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参加型開発のバカヤロー。



前に何時書いたか忘れそうになるけれど、Dabegaという一つの村にもっと積極的に関わって、小さな範囲から物事を変えてみようと思って、今までとは全然違う活動を始めた。このアクティビティについては、全くこちらの意図が村人に伝わってなくってびっくりするけれど。

その時のブログ。

簡単にこの村での私の活動をおさらいすると、村の人たちと、外部からの投入(資金にしても物資にしても)を全く考えない活動を自分たちで何か考えてやって、村人自身が全部やることで、自分たちで自分たちの状況を改善していくことができるということを実感してもらう活動にしようと思っていた。

それで、村落開発普及員の技術補完研修で知った「参加型開発」というのをやって見ようという気になった。
ちなみにPCM(Project cycle management)というものなんだけれど。
で、最初のほうの活動で村の抱えている問題を挙げてもらったときには、びっくりするぐらいに村人たちは饒舌だった。その様子だけをとらえれば、私の提案した活動に対して積極的になってくれているのかなと思ってしまえた。
でも、じゃあその問題点を分析して自分達で活動を決めましょうという段階になったときに、苦しくなった。
需要調査、問題調査という場面では住民達は饒舌だったけれど、じゃあそれを自分達で解決する方向に持って行きましょう、という話をした途端に住民の口が重くなる。

ちなみに、問題分析をしたときの様子。
真ん中の赤い人は、私の活動を手伝ってくれた農業省の職員。農業改良普及員。

IMG_3140.jpg


結局、この技術補完研修で習った内容、およびテキストは参加型開発の一例の手順をごく簡略になぞっただけであって、理論だとか精神と言ったものには全く触れないから、その分自由っちゃ自由だけれど、専門書を読んだらごく当たり前というか常識的な参加型に関する知識もこれっぽちもなく。だから、テキストの所為にするような言い方してしまうけれど、これを読んでも正しい方向性を持ちにくいし、そもそも方向性というものを意識しないといけないということすら考えなかった。
ただ単にテキストに書いてある通りをなぞってみたところで、それが平面的なもの以上にはならなくて、物事を次の段階に進めようとすればするほど無理が出てくる。そりゃそうだ、この段にしっかりと立つことができていないのに、次の段に踏み出せるわけがなかった。

どうやって住民達に口を開かせるか、自分達で考えさせるかと言うのは、自分が思っていた以上に難しかったみたい。私たちとは教育レベルも育ってきた環境も違うわけで、こちらの意図を読み取ってもらおうというのがそもそも二階から目薬だし。加えて、人前では語りにくいという事情もあるのかもしれない。それでも、こちらとしては「どうして自分の頭で考えようとしてくれないの?」と喚きたくなる。喚かないけれどね。やっぱり援助が多く入っているせいで、他力本願な体質というのも否めない事実だと実感した。

村人のそういう雰囲気を感じたから、このままではまずいと思って人に相談したりもしたけれど、なかなか綺麗な解決の糸口は見つからなかった。
だから自分自身も自信がなくなって、このままこの活動を続けても意味のあるものにできるか分からなくて、村に行きづらくなってしまったし、だからこの計画は何時まで経ってもなかなか進展しなかった。今でも進展してないか。もう5月なのに。

そうして悩んでいたときに、やっと参加型開発について詳しく書いた本を読んで、自分がどれだけ参加型について理解してなかったかを知った。この悪循環から抜け出すきっかけをくれたのが、事務所に新しく入ってきた本だった。ちょうどロバートチェンバースの本が読みたいと思っていたところだったので、なおさら。で、その本を読んで全く価値観が変わった。参加型の意味も自分は知らなかったなぁと。本のタイトルは「参加型開発による地域づくりの方法 PRA実践ハンドブック」、ソメシュ・クマール著。ロバート・チェンバース本人が書いているわけではないけれど、彼が前書きを寄せている。

その本を読んで、参加型開発に対する理解は段違いに深まった。ただ、人のせいにはしたくないけれど、村落開発普及員用の技術補完研修の内容が中途半端すぎたことは否めないと思う。本にも第一章の終りのほうに「中途半端な参加型に関する研修をやって、中途半端な技術と理解しかない参加型開発のファシリテーターを量産しているのは許し難い」という主旨の記述があったけれど、それも仕方がないと思う。本当の専門家を作りだそうとしたら、最低でも実習を交えた数ヶ月の研修は必要だと思うし、その後も技術は個人の中で実践を重ねる中で改良していくもので、その専門家を簡単には作れない。自分の実感からすれば、たった2年間しか居ないことが前提のボランティアには尚更、使うかどうかも分からない技術の存在や中身を数時間の研修で教えたところで、どうにかなるものじゃない。少なくとも、その正しい使用が前提なら。






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