スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

軍隊のデモのこと。


私が任地について、
多分おそらく同僚の話では願わくば、10ヶ月間も電気や水道なしに過ごしたうちに電気と水道が来て、
自由に使えるようになっているという話なので、前より少しぐらいは快適な生活を送っていると思います、
今日この頃には。

ただし、ネット環境は相変わらずというか、今後もうちにネットを引く予定はないので、
数日間はメールも日本のニュースからも疎外された生活を送っているはず。。。

私が任地に着いて、久しぶりに同僚や友人に会って、
そういうことかそうじゃないことか知らないけれど、
次に何か書くまでにはしばらく時間がかかると思うので、
その間は自動更新でお楽しみください…

今日のテーマは、軍隊のデモ。
日本でも小さな小さな新聞記事が出たりもしたようなので、
手短にその軍隊のデモの話をしようかと。


ことの発端は、平和維持軍として首都に駐留していた隊を海外に派遣したこと。
ソマリアやコードジボワールになどに派遣されていた軍人たちが、
その海外赴任手当の少なさに不満を持って、不正に武器弾薬を持ち出して街中で発砲を始めた。
最初のデモの日に、忘れもしない、私はそんなことがあったとはつゆ知らず、
熱を出して健康管理員に何度も電話をして怒鳴られていた。

同時に、私の職場でもある女性に対して暴行をしたとして5人ほどの軍人が逮捕され、
その5人に対して裁判が行われて判決が出たということが話題になっていた。
その判決に対して仲間の軍人たちが不満の声をあげていることは聞いていたので、
てっきり私はこのデモのことを、裁判の判決に抗議するものとばかり思っていた。
それは首都ではなく、首都から東に200kmぐらいの地点にあるファダングルマという都市での出来事だった。
だから、首都に引き続いて各地で軍隊のデモというか発砲行動が行われたときに、
ファダングルマでは裁判所もその標的になっていた。

デモを起こした軍人たちは一度、ブレーズ・コンパオレ大統領と話し合いを持ったが、
その内容がひどくて、これは軍人たちが納得しないだろうと思った。
具体的にどういうものだったかは覚えていないけれど、
案の定、デモは悪化の一途をたどり、私たちが帰国することになった4月の後半、
首都に上がってくると、
ガソリンスタンドは破壊されて動いておらず、バイク店のショーケースも破られてバイクがひとつ残らず消えている、
高級スーパーマーケットも襲撃されて玄関口はぼろぼろ、もちろん営業していなかった。
いろんな店から水などの商品が消えて、営業をしていないところも多かったし、
JICA関係者もかなり怖い思いをした人がいた様子。
なかでも一番怖い思いをしたのでは?と思う人が、戻ってきてみると平然と仕事をしているので
この人はどういう神経の構造をしているのだろうかと少し不思議に思う。
戻って来てみたときに、何事もなかったように活気を取り戻していた街でも、
例えばスーパーではコンピューターを置いていた棚は全て空っぽになっていたり、
壁に銃痕が残っていたりした。

5月終わりから6月にかけて、西側の中心地ボボ・ディウラッソで大規模な反乱があり、
大統領はこれを大統領府治安部隊を派遣して鎮圧させた。
このボボでの騒乱が一番激しかったようで、反乱兵士たちの振舞いもそうだし、
本当に街中が戦場のようになっていた見たい。

これが鎮圧されてからは、割と平穏が保たれた状態が続いている様子だけれど、
国際社会の中では脆弱社会というレッテルが張られ、
落ち着いているように見えて実はとてもデリケートで、綱渡りをしているように不安定な国だったという形で認識された。
エジプトやチュニジアのデモとはあらゆる意味で全く質が違っているので、
おそらく一度は落ち着いたように見えてずっとどこかで火種はくすぶり続けているという状態が続くだろう。
それにしても、ブルキナべを守るためのブルキナ軍が、その役割を放棄して自らの目的のために国民を傷つけ、
また火事場泥棒に活躍の機会を与えてしまった罪は重いと思う。

少しずつでも、この国の国民が不安定さを解消し、同時に国民全員で発展する形で団結してくれれば、と思うのだが。
スポンサーサイト

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム |

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://karehausagi.blog38.fc2.com/tb.php/493-4c669490
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。