ポピュリズム」と言ってしまえるような政党に投票してしまうの??

国民の義務って、選挙に行くことだけなの?
選挙の時にだけどうして欲しいとか考えて、選挙の時にだけ自分たちの意志を示せばいいもの?
昔、どこかで「日本は江戸幕府の支配が長かったから、政治は全て御上に任せて、ゆだねてしまっている」という論を読んで、いやそんなことは無いだろうと何となく思っていたけれど、実際そうなのかもしれない。選挙の時にだけ、対して何も考えずに、なんだか上辺だけの意思表明をして、後は自分たちの責任を忘れている気がする。
でも、投票所に行きながら考えたことは、選挙に行って投票するということは、その結果にも責任を持たなければ行けないと言うこと。
投票は有限責任(その場だけ)と感じている人が多いのかも知れない。それで、あとは政権の所為にして、自民がダメだったから民主、民主がダメだったからまた今度は自民とデタラメをやろうとしている。
でも、国民が投票に行くと言うことは、本当はそれ自体が義務なのではなくて、そんなのは義務の始まりでしかない。投票とか国政に意思表明をするということには、国民として無限責任がそれぞれの肩にのしかかるという重みを感じた。
「選んだ国民にも責任がある」というお決まりのフレーズの意味を、やっと実感した。自分たちがこれからの日本を作り上げて行く、それは国会議員の仕事と思ってはいけないし、投票の時だけに発生する責任と思ってもいけない。

もし本当に自民党が大勝するとして…これがファシズムに繋がらないように、或る程度の勢力を持ったカウンターバランスを用意出来なかったら、でもそれも自分たち自身で選び取ったこと、と言うことになる。その重荷に一人一人が耐えられるような自己とシチュエーションとを作り出しておかなければ。


今日は、投票に行く前に、江田島の旧海軍兵学校を見学した。
小さい頃から慣れ親しんだ場所だったけれど、その分、真面目に見学することも無かった。
大人になってからまともな説明を受けながらの見学はこれが初めてかもしれない。

_DSF0602.jpg


今日の説明で、大講堂で行われる卒業式に、戦後の国会議員で唯一、国会議員席に座ったことのある人物が小沢一郎だと聞いた。
小沢氏の息子で、旧海軍兵学校を卒業した方がいるらしく、その息子の卒業式に出席したのだとか。
正直それまでは小沢氏のイメージは私の中でもよくなかったけれど、その話だけで、自分が思っていた小沢一郎像が書き換えられた。軽々しくも勇ましい言葉でナショナリズムを煽ることはしない。けれど、いざとなれば自分の子息をも戦争に送り出す覚悟がある。国を守る為に選ばれた隊員たちに堂々と敬意を示すことが出来る。そんな国会議員が今もいるとは思わなかった。
それで、日本未来の党はもともと推すつもりだったけれど、尚推していいと思えた。

私の地元の選挙区の立候補者は3人。以下のメンツ。

_DSF0702.jpg


小選挙区は共産党の尾崎ひかるに入れて、
比例代表は日本未来の党と書いた。
これで終わり、じゃなくて、これからが責任の果たしどころ。誰かの所為にせず、ちゃんと見守って行こう。
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コメント

こんにちは 未来の党や小沢氏 云々については 意を異にする部分大ですが ほかは概ね同意 納得できますね     

騒音を撒き散らすだけの選挙カーにはウンザリだし あまりにも不甲斐ない 候補者と国民  もっとまともな考えと実行力を持った人達が増えて欲しいモンです… まぁ偉そうな事 言えた義理じゃないんですがね;
       

Re: タイトルなし

いちよんさん、

丁寧に読んでくださっていて、とてもありがたいです。
私はメールもコメントの返事も遅く、申し訳ないです。

今回の選挙、自民党の大勝は選挙制度と第三極の乱立が大きく関係しているみたいですね。
国民の意見を吸い上げることが出来ない選挙制度からして、国民と政治を深く切り離してしまいますね。
投票率も最悪、そして投票した人の思いを反映しない制度、早速公約を反故にしようとする政治家…
無理してでも背伸びしてエラそうなこと言って、考えて行きましょう。

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