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理想の為に一歩ずつステップアップしていくということ


さてさて、活動振り返り編と銘打ったのはいいものの、何から書いていいことやら。
本当は、自分の2年間全部を洗いざらい整理し直して、新たな価値づけをした方がいいんだろうけれど、
そんな余裕もない。
そもそも、2年間の活動と表現したならば、違和感がぬぐえない。

同じブルキナ、同じゾルゴという任地、同じ人たちと協力して活動しながらも、
去年(2011年)4月から9月までの退避期間を隔てた前後はそれぞれ、全く別の物という感覚がある。
現地で起こっていたこと(村や町での生活やプロジェクト等)は確かに連続性がある。

だけれど、自分の活動には全く連続性がない。
退避期間にモチベーションの維持が大変だったのは、ただその場にいなかっただけでなく、日本の情報ばかりにずっと、晒されていた性もある。
そのために、全く別の心構えで、全く別の物を見、聞き、触れ、考えて動いた二つの10ヶ月間だ。
そして二つ目の10ヶ月間は、その中でさらに自分が優先した目的等が変化し、
もっとばらばらの期間に分けることができてしまうと思う。
何時でも村に行って活動ができる、活動を手伝ってくれる人もいるという環境と、あと10ヶ月で何かを初めて終わらせなければいけないという焦りと。


だから…と、今更ブログで言い訳してもしょうがないけれど、
ブルキナでの最終活動報告も、ほとんど最後の数ヶ月の話しかしていないし、
日本での最終活動報告、水資源課の方とお話をしたときにも、全体として話題が飛び飛びになって、
まとまりのある話ができなかった印象。
それでも「貴重な話」と言って下さるのは嬉しいけれど、
自分の中でもこれを一つのストーリーにまとめ上げることができない以上、
とりあえずは個々の話をしていくしかないのかな。



ダベガの村で参加型開発をやって見た話は暫く前に書いたけれど、
色んな意味で村人たちに合ってない活動だった。
村人の自意識、実際のレベルが、まだまだ自分たちを中心に村を動かしていくというほどではない様子。
切迫感も積極性もなく、だから本当に今の状況では、外からのプロジェクトや融資を待つ方があっているのかも知れない。
そういうことを色々と考え、悩み、自分の中にも大きな迷いがあったことで、村に行く頻度も少なくなっていた。


後になってから人に言われたりもしたけれど、
参加型をするのにも必要な、住民側の意識や能力部分でのレベルも見極めなきゃいけなかった。
やったことがなかったから、そういうことを全然考えなかったし、やりながら自分を焦らせる要因にしてしまった。多分、自分だけじゃなく。
協力というのも、もしかしたら村人たちは協力のやり方を知らないから戸惑っていたのでは、という意見も確かに考えられる。

だから本当は本当に、村人たちが何時か私に行ったように、
「あなたが『こうしろ』と言ったらその通りにするから」
というのが今のところ、一番無理のないやり方だったのかも知れない。
理想の形はあれど、そこに向かって段階を踏んでいくことは大事にしなければ。


次回に続く。




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