スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ミクロの決死圏』



『ミクロの決死圏』という映画のタイトルをなぜメモ帳に書いておいたのか、きれいさっぱりと忘れていたために、どうしてその映画が見たいのかも分からないままDVDを借りて、見てみた。

あらすじとしては、脳の奥の血管を手術するために、人間を小さくしてボートに乗せて、人間の体内に注射するというもので、古い時代のSF映画だ。映像以上に、その演出や効果音がこの映画のクラシックさを実感させる。とはいえ、オープニングはセリフなしで進んでいくので、そういう部分は面白い試みだと思った。

映画がしばらく進んで、人の体内を移動するためのボートが登場したときに、「あぁそうだった」と思った。何のことはない、その映画の話になったときに、必死になって語っていたのはあの地図だ。壁に円柱型の穴がいくつも空いていて、そこに丸められた地図がいくつも収まっているという。たかがそれだけのことをみんなが集まったときに話して、私はそのタイトルをメモした。結局のところ、なぜその地図の話をしたのか、何が面白いと言っていたかも全く覚えず。
自分で選んでいたら絶対に手を出すことのない映画だったから、ユニークなものは見れたのかも知れない。
昔のSF映画の描写だから正直言って鈍臭いんだけれど、そうは言ってもこういう映像を作るという試みは斬新だったのかも知れない。今では手術シーンが割とリアルに再現されていて、というか実際に手術している最中の映像を使うこともあり、動く心臓をブラウン管で見ることも珍しくなくなったけれど、血管や内臓をもっと小さな目で、というか人体を一つの宇宙、世界と捉えて作られている映画というものはあまり見たことがないから(そう考えるとこの映画もありきたりなSFになってしまうわけだけれど)、SFのなかでも珍しい部類に入るのかも知れない。ちゃっちい作りではあったかも知れないけれど、意外と血管や肺とかいうものは小さな目で見れば、ああいうものなのかもしれない。

そういうところ、革新的な映像を作っているのかも知れない。

関係ないけれど、個人的に深刻なこと。アナログ放送も終わって今日び、むしろ珍しくなっていくのはブラウン管のほうだ。メディアがこうも多様化したときに、それをざっくりと表現する方法って、いいものがあるだろうか?それとも細かく、「プラズマテレビで見た」とか「ネットで見た」とか言わなきゃいけないんだろうか?「ブラウン管」が死語になっていくと、ちょっと困るかも、と最近よく考える。
スポンサーサイト

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム |

コメント

我が家にそのDVDあるけど、途中で見るの止めた。
TSUTAYAでおすすめの映画ってなっとって母さんが借りてきたらしい。。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://karehausagi.blog38.fc2.com/tb.php/467-c4163b1e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。