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ゴーマニズム宣言国防論~TPP参加は食料安保を脅かす~、SAPIO2011年3月9日号をよんで思うこと


日本の雑誌を久しぶりに読んだ。(ちなみに書いてるのは月末でも、読んだのは月はじめごろだからね。)雑誌どころか日本のあらゆる情報に飢えているこのごろなので、久しぶりに読むと、今日本がどういうことになっていて、みんながどういうことに関心を持っているのかが分かってものすごく面白い。今まで雑誌を読んでいても、ここまでその面白さと言うものを感じたことはなかったので、本当に感謝したい。そしてあぁ、本屋さんが近所に欲しい。
タイトルの通り、なぜかSAPIOの最新号がドミにあって、日本にいたときよりも夢中になって読んでいた。停電している時間も多かったけれど、携帯電話についている小さいライトを使って読んだりしていた。他の記事も面白かったけれど、やっぱり一番気になったのはこれ。
暫くみないうちに(訓練所に入ってから見なくなったから、一年近くぶり)、国防論というのが始まっていた。ということは、日本の言論状況も相変わらずなんだろうと思う。多分、テレビとか見ても相変わらずで、2年明けて日本に帰るときにも、大した抵抗もなく見れてしまうのかもしれない。国防と言うのも彼が今までずっと主張して来ていることなので、おおよそ言いたいことというのも分かる気がするし、世の中のどんな現象について彼が主張しているのかも、そう難しいことでもないと思う。

同じ時期のサンデー毎日も読んだのだけれど(サンデーの号数などは確認次第記載します)、小林よしのりもサンデー毎日もTPPについては全く同じ論調だ。ただしサンデー毎日は食糧安全保障以外の面からもTPP参加を批判していた。JICA事務所で新聞ダイジェストを立ち読みしたときには(まぁいろいろとすいません)逆にどの紙面も同様に『平静の開国』支持であったようだから、少し不思議な感じと言うか、釈然としない。納得できかねる部分は多いが、最近(に始まったことではない?よく分からないけれど)落ち目の菅政権が破れかぶれの打開策ということなのだろう。それに新聞が乗っかるのは、小泉政権のときと同じ仕掛けなんだろうかと想像してみる。

実は食糧安全保障という観点からみた日本の食料自給率の低さについて、雑誌を読む数日前に友人としゃべっていたときに、ブルキナベの友人もその点心配してくれていて、曰く「日本はそんなに食料自給率が低くてだいじょうぶなのか」と。食糧の輸出を外国が拒否したらどうするのかと。小林よしのりも土地をあさられる貧困国のことを描いていたが、日本の状況というのも、その貧困国の代表のようなブルキナファソの人までもが心配するぐらいに、異常な状況だということだと思う。今現在で日本の食料自給率は40%、TPPに参加すればこれが14%にまで低下するとサンデー毎日は推測している。が、現在の食料自給率にしたって、家畜飼料や野菜の種などはほとんど輸入しているという事実を考慮すれば、もっと低くなるだろう(農業省職員はブルキナべでもモンサント社とか知っていて驚き)。だからTPP参加後の自給率予想ももっと低くなるだろう。食糧安全保障の観点から見れば、今の時点ですでに非常事態だ。米以外は輸入がなければほとんど成立していないのだから。アメリカやオーストラリアで作られたとうもろこし(そしてもちろん、これは遺伝子組み換えとうもろこしの可能盛大)と食べて育った牛や鶏の肉を持ってして、胸を張ってこれらを「国産だ」と言って食べられるかどうか?サンデーの記事中で『TPPは賛成するほうが難しい、デタラメな議論』だと言っているが、私も賛成だ。

そういう日本政府の体たらくを批判して「日本はアメリカの51番目の州だ」なんて言い方をしたりする。もしTPPが成って日本の農業が大打撃を受け、みんながアメリカ産の米を毎日食べるようになったとしても、そのときになってまだ私たちは自分たちのことを「日本人だ」といえるだろうか。米もそうだが、日本人の国民職と言えば味噌汁。ブルキナにいる私に時々家族は日本食や日本のお菓子を送ってくれるが、その中に味噌汁は必ずと言っていいほど入っている。インスタントの味噌が入っているビニールの下のほうに、こう書いてあった。「このみそは遺伝子組み換え大豆を使用していません。」こう断ってある意味が分かるだろうか。味噌やしょうゆの原料である大豆はすでに、ほとんどが輸入。日本産の大豆を使えばわざわざそれを断ってブランド化できてしまう。世界がつながりあっていることを実感する瞬間は、どうしようもなくむなしい。


小林よしのりは言う。
『「TPPは、日本の田園と、田園によって支えられている環境の循環システムを壊す。…(略)…TPPは日本人の美意識の崩壊にまで結びつく、狂気の政策である。」』

ただ日本の米を食べているという事実だけでなく、米を作り出す環境そのものがすでに日本人の形成に大きな影響を与える。
私はその考えに全く賛成したいけれど、すごく不安になることがある。
ブルキナ隊で任国外旅行の話になったときに、多くの隊員がモロッコやフランスに行って「マック(マクドナルドのハンバーガーやポテト)を食べたい」と言っている。あるならもちろん、日本食やそれに近いものが食べたいと思っているだろう。が、それはそれとしてマックを食べたいという欲求があると言う。彼らが話しているのを聞いていると、「幼い頃によく食べた味が、大人になってからも食べたくなるらしいよ。だから子供相手の、おもちゃを配ったりなんかしてるんだって。」だから、そうおいしくもないと思っていても行きたくなるんだそうだ。そうしてマックを食べて育った子供たちが大人になって、また子供をマックにつれていくんだろうと思うと、この循環システムは怖い。本国アメリカでマック相手に女子高生が裁判起こそうと、毎日マックを食べて病気になる映画が作られようと、どうもこれが変わる気配はなさそうだ。思うに、食料自給率が伸び悩むのは、また工業側がTPPに賛成するのは、そういった側面、つまり文化的に、それも根の深いところからすでにかなりアメリカに侵食されているって事実もあるのじゃないだろうか。田園風景に裏打ちされた美意識を持っている日本人と言うのは、もうかなり減ってきてないだろうか。ただの田園風景だけでなく、稲作のサイクルに基づいた祭りなども、こう書いている私だってよく知らない。茶摘の歌もあったけれど、ああいう歌に出てくるような細かい日本の季節感を、感じることなく鈍感に過ごしている。米だってブランド志向で、地元で取れた米を味わっている人と言うのはそう多くない気がする。少し前に、隣のコミューンに出かけてそこで食事をした。米を食べたが、ひどくまずい、と思った。「この米な、このあたりで生産したものなんだ。」そう嬉しそうに言った友人をうらやましいと思う。


日本人であるってことは、ただ国籍を持っていればいいってものじゃないと思う。ハンバーガーとポテトばかり食ってて毎日洋服ばかり着て、「武士道精神が語れるかってんだ」。日本人であるってことは、日本の歴史と文化を体現するってこともすごく重要なことだと思う。だから、たとえば江戸時代の日本人がどのようなものを食べていたかとか、そういうものを尊重して、自分たちも同様の食生活を辿って見ることは、日本人として大事なことじゃないかな。今でも武士道が日本の精神だと思うならね。

小林よしのりは日本における稲の存在感について古事記の、ニニギノミコトが稲を託されるシーンから考察しているが、神話や宗教で大切にされていることと言うのは私も尊重するべきだと思う。ちなみに小林よしのりのみならず、サンデー毎日では田んぼの写真に「日本聖域・コメも危い」とでているあたり、思わずにやりとしてしまう。ヒンドゥー教でなぜ牛が神聖な動物とされているかという問題について、ヴァンダナ・シヴァはインド人にとっての牛の生活(生産)面での重要さがまず影響していたと説明する。日本でも、小林よしのりが取り上げた古事記の一説の意味と言うのは私たちにとって小さからぬものがあって、だから当然ながら日本人が米を中心とした食生活を営んできたということには日本人の生活や精神を語る上で欠いてはならないものなのだと思う。だから、米を食べることのみでなく、米を育てることにも、日本人として大切なものが宿っているのではないだろうか。
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