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英霊のいる場所


うちに帰ってから、8月6日の靖国神社には人がたくさんいたか、と聞かれた。
私も、8月6日に靖国神社に行って、もっと人がたくさん来ているものだと想像していたものだから、
いつもよりも少ないぐらいの人ごみで、というか人ごみというほども人がいなくて、
けっこう驚いた。

やっぱり広島の人間だから、そういうふうに想像するんだろうか。
8月6日は、先の大戦の中でも特別な日だと思っているのは広島の人ばかりらしい。
よく考えたら確かにそうなんだ。原爆で死んだのは民間人ばかりで、
そういう人たちは靖国に居ないんだから。


祖父の兄は戦争中、中国で戦死したらしい。
その人のために、本殿に上がって祈ってもらった。
本堂に入るのは2回目だけれど、こういう儀式には全く慣れてなくて、
祈る気持ちよりも作法を守ることで精いっぱいになってしまう。
60余年前、多くの若者たちがどれだけの覚悟で銃を手に取ったのかと思うと、
神社の作法一つで戸惑っている自分なんてちっぽけでしょうがないなーと思えてくる。

靖国神社も戦後、国から切り離されて中国や韓国から中傷されて、
その影響で経営も苦しいらしいから、
次回、また祈ってもらう時には、三千円なんてけちな金額出さないで、
一万とか二万とか出したいなぁ、と思う。
日本という国を守ってもらったことについて値段をつけたりはできないけれど、
日本を守ってくれた神様たちの居場所というか、
今の時代を作り出してくれた前の世代とつながり、思いをはせることのできる場所はどうしても必要だから。

祖父の兄の名前に、「命(みこと)」と付け加えてあった。神社の人もそう呼んでくれる。
国を守って死んでいった人たちは本当に、神様としてそこに祀られていることを実感した。
8月6日だからということなんてなく、
そこに二百万を超える神様が祭られていて、毎日がたくさんの神様の命日(神様となった日?)であり、
ここでは一年365日、日に何度でも、多くの神様のために儀式が行われていると考えながら廊下を、
神主さんに従ってゆっくり歩いた。やっぱり自分の想像力なんてものすごくちっぽけだ。
全く、神聖になんてなれやしない。
まだまだ、こんな日差しよりも暑い日が世界中でたくさんあり、あったというのに、
いつまでも蝉のこえと背中に貼りつくシャツにイライラしていて。


この何でもないような自分の気持ちと、基盤になっている平凡な毎日が、
60年以上前の戦争とつながっているということを、
一年にたった一度、思い出すか思い出さないか…
そのぐらいの感覚でいてはいけないよね、本当は。
終戦記念日は、歴史は、消費財じゃないから。

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