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疎外感


わざわざ横浜までHIVのフォーラムを見に行っておいて、
一番印象に残ったのは陸前高田の話だった。

フォーラムの主催者と陸前高田の人と、ちょっと前から
つながりがあったことをきっかけに支援に入った話や、
普段は学校などでHIV啓発をやっている保健師が
被災地に入って活動した話を最初のオープニングセレモニーでしていたんだけれど、

その話を聞いていて率直に思ったのは、
「あー私はもう、他の日本人と感覚が違ってきているんだ」
ってことだった。


HIVの話はこれっぽっちもしないよ。


東日本大災害があった3月11日が金曜日で、
その週末は娯楽番組その他の一切がキャンセルになって、ひたすら被災地から情報が発信されていたと友達に聞いた。
地震が起こってからの3日間、ずっと津波が町を飲み込む映像と
被災した人々をまざまざと見せつけられた日本人たちは、
自然災害としての津波の恐ろしさと、
それ以上にたくさんの人が亡くなり、毎日お葬式をやっても間に合わないような状況を三日間延々と突き付けられて、
物資も不足してコンビニからものが消え、電気も消えて、

とにかく、国民全体で精神的にも物理的にも暗い雰囲気を共有したみたい。

その深刻さやそれを共有した一体感が私にだけはない。
地震が起こったこと、津波で大勢の人が亡くなっているという情報もなかなか入ってこなかったし、
テレビやネットはないから映像も見ない、雑誌さえも手に入らない。
人づてに小さな情報を手に入れるくらい。
ブルキナにいたから、暗い空気を共有することもなく、
ネットカフェに行っても、何人死んで何人行方不明で、という情報ばかりが集まり、
日本の空気感や論調みたいなものは全く分からなかった。
日本に居る人がどういう気持ちなのか全く想像できなかったし、
地震から1カ月ぐらいしてやっと雑誌で津波の写真を見て
「こんなの日本じゃない」
という感想がやっと出た。
でもその時には日本の人びとはそれを現実として受け止め、
少しずつでも復興に向けて経済を回さなきゃ!と言いだす人が増えてきて、
停電も減って少しずつ、もとの生活を取り戻そうと努力を始めていた。

私は、みんなが共有している絶望感もないし、絶望から這い出さなきゃという気持ちにもなれない。
あぁ、がんばれ東北とかがんばろう日本とか言っている気持ちが、
私にはまったく理解できない気持ちだなーと思う。
何気なく普通の会話をみんなとしていても、
そういうずれが絶対存在しているんだ。
いま、そう思う。

私の言動や思考は、
そういう絶望感を共有していないという部分で、
もし私の個性がそう考えさせていると思っているようなことでも、
3.11を知らない所為で溝ができているのかも知れない。

そう思ってください。



あぁ、9月初めにまた東京に行きたい。
だけど、ブルキナにいつ、出発することになるのか分からない。
こういう生活は、私をとことん堕落させるなーと実感する。

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