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6日目、とまとランドとアクアマリン。現実との格闘。


津波や放射能で傷つきながらも、その怪我を乗り越えて必死に福島や東北の復興の先駆けとなろうと努力している企業たち。彼ら自身も傷を負いながらも、地域の人々と支えあって新しい基盤を作ろうとしている姿に心を打たれた。



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とまとランド。ビニールハウス内でコンピューターによる温度管理などを徹底してトマトなどの野菜を栽培している。栽培した野菜は、トマト狩りでその場でそのまま味わうことが出来る。

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ここは主に、風評被害に悩まされているそう。
実際に原発で爆発があり、またベントをした直後には放射線量があがったらしい。
放射能で汚染された畑、トマト。
放射能が降ったという事実だけで恐ろしい。
つい2年前まで、そんなことを心配したことが無かった日本で、
昨日のブログでも放射線量を確かめてから食事をとる仮設住宅を紹介したけれど、
これが原発と一緒に生きる際の、呪われた事実なのだ。

そしてこの風評被害は、決して他人事ではない。
日本国内にいれば、それは福島やその近辺の問題と思うかもしれないが、
海外では福島第一原発の事故後、日本製品については「放射能入りでしょ?」という質の悪いジョークが頻繁に発せられ、そのことで傷ついた人も多いと思う。いや日本人なら傷ついてしかるべきだ。
そしてご存知の通り、世界中で日本で生産された食料の輸入が止まった。

とまとランドでは、汚染されたトマトは全て廃棄、細かく放射線量を測って規定値以下で或あることを確認し、それを必死にアピールしてきた。地道な努力のおかげで、業績は改善してきていると言う。

留学生たちは、コンピューターで管理された無駄の無い、最新の農業技術に興味を大いに示す。
また、放射能被害、風評被害やその改善についても丁寧に話を聞く。

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無事に平和的にここでの見学が終わるかと思ったが・・・最後の最後、サンキュースピーチをした後、とまとランドを案内してくれたスタッフがぽつりとつぶやく。

「僕の家は今後、最低30年ぐらい帰れないんですけれどね。」

彼はそれを冗談にして「もしもの時にはあなた方の国に」と言ってみんなを笑顔にしてくれたが、
私は表情も心も引きつって全く笑えなかった。
彼の故郷は汚されてしまった。自分の状況が全く無事なことを思うと、とても申し訳なく思えて来る。こんな引け目をお互いに感じてはいけないはずなのに。




二つ目の見学施設、アクアマリンは水族館だ。
海に面した場所にあり、だからこそ出来る大胆な構造もあったと思う。
隣にあったお土産物がたくさん並ぶショッピングセンターと共に、この辺りの観光の要を担っていたんだろう。海の幸が豊かと言われて、とても説得力がある場所だ。

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ここは当然ながら、津波で一度流された。水族館の建物は地中深くに杭を打っていた為に流されなかったみたいで、ここでなくなった方もおられない様子ではあったけれど、水族館の施設はほぼ全壊し、そして地震の地盤沈下の為に、水族館の玄関は1メートルほどの段差が出来てしまった。

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壊滅状態だったこの水族館を支えたのは、周囲の人々との絆だった。
これまで水族館を支えてくれていた人々が被災し、娯楽どころか明日の生活さえも見えなくなった。
その人々が、それでも希望を持って復興に取り組んでいるのを、精神的な部分から支えてあげたい。
という思いを抱えて、なんと半年で再オープンを果たしてしまった。
震災直後の水族館の様子を写真などで見たけれど、まさかこんなに大きな水族館がめちゃくちゃに壊れてしまったのを、たった半年で直してしまったとはとてもにわかには信じられない。
それが出来たのも、やはり地域の人々との繋がりがあり、そして他の水族館の様々な協力があればこそだったろう。


ここの水族館はすごく面白かった。ただはしゃいで歩くための場所じゃない。
環境をすごく意識していて、特に福島の、山から海までの環境と生物の変化を、大きな施設とはいえその中で細かく再現し、水の流れとともに生じる環境の変化や生物の習性が手に取るように分かる構造になっている部分、
これほどまでに福島(地元)に対する愛情を感じることが出来る施設はない。

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そして、福島の海だけではない、世界の海を守っていくと言うことの意味を考えさせられる施設だった。

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この施設を出る時にはもう、夕暮れ時だった。
施設の庭には、ショベルカーがこんな遅い時間まで動いていた。
この日の夕暮れは、特に赤くて強く胸が締め付けられた。

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