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古本の行方は…


ブルキナ隊のドミは近々、引越しをする予定。
今月末に新しいドミトリーに荷物を全部移して、場所は今のドミの近くだけれど、もうちょっと小さい家がこれから、ブルキナの隊員ドミトリーになる。
今より小さいって言っても、最大で20人ぐらいが泊ることを想定したところだからね。

で、その引越しにあたって、今のドミには本がありすぎるから、
それを寄付すると言う話がちょっと前からあった。
今より小さいドミに引っ越すにあたって、今の本の量は新しいドミのキャパシティを超えているから、
おおよそ3分の1を残して処分しなければいけないと。
その時にちょうど、大使館を通してメディアテックという、図書や映像作品を閲覧できるブルキナの公共施設に漫画などを寄付してもらえませんか、という話があった。
もう2,3か月前の話で、その時にはまだ読みたいからと言って反対する人がちらほらいたので、
寄付するということにはならなかったけれど、
今回は捨てるか寄付するかという二択だったので、「じゃあ寄付する」という人が多かった。


と言うか私以外は全員、寄付することに賛成。
私だけが寄付することには反対、捨てたいと言った。
私一人の意見でそこは決めるわけにはいかないので、協力隊として大使館を通して寄付するということなら
その中に私の名前は連ねないでほしい、という希望を話した。
それで決定。

ちなみにこの寄付に関しては何と、
大使館主催で引き渡し式のセレモニーを、ブルキナメディアも呼んでやるらしい。

以降は私から見たブルキナ隊員像が描かれている部分も含まれるけれど、
勿論それが全員に共通と言うわけでもないし、
私からしか見えないものである可能性もある。

私の感情として今回の件、自分がゴミとして処分できないものを他人に押し付けているだけのように見えてしょうがない。
もとブルキナ調整員のKさんが、日本からセネガルにサッカーボールを送ってもらった話、
その話を最近思い出すきっかけになった東日本震災に係るボランティア活動の中で出会った、送り主にとってはただ要らなくなったものを詰めただけの服などが被災者に送られて来ていて残念に思ったという出来事話していたのを思い出す。詳しくは端折る。

使える、だけれどもう私は使わない。
捨てるのはもったいない。というか自分で捨てることは出来ない。
だから誰か別の人がもらってくれたら。面倒がなくてすむ。自分が捨てると言う罪悪感を持たずに済む。
…そういう心理が見え隠れする。

ブルキナの中にある日本人コミュニティーの事だからしょうがない部分はあるけれど、
それでもブルキナべに物をあげるよりは日本人同士であげることが多い。それも、質のいいもの、値段の高い物になればなるほど。
私もそういう人から冷蔵庫をもらって使っているからあまり強くは言えないけれど、
でも「ブルキナべは援助や貰うことに慣れていて、なんでも『頂戴』と言うから嫌」みたいなことを言っている人が
誰よりも日本人の先輩隊員から家具や食料を譲ってもらったりしているから、信用できないと思う。

先輩隊員が後輩隊員のために服や文房具などの物を残していくときにも、「ブルキナべにあげるのはもったいないから」と言いたいんだろうな、と言うものがちらほらある。実際にそう言っていた人もいた。同じものが使いきれないくらいに無駄にたくさん残っていたり、服なども溢れているけれど、必ずしも欲しいと言う人はいない物もたくさんあり、最近は寧ろそっちのほうが多く、自分で処分できないから下に押し付けているだけというニュアンスが常々、漂っていた気がする。


漫画を始めとした図書を寄付する理由として、漫画は絵が多くて読みやすく尚且つ日本の文化紹介になるとは仰るけれど、
その理屈を言い訳に体のいい処分場所を見つけただけに見えているのは私だけだろうか?
私は自分で持ってきた本の中にはブルキナべより日本人に読んでほしいと思うものもあったりするし、
先輩隊員が(どういう精神であれ)残していってくれたものを別のところに寄付するのはたとえ今の隊員間で合意があったとしても横領なのでは?という気がするので、それよりは潔く処分するほうが正しいと思っている。



そういう自分の直感が多分、正しいなと思った瞬間。
本を段ボールに詰め込んだ後の様子。人に贈ると言う本を、ここまでいい加減にパックできるとは予想してなかった。そういうことを抜きにしてまず、本が可哀そう。まだ日本でゴミとかリサイクルに出す本のほうがよっぽど丁寧にまとめられてるし。

IMG_2946.jpg

IMG_2947.jpg


そしてこちらが自分たちが新しいドミに持って行く本らしい。

IMG_2948.jpg

賛否両論、というか寧ろみんな私と意見合わない人のほうが多いだろうけれど、
これで私は自分のプライドだけは守ったな。安心した。



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コメント

言い訳するわけじゃないけど、
最後の写真の分も、持って行く本じゃないよ。
形がそろってたから綺麗に並んでるだけ。
文庫のリサイクルボックスで、俺が主に並べたやつもそれなりに綺麗に入ってるよ。
それと、寄贈するしないは、後日もう一回箱の中から選抜するらしい。
さすがにあの状態では渡しません。

体の良い引き取り先を見つけたとか、
横領じゃ?って箇所やけど、
喜ばれないであろうものはみんな捨てるんじゃない?
置いて帰った時点で俺らに委ねられてると思うし、
メディアで取り上げてもらいたいとかっていう、
個人的なメリットのためにてやってるわけじゃないよ。
そもそもみんな捨てる気が勝ってて、あげれるものはどうぞ、な感じ。
ま、週末何回も上がって、綺麗な本やら、生活用品やら次々に持って帰ってる人もいるけど。

被災地での話とか実際話題になってたよ、あのあとの食事のときも。
やから、いらんもんやしあげよう、だけではないよ。
処分せなあかんって議論がなければ確かにあげることにはならんかったやろうけど、それはきっかけでしかない。

まぁでも、
一番ガツガツリサイクルボックスに入れてた隊員は、
こうなるんだから初めから全部持って帰るか、
自分で捨てなさいって意見を持ってはって、
それが一番やなって思ったわ。

立つ鳥跡を濁さずを心がけたいね。

Re: タイトルなし

でっち、

正直な話、その場にいた人に
「これが新しいドミに持って行くもの、これが譲渡するやつ」
って確かめたときには、その情報が多分間違っているなって思った。
それは認める。悪いと思っているよ。

でも変わらないのは、私の意見として、
隊員の活動としてあれをやるのははずかいい。と言うか恥。
これには本文に書いたように、異論はみんなあると思う。
私だけの感覚かもしれない。

でも、始めから恥と思っている活動には私は参加しない。
東日本大震災のTシャツの時には反対はしなかった、買わなかっただけ。
でも今回は、絶対に違うと思った。

そういうことだよ。

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