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かまきり・コーディネート



先週の日曜日に、隣に住んでいる同僚と一緒に、村での衛生アニメーションのモニタリングに行ってきた。
街中から南に15kmほど行ったところにある村で、道がすこぶる悪いのには閉口した。こんなにタイヤをとられる道も久しぶりだった。同僚はこういう道に慣れているから、子どもをしょって3人乗りですいすいと走っていくから驚きだったりする。
お昼過ぎに家を出て、着いた村は電気、水道どころかトイレもない村なのだそうだ。唯一トイレらしいトイレは学校のものだけ。だから村の人たちは、木の陰とかで用を足していたりするらしい。
村に着いて椅子を出してもらい、座ろうとしたときに、すぐそばにあった木材にかまきりがいるのに気がついた。鮮やかな黄緑色をした、立派なかまきりだ。なんとなく子供心がわいてきて、かまきりとじゃれたりしてみた。そういえば昔、大学の近くで一人暮らしをしたときに、いつの間にか部屋にかまきりが侵入して、カーテンに卵を産み付けていたことがあった。それに気づいてあわてて卵を取り除き、孵化する前にその作業を終えたので大事には至らなかったが、そのあと卒業してその部屋を出るまで、カーテンの一部にかまきりの卵のあとの土色がいつまでも残っていた。それを見る度に、かまきりの細長い緑色の体を思い出していた。そのかまきりを同処分したかは、もう思い出せなかった。多分、ベランダから外に出したんだろう。
小学生のころにかまきりを見つけては背中から取り押さえようとしていたのは夏休み前後の夏真っ盛り、蒸し暑い、耳鳴りのようにせみの声がやまない日々だったと思う。さてそんな小さな頃には、まさか3月の中ごろにかまきりを拝もうなどとは想像だにしていなかった私。しかし暑いは暑いので、以外とその自分が24年間生きて培ってきた季節感とのずれになかなか気付かないものだったりする。こんなに乾いた大地で、よくもこうみずみずしい黄緑色に染まっていられるものだ、と思う。
そう、乾燥した大地。見渡せば一面、埃の色。ふとかまきりの向こうに見える頼りなげな木々を見て現実がよみがえる。かまきりの鮮やかな緑に比べて、あの木々の葉っぱの、どうしてこうもくすんでいることか。緑色ではあるけれど、わざわざ大雑把にサンド系の塗料を吹き付けたようにくすんでいる。そして空気中に舞う埃。雲なのか埃なのか、もう見分けがつかないが、朝晩は埃が多すぎて太陽が隠れ、日差しが大分に弱められるほどだ。日中の太陽をさえぎるほどの埃はないけれど。どうせなら、日中のほうに埃に頑張って欲しい、なんて祈ってみる、駄目でもともと。
時々不思議に思うのは、こんなに暑くて、人間はほとんどへばっていて、水を与えれらない植物たちもこんなに苦しそうな色を見せている中で、どうして虫たちはこんなに生き生きとしているんだろうか。いや植物たちだって本当は生き生きしているのかも知れない。特に、そろそろシーズンを迎えるマンゴーとか。
ただ、少なくともその運動量と色合いを見て思うのだ。虫たちはこんなに元気なのはなぜだ、と。
昨日、とある映画の中でアイルランドの風景を見た。憧れのアイルランド。なだらかな、表情豊かな丘に映える突き抜けるような青い空と、深く沈みこむような緑。そして目の前に一面広がるラベンダー畑。そこに一人の女の子が立っている。カラフルな女の子だ。その女の子は、大学で芸術を専攻しているという設定。様々な色を取り入れたコーディネートには独特のセンスが光る。バックのラベンダーに色が重なる帽子が気になる。合点のいく設定かもしれない。私はほとんどかかわりあうこともなかったので全く注意して見ていなかったが、大学の教育学部には芸術を専攻するコースがあった。友人によれば、――彼は寮に住んでいたから学内での友好関係は広かったようだし、いろんな学部の人たちを観察する機会にも恵まれたんだろう――芸術を専攻している人たちは大部分が、独特のセンスを持っていたそうだ。服のコーディネートも、全く理解不能なものから抜群のセンスと思えるものまで居たそうだが、そのセンスを隠すことなく表現する才能というのは同様に持ち合わせているようだ。
同じ友人と服を買いにデパートに出かけたとき、あるショップの店員はこういった。「自分やマネキンのコーディネートをするときには、最大で3色までしか使わない。それ以上の色を使うと、統一感がなくなって見栄えが悪くなるから。」こっちは無難なセンスだ、と思う。美人投票の原理みたいなものだ。大半の人はそういうのを見て落ち着いたりするだろう。だから自分のコーディネートとしてもそっちを選ぶだろう。
今日の自分の服を見てみた。シャツだけで3色ある。そのうちの、どれがメインでどの色が服従的で、というのがなく、3色が3色とも個性を主張している。それが長袖だから余計に、3色の主張が激しくなる。ズボンは落ち着いた黒のスラックスにしておいたけれど、やはり落ち着きのなさ過ぎる格好は避けようとする。だからシャツの3色に合わせて、中に来ているのは黄色のポロシャツ、靴は赤…日本なら「絶対に、無理」なシャツだ(シャツ以外も?)。パーツごとに好きなものを選んで組み合わせて見ると、そういうことになってしまう。私は割りとパーツでみてそれぞれを買うので、トータルでバランスが取れないことが多い。
ただそれは美人投票のことを気にしているからで、本当に自分にとって何がいいのか、どういうものが好みなのかを素直に表現すれば、雑誌の中でモデルがポーズを決めている、その服が可愛くないと思うかもしれないし、人から見れば奇抜なだけのものが自分にとってはクールでしょうがないかもしれない。それは分からないことで、「人から否定されたら喜びなさい、それはあなたが個性的だという証拠なのだから」という人もいるぐらいだし。
1週間ほど前に、かまきりとはちょっと色合いが違ったけれど、鮮やかな緑をまとった人を見た。時々、晩御飯を買いに行く先のマダムなんだけれど、全身緑と言うコーディネートだった。そのコーディネートは徹底していて、もちろんドレスも頭の布も緑だし、何より目についたのはアイシャドーの緑。ここまではっきりと緑を主張されたら、緑のアイシャドーなんでこんな全面に出して使う人がいるなんて思いもしなかったけれど、きれいにまとまっていた。ちなみにそのマダムは、次に見たときにはアイシャドーが緑ではなかったので、化粧もはっきりと服に合わせて変えてきている。あんな化粧ができるのはパリコレぐらいのものだと思っていたけれど…自分のイメージしたものをストレートに完全に表現できる力と言うのはすごいなぁと思った。
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