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UNICEFとの連携プロジェクトも途中で放り出したままだった。


JICAブルキナファソからメールが来ていた。治安情勢は安定していないみたいで、ナショナルスタッフの子供が授業中に(多分、流れ弾に当たったということだと思うんだけれど)被弾して亡くなったとか。4人残っていた日本人スタッフもブルキナは撤退して、ニジェールから(隊員はブルキナよりも一か月前に撤退して、その時点で戻ってこないと決まっていたニジェールから)ブルキナの治安情勢を見守るという。先日テレビでも紹介された、日本から一番遠い日本食レストランを首都のワガドゥグで経営していたおじさんも、大使館の退避勧告を受けて今は日本に帰国している。

…落ち着く気配が見えない。それかいっそのこと、「もう完全撤退です」と言ってくれたらいいのに。中途半端すぎて一番落ち着かない状態だと思う。

もう一度ブルキナに行きたい。そのために、フランス語もちゃんと維持しておかなきゃいけない。6月のフランス語検定も受けてみようか、と思う。
それで、フランス語の勉強ができる教室を広島で探している。ちょうど連休なので、今すぐというわけにはいかないけれど。いくつか探してみた中に、珍しく日曜日でも対応していた会社があって、携帯電話から申し込んだらすぐに電話で連絡がきた。
「フランス語がやりたいんですけれど。」
といった瞬間に、受話器の向こうで明らかに言葉が詰まった。まぁそういう事態はある程度予想していたけれど、調べてもらった結果、その会社は広島ではフランス語の講座は開いていないそうだ。やっぱり、看板にはいつもフランス語だとかスペイン語だとか書いておいて、英語かせいぜい韓国語や中国語ぐらいしかほとんどの教室ではないんだろうと思う。想像のレベルだけれど。

私がブルキナで活動するにあたって、任地のゾルゴは首都から近い、それからおそらく政治力という点(国会の議長がゾルゴの出身)で海外からの援助がかなり多く、UNICEFも多分にもれずこの地で学校建設などの活動を行っていたことが、私に行動しやすくしてくれた。というのも、その建てている学校について、プロジェクトを作って建設をしたのは確かにUNICEFだけれど、その資金は日本から出ていたからだ。その点を細かく突き詰めて確かめてはいないのだけれど、日本政府の出資か、31アイスクリームの出資だと思う。だから、建物や子供たちが使う机には悉く、UNICEFのマークと一緒に日本のマークが入っている。

ゾルゴのSapaga-peulh(サパガ・プル)村に新しく建てられた学校での授業風景。
IMG_0385.jpg


そして、日本が出資しているということ、そうして建てた学校の近くで隊員が活動しているということで、UNICEFとの連携プロジェクトとして、学校における学校菜園と環境教育の追跡調査に隊員が参加することが提案された。
活動を始めたばかりのころ、バイクをもらったばかりのころ、でも村の場所も分からないし知り合いもいない死という状況で、特に一人で行くことは躊躇われた。かといって、同僚は忙しかったりガソリン代のこととかで、私が村に行きたいと言ってリクエストしてもなかなか首を縦に振らない。そこをなんとか、と言って頼んで、なんとか同僚と一緒に村に行くことになったときでも、おなじプロジェクトで同僚も活動しているというところで、要するに一緒に村に行ったとしても、現地語が話せないという事実が一人でいる時よりも致命的な問題となって、村に行っても村人と話すのは同僚ばかりで、私はただついて行っているだけ、という印象だった。それが嫌で嫌でしょうがなかったから、常にどこか、一人で村にいくきっかけがないものか、せめて同僚ではない人と行くチャンスはないかと伺っていたところだった。
だからUNICEFのプロジェクトはほとんど望んでいたものが望んでいた通りに目の前に現れて、私はこの連携プロジェクトをきっかけに、自分一人で村に行き、村人と自分の言葉で話し、自分の目で見て自分の頭で考える機会を得た。とにかくがむしゃらで、目的設定も最初はいい加減なものだったけれど、そうやって自分と村人との関係づくりのきっかけを作り、隊員としての活動の第一歩、一段目になってくれたのはUNICEFとの連携プロジェクトだった。こういうことを言葉にしたところで、言われたほうはどこまで本気でどこまでお世辞かわからないだろうから困ったと思うけれど、私は本当に、自分の任地にUNICEFが日本の融資で学校を建てていることに感謝している。
UNICEFブルキナも教育担当は日本人だった。2,3年前までウガンダで協力隊として活動していた人らしく、その前はベルギーで3年ぐらい、開発を勉強していたらしい。だからフランス語がものすごくきれいで上手かった。あの人はUNICEFのエージェントとして来ていたけれど、日本人ではあるからどうなんだろう、大使館からの退避勧告を受けて日本に戻ってきているんだろうか。少なくとも、ブルキナは脱出したんだろうか。大使館開催の天皇誕生日のレセプションにも来ていたし…と思うんだけれど。もちろんまたブルキナで会いたいし、話していて勉強にもなるし一緒にいて楽しかったり居心地いいと思う人だったので、ブルキナじゃなくても、どこかでまた縁があればな、と思う。
連絡が取れたらいいんだけれど、なぜか少し前に4月7日以降のメールを残して、MSNのメールがいつの間にか全部消えてた。アドレスをノートとかに控えてもなかったから、こちらからは連絡が取れなくなってしまった。そういう人が何人かいるんだけれど。

今年は世界中が、ただ歩いているだけなのに傷口が広がっているみたい。今日は不安が昨日よりもずっと高まった。

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