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電気と英語と道場と牛タンと。



いくつか用事があってまた来た、東京。昨日の朝に書いたのは本当に衝動的なもので、あれは実際に目の前にマンションを眺めながら、パンをかじりながら書いた。そしてこのホテルの部屋が西向きで、午後になると西日がすごい。朝の、マンションからの照り返しだけで日焼けしそうなぐらいだと思ったけれど、午後になるとまぶしくて目を開けていられない。そういう事情があって、ここのホテルのカーテンは妙にごつい遮光カーテンなのかも知れない、と思う。カーテンを閉め切ってしまうときれいに光がさえぎられて、今度は真っ暗で何も見えなくなってしまう。電気も暗めになっているので、カーテンの端っこを少しだけ開けて、光を取りこもうとしてみる。それでだいぶ明るくなったけれど、日焼けしてしまわないかがちょっと心配。


日曜日の朝に高速バスで新宿に着く。到着まであとちょっと、という時になってものすごく気分が悪くなって、バスの中のトイレで少し吐いた。ほとんど液体しか出なかった。こんなに気分が悪いのは久しぶり。バスの座席に対して、横になって寝ようとした所為?手足が若干、筋肉系の痛みを伴っているのも同じ原因なんだろうか。右のふくらはぎが特に痛む。
バスを降りて、口の中を洗ってからコインロッカーにキャリーバッグを入れてから地下鉄に乗る。幡ヶ谷で降りて、JICA東京を目指すも、迷子になる。一年半前の派遣前技術補完研修で通ったはずの道が分からない。なんでだ、そもそも1年前にはこんな道を見たことがない、やっぱりどう考えてもこれはおかしい、そう思って自分の向かっている方向と太陽の位置を確かめたら、駅から南に行かなければいけないのに、北を目指していた。迷子になるはずだ。でもどうしてだろう、駅の南口を出てまっすぐ歩いてきたはずなのに、どうしてこの足は北を向いていた?バスと言い幡ヶ谷の道と言い、今日の始り方は最悪だ。しかも東京は朝8時だというのにどうしてこんなにも暑い?朝8時がまだ暑い時間だと思っていなかったのは誤算だった。やっぱり、都市と言うのは熱がこもるようにできているんだと思う。たまに吹く風が多量の熱を抱えているのには閉口する。
結局、しばらくの間無駄にさまよって汗だくになってJICA東京に到着。ここに来た目的は、日本に来ているブルキナべに会うこと。実は、ゾルゴで一緒に働いていた農業省県支局の同僚が、農業に関する研修のために日本に来ている。そいつに会いにきた。気さくで、西アフリカのいち地方公務員にしては近代社会に理解があるやつなので、日本にも割となじんで楽しんでいくだろうと思ってきた。話をしてみると実際に、先進国というイメージよりは、山奥の深い自然とか温泉というものにカルチャーショックを大きく受けたみたいで、それからご飯のおかずに砂糖が入っているのには面喰ったらしい。今は慣れた様子だったけれど。それから、一般的な(?)外国人らしく、メトロの中での人間観察は楽しいみたい。
彼はブルキナのいろんな情報を日本に居てもネットとかで細かく見ているようで、あるいは友人から話を聞いているみたいで、最近うすうすわかってはいたけれど、私たちがブルキナに戻ることはほぼ決まっているということが分かった。それはブルキナの状況を知るなかでも分かってきたし、現地での追加の語学訓練の話が来たときにもそういうことだと思った。ただ、まだはっきりとJICAから「(何時)再赴任します」という連絡は来ていない。日本にきているブルキナべによるとしかしブルキナ国内ではすでに、日本人ボランティアが戻ってくるというニュースが流れたそう。実際に戻れるのが何時になるのかはまだ分からないけれど、戻ることができるということはほぼ、確実に決まっていることだと言っていいと思う。これからの時期にブルキナに戻って、どういう活動をしていくか、今から準備しておかなきゃ。
そしてブルキナのニュースもう一つ、ブルキナの、ゾルゴの、私のうちに電気と水道が通ったらしい!私が留守の間に。やってくれるわぁ。ブルキナ残りの10カ月ぐらい?は電気と水道が使える生活になる予定。冷蔵庫も稼働予定。去年の12月に冷蔵庫をもらって、かれこれ1年近く?なんて無駄なことしてたんだか…いやもう言うまい。ブルキナに戻ったらまずは、うちの掃除をしなきゃ。電気と水道が来ていると思うと、ちょっと気合が入るね。またものすごい白アリハウスになってるんだろうなぁ。
ブルキナべの彼と、一緒に研修を受けているナイジェリア人二人と一緒に朝食。朝から本当に、いいものを食べているなぁと思う。穀物ばかりのアフリカの食生活から、野菜や肉魚がふんだんに使われているバランスのとれた食生活になっていて、かつおいしい。どうしてこれを食べていて彼は太らないのだ?ナイジェリアは英語圏だそうで、話をするのに、まず口をついて出てくるのはフランス語、それをまた自分で英語訳して会話する。ややこしい。結局、英語は諦めてずっとフランス語でしゃべってた。ナイジェリアの彼らには悪いことしたかも、と今になって思う。

ブルキナの友人と別れたら立ち食いそばを食べて今度は大崎へ。1時には着かなければいけなかったんだけれど、ちょっと押して10分前に着くことになった。東京の電車は、目的の駅までの所要時間が表示されるからものすごく便利だと思いながらモニターを眺めていたら、外国人の若い女性に話しかけられた。彼女も英語をしゃべっていた。イヤホンを外して、何ですかと聞き直すと、「この電車は原宿に行くか、この駅は原宿か」と聞いてきた。正直、原宿には不似合いな気のするシンプルというか質素な服装にそばかすの浮いた顔、日焼けを隠そうとしない腕に勝手に不自然なものを感じながらも、本当にこんな淡くて上品なブルーをした瞳があるんだと驚きながら、「原宿は次の駅ですよ」と答えた。が、なぜだかあまり通じてない…と思ったら私はフランス語で受け答えをしていた。気づいて必死に頭の中でフランス語を英語に翻訳して彼女に伝える。理解してもらった後に、そう言えば英語では「Bonne soieée」というのをどう表現するのだろうと考えこんだ。「Good afternoon」でも、言いたいことは通じるだろうか。フランス語を直訳するとしっくりこないのが、同じヨーロッパ言語のはずなのに、と私をいらいらさせる。しばらくしてようやく気付き、彼女が原宿で電車を降りるときに「Have a nice day」と言っておいた。
木村文氏の『英語は女を救うのか』という本を最近、読んだ。読んだ後に、こんなにも最初に定義された疑問が解決されていない本も珍しい。友達に、何と言ってこの本を紹介したらいいのか分からない。タイトルがこういうタイトルだから、うまく説明できなければまず誤解をされてしまう類の本で、なおさら難しい。つまるところこの問いの答えはどこまで行っても、自らにこの問いを投げかける人がそれぞれに答えるしかなく、そうでなければYesともNoとも言えないはずだけれど、それでもそう問われればYes or Noで答えたくなるのが、いわゆる人情、というものであったりするんだろうか。この問い、英語と書かれている部分が英語たりうるのは、その効用を自己満足以外の形でも表現することが最も簡単にできるものだからだろうと思う。しかし問題の核心はそこにはなく、一番重要なのは他力本願でいるかどうかという問題だったりする。それを考えると私の場合、私は少なくとも英語があれば変わるとは思っていない、それゆえに英語の勉強を中途半端なままで投げ出すことに成功しているわけだし、それを問題視するならロマンチストになることは状況によっては解決策にもなる。まぁ今のところ、私の英語能力は電車の駅を聞かれても困らない程度、ということだ。結論として。

大崎ではゴー宣道場というものに参加してきたけれど、想像していた以上に価値観が変わる、面白い経験をすることができた。この話はまた後日。

夕方、道場を後にしてホテルで休憩。深夜バスに乗ってからこっち、全身汗だらけだったのを洗い流して、やっと清潔になれた。
夜は今度は吉祥寺に出かけて行って友達とご飯を食べた。 とろろごはんと牛タン食べながらだらだらおしゃべりして、ちょっと服見てからカフェでまたおしゃべりした。普通の雑談をしているつもりだったけれど、なぜか話は教育論に。だらだらと長々としゃべったけれど、私はやっぱり、誤解を生むような話し方を常々しているんだろうか?それから、自分がマジョリティのがわにいるという優越感を無意識に自分の言葉の裏側に忍ばせていたりするんだろうか?ちょっと考え込むことが多かった。

トータルでこの日は、ものすごくいい日だった♪
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