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ブルキナにも自粛ムード広がる



さてさてこのブログを見てくださっている皆さんにひとつ、(私にとって)悲しいお知らせが。
当面の間(4月いっぱいを目処)、ブログの内容に制限がかかります。その理由については、おおよそお察しの通りだろうと思います。ブルキナからガスがなくなった、という話のときにも定期連絡の話を少ししたと思うんだけれど、ブルキナ隊員全員に毎週、定期的にメールでやってくる連絡があり、健康・安全などの注意喚起や出張予定など隊員活動を支えるための様々な情報が詰まったその定期連絡の、2011年4月1日号にて以下のような連絡があった。4月1日号とはいえブルキナ時間の話なので、このブログでは4月2日まで、世間の厳しい目から見て今「不謹慎だろう!」と言われてもしょうがない記事が載ってしまいましたが。もしそういう感想を持った方が折られましたならこの場を借りてお詫びをするとともに、3日に更新する予定だった3回シリーズの最終回については暫く延期する旨、ここに伝えておきます。
話を元に戻して、今回のことはもちろん、東北地方太平洋沖地震災害に端を発しており、日本全国にその影響が及び、原発での爆発と放射能漏れ、またそういう状況の中でODAや協力隊事業についても「現在のような緊急事態において、貧困国の支援よりもまず力(やお金)をかけるべきことがあるのではないか」という意見も聞かれる中での(私はなんて婉曲表現にしてしまっている?こんなんだから伝言ゲームは信用できない!)JICAの対応と言うこと。なので「ブルキナ隊の定期連絡で連絡があった」とは書いたけれど、おそらく世界中の隊員に同じ様な(あるいは全く同じ)連絡が届いているのではないか、と思われる。
本題に入って、ではいったいどういうふうにブログの内容に制限がかかってくるのかと言うと。定期連絡の文面を直接ここに載せる。誤解を避けるために。

当面の間(4月一杯を目処)、ブログ内容の公開は以下の点に留意する。
■ 任国の方々の地震災害にかかる反響や応援メッセージを積極的に収集し、執筆者自身の地震災害にかかるお見舞いのメッセージとともに公開可とする。
■ 純粋な「活動報告」や「文化・生活習慣紹介」のような新規ブログ記事の公開を見合わせる。

さて一体、どれだけの人がこのブログを協力隊のブログだと思って呼んでいるのかは、分からないけれど。少なくとも私はそういうつもりで書いている。協力隊とは何も関係なかったときからこのタイトル、このスタンスでやっているつもりで、このブログの執筆者が協力隊としてブルキナファソにいると言うことは状況に過ぎない。だから読んでいる人がどこまで協力隊が書いているブログとして受け取っているのか?個人的には懐疑的に思っていたりする。だけど、筆者の自己紹介の欄には間違いなく「協力隊22年度1次隊としてブルキナファソに…」と書いている。だから言い訳はできない。協力隊のブログを読んだ人から時々、税金で暮らしている者が公開する内容として不謹慎だという内容のクレームがくることがあると聞くから、自分が考えている以上にインパクトはある名札なのかもしれない、実感できないだけで。
私は、今自分がブルキナにいることに戸惑いを覚えたりする。どうしてこんな日本が大変なときに、自分はこんな遠くにいて、ニュースもまともに入らないような状況なのだろうかと…一方で協力隊春募集広告の差し止めが間に合わず、日本中が災害被害に苦しんでいるときに満面の笑みで「世界を救おう」というコピー入りの写真が出たことなどに大きな批判が集まり、「こんなときに世界とは何事だ」という意見が出ていることも知った。その話を始めて帰国した隊員からメールで知らされたときには「勝手なことばかり、何言ってんだ」って思った。こうして海外に取り残されてしまい、何もできないもどかしさを抱えている自分たちや、貧困国の人たちの気持ちだってあるって思った。
だけど、やっぱりブルキナにいて、ほとんどが広島の人と連絡とってたから、今回の災害について、本当にその深刻さが分かってはなかったと今になって思う。私は日本にいる間広島、静岡という場所にずっといて。東北には縁がなかったしね。そして今ブルキナの田舎町で、ネット環境が不十分な中で生活していて、思うようには情報が手に入らない。津波だとかキーワードは拾いながら、さらっと出てくるそういう単語にインパクトを感じなかった。加えて自分の知っている人には死亡者・行方不明者などはいなかった。家族や知り合いは西日本など被害が少ない地域に住んでいる人が多く、そういう人たちからの情報では、本当の深刻さからは一歩距離をとった形になってしまっていた。
私は今、首都ワガドゥグにいる。月曜(4月4日)からの健康診断に備えての上京。そして上京するときいつも私は、首都の情報インフラを頼りにしている部分が大いにある。特にこのごろは(ネットだけじゃないってこと)。
上京してドミに到着してすぐ、ドミのテーブルの上に無造作に置かれていた雑誌を見た。週刊フライデイの最新号。表紙に並ぶショッキングな言葉からは目が離せなかった。が、言葉なんて所詮その程度のものだったと、思い直した。ぱらぱらと2、3枚ページをめくって、巻頭に並ぶ写真を見て、最初は何の写真か分からなかった。写真の内容を少しずつ認識してきたときに、もう一度タイトルに戻って何の写真であったか確かめる。そしてやっと分かった。ネットの記事やその中の数字を何度頭に入れても、ここまでの光景は想像できなかった。被災地の写真を見てショックを受けた。信じられなかった。「こんなの、日本じゃない…」心のなかでそうつぶやいた。今まで無抵抗に受け入れてきたニュースを一度全部否定したい気分に襲われた。遅い遅い、気付き。
新しくブルキナに来たばかりの隊員にも話を聞いた。彼は語学その他の訓練を終え、駒ヶ根訓練所から帰宅するバスの中で地震にあった。そしてその後10日ほどの日本を見てからブルキナに旅立ってきている。彼によると、東京の駅なども蛍光灯や電光掲示板を止め、極力節電に努めている。コンビニからは食料品や乾電池などの品がそっくりそのまま消えてしまっている。そしてそれを見た、出国のために東京にやってきた西日本出身の隊員たちの驚き…。

今、改めて思う。どうして自分は今、こんな西アフリカの片隅にいるんだろう。貧しいところだけれど、任地にいても基本的に不自由はない。慣れきってしまったいまのこのインフラ環境、もともと不足がちの燃料、水、電気…それでも想像していたよりは安定はしているし、不足しがちでいることが前提だから一時的になくなっても困ることはない。なくなったときにどう対応するとか代わりに何を使うとか誰を頼るとかどれぐらいすれば戻ってくるとか、すこしずつだけれど掴んできた。急激な需要増と供給不足というのもないし。一週間ほど前に私の任地・ゾルゴにに来て泊まっていってくれた隊員が、水道・電気なし生活だけれど「以外と、居心地いい」と言ってくれた。気を使ってくれた部分もあるとは思うけれど、本当に、家に水道や電気が来てないことにそこまで不満は感じない。そういう生活に慣れてきた部分、そういう環境に適応した生活スタイルを作り出せていることだけじゃなくて実際問題、家にないだけで任地には電気や水道などのインフラはかなりしっかりと整備されているし、街ではあるし首都から遠くないということもあって物資も割と行き届いている。
村にしたってそうだ。電気・水道がないことが前提の生活。そういう環境を前提にスタイルをみんな組み立てている。電気はついで、あれば儲けもの、ぐらいの感じ。電気がないからと困ったりはしていない。だから、どれだけレベルの低い生活をしていて、一日1ドル未満で生活していて、いくら5歳未満児の死亡率が高かろうと、人間開発指数が低かろうと、今の自分やブルキナの人たちの生活を見て、場合によっては今現在の日本よりいい生活をしているのかもしれないと想像する。
津波が飲み込んでいった街の残骸などの写真には大きなショックを感じた。だけど雑誌を読んでショックを受けたからと言って、今、それなりに満たされているブルキナでの生活を切り詰めることはない。首都に上がってくれば、久しぶりにシャワーのノズルから暖かいお湯を浴びて、蛍光灯の下で本を読んでいる。洗濯機で洗濯をし、うちよりも整ったキッチンで、首都に上がってきたときの習慣になった、パイナップルを切る。うちよりも性能がいいガスコンロで料理を楽しむ。埃だらけになったズボンをクリーニングにも出す。そしてはしゃいで街に遊びに出かける。任地にいても同じで、普段と変わらず食事をして仕事に行ってご飯食べて本読んだりして、疲れたら寝る。
そういう自分の振る舞いにね、後ろめたさと言うものを感じたりはする。こんなときに日本を飛び出したままで、一体自分は何をやってるんだろうと思っている。日本にいてボランティアをやったほうがいいんじゃないか…って悩みながらも飛行機に乗って新たに海外に飛び出してきた人たちもいる。やむをえない(任国の事情とかで)日本に戻ることになり、東北でボランティア活動をすることにした人もいる。世界各地に留まり続ける意味を今、必死で探している。
同じ、4月1日の定期連絡に、ブルキナ隊からの東北地震災害への義捐金の合計金額が載っていた。JICAブルキナの関係者から全部で2,213,000FCFA、3,374€が集まったらしい。1€が119.71円として(2011年4月4日現在のレート)、403,901.54円。これ以外にも、自分でネットを通じて募金をしている人もいると思う。ブルキナ協力隊のメーリングリストでも、そういう呼びかけがあった。何もできない無力さをみんな自分で呪っているし、それでも我慢してブルキナや、世界の各地にとどまり続ける意味を必死で探している。

一ヵ月後には、溜めまくった言いたいこと、紹介したいことをこれでもか!ってぐらいに更新してやるからなァ!
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コメント

 何で迷うんなら。特にJICA隊員は、日の丸背負って日本の代表として、世界のために頑張っておるんじゃ。

 確かに被災地で頑張っている人は偉い!避難しちょる人もすごい辛抱しちょると思うで。でも、国際貢献も中断は出来ん。海外で日本人として一所懸命頑張ることが、日本復興に繋がるんじゃないかね。後ろめたい思わんでもええ。今おるところで出来ることをやりゃあえーんじゃ!

 と言いつつ、わしは日本に居るんじゃけん、被災地支援派遣要員に申し込んだでえ。選ばれたら、おまえの分も頑張って来るけんのう。(まあ、それこそ役に立てんかもしれんが、行かしてくれるかどうかも分からんが、ちったあわしにも何か出来ることがあろうじゃあなあ。)

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