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感情的にmillet


millet、というものが何なんだろうか、というのは、こっちに来てからずっと抱えてる疑問だ。最初に仏和辞典で引いてみたら、「粟」と出たので、よく分からないけれど粟なのだと思っていた。どっちにしても分からない代物で、「濡れ手に粟の一掴み」とは言うけれど、果たして一掴みにしたところでそんなに嬉しいものなのかどうか、はなはだ疑問だ。というのも、粟というのは昔、白い米がたくさんはない時代に、米の代わりに貧乏人が食べていた主食、という認識。優劣的には
「米→粟→ひえ」
だとなんとなく思っていたけれど、どうせひえも粟も食べたことのない代物で、高校を卒業してしまえば福島正則ほども価値のない言葉だろうと思っていた。ひえも粟も、どちらも私にしてみれば同じことだった。

最近、とある映画の中で「ひえだけの飯なぞ、食えたものではない」といっているその字幕に「millet」と出ていて、それで変だ、milletという単語はいったい粟なのかひえなのかと思ってもう一度辞書を引いてみたら、結局よく分からないままだけれど、たぶん、フランス語や英語でmilletと言ったらどちらのことも指す。
普段の生活を送る中でひえだとか粟だとかそんなものは、言ってしまえば本の中にしか存在しない遠い星のことのように思えていたものだ。それがブルキナに来てみれば、私は普段、お米を食べることに不自由しなくても、周囲を見渡せば畑で作っているのは圧倒的にmilletが多い。milletを粉にして水で練って油で揚げたお菓子、ガレットやmilletのジュースなど。そういう意味では、タイムスリップをしてきたみたいだ。白黒映画に登場するような、歴史の教科書に登場するような食べ物を食べているわけで、まるで漫画の主人公にでもなったような気分だと思ってみたりする。その点だけ取り上げれば。

映画のなかの台詞のように、とても食べれたものじゃないと思う。このmilletという代物。米が(それもタイの米が)食べれるという今の状況の中、この選択肢はありえない。
とはいえ、来た当初には珍しくて食べてみて、特にガレットなんか、おいしいと思って何度か食べていた。同僚のうちでmilletのジュースを飲んでおなかを壊すまでは。おなかを壊して週末に寝込んでからしばらく、同僚はそれがガレットのせいだと思い(私は今でもジュースのほうだと思っている。どちらにせよmilletだから、大してかわったものではないかも知れないけれど)、私に「もうしばらくはガレットを食べるのをやめろ!」といった。しょうがないからしばらく、2週間ぐらい食べずにいたら、夢から覚めたのか、そのにおいだけで(道端で揚げて売ってるから)おいしくなさそうだと思うようになり、それでもあんなにおいしいと思って食べてたじゃないかと思って買って食べてみたら、その油っこさもあいまって、もう一口かじるのもつらいくらいに嫌いになっていた。
最近、友達が買ってきて一つ分けてくれたので、ガレットを久しぶりに食べてみたけれど、せっかくもらったんだから食べなきゃ申し訳ない、の義理だけでひとつをやっと飲み込んだ。本当にまずかった。どんな顔して平らげたんだろうなぁと思うと、ちょっと怖い。そして、たったひとつ食べただけでそのあとの数時間、おなかがもたれ、重くて仕方なかった。声まで出なくなりそう。

雨季の貴重な水を使って、稲ができないくらいの少ない水で作れるから、これからもここではmilletを作って食べたり飲んだりするんだろうなぁと思うと、恐ろしい。文字通り、「食えたものではない」んだから。おいしいものだけが残っていくことに疑問が少しばかりでも残りはするものの、感情的に言えばmilletはこの世界からなくなってもいいよ、というかなくなってほしい。

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