スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

物をねだるブルキナべと同僚の一言。



年末、村に行ったときに、ゾルゴでは珍しく、「お金をくれ」と言われた。
珍しくというのは、ゾルゴはJICAのプロジェクトが入ってて、ここ一年ほどで専門家が散々「お金を配るようなまねはしない、ねだるのはやめてくれ」と言って回ったおかげで、村人はほとんどそういうことは言わない。加えて、他の任地では子どもが「ナッサーラ、飴を頂戴」と言ってくることがよくあるらしいけれど、そういう経験も私はほとんどなく。

そういう状況なので、村で突然「お金をくれ」と言われても、一瞬なんて言っていいのか全く分からなかった。一瞬ぼーっとして、はっとしてとりあえず自分で「いや、お金は出せない」と言った。
そしてよく見たらその人が、全然痩せこけてもないどころか、身なりもすごくきれいだったから、絶対にこの人が食べ物に飢えているはずがないと思って、そう言った。フランス語も喋れる、どちらかと言えば村の中でも裕福なんだろうと思うぐらいの印象を受けた人だった。
私はとりあえず、お金は出せないとだけアピールをした。彼も食い下がり、その堂々巡りをしているのを見て同僚が間に入って話し始めた。

その人と同僚が主にモレ語で喋っていたから、私にはあまり理解できない内容が多かった。ただ会話のところどころにフランス語の単語が入ってきて、ディプロームとか言ってるから、なにかしら学歴の話をしているんだなぁとは思った。
私はどういう内容のことを二人が話していたのかは分からなかったけれど、そのあとで(何故か突然)また話を振られたとき、自分のミッションと衛生に力を入れる意味、それからただお金をばらまくことの無意味さを喋った。そのあとも暫く喋ってから最終的に、彼は立ち去った。だけどどうも、私たちの話に納得したというよりは、初めからそんなことは分かっていて、ただ物珍しくて話しかけてきただけ、私がどれくらいできるか試していたのでは?と思う。時々こう、踏絵のような、いちいち私たちのことを試す試練のような体験をもたらしてくれる人々がいるからこの国は不思議だ。

彼が立ち去った後で同僚に聞いてみると、同僚の言い訳は「彼(つまり私)は学生でお金がないんだ」と。どうも私はね、そういうのが好きじゃない。そんな嘘をついてまで拒否することではないと思う。場合によってはその場にいる人にご飯ぐらいおごったっていい気がする。ただ、23歳という年齢でそういう振る舞いをすることにためらいがあるというほうが大きかったりする。それから、ただ拒否をするよりは、ブルキナべたちがどういう考え方を持っているのかを知ることができる興味深い機会にしたいと思う。そういうのを私は望んでいる。

彼はただ、私がナッサーラだからお金をねだって見ただけ、という感じではなかった。もっと深い考えや哲学を持っているのではないかと感じた。普段なら物乞いに出会ってもとにかく無視を決め込むけれど、今回はもう少し深めたいものがあった。
対話をした感触として、思ったよりも聞き分けのある人というか、ただ無意味に目的なしに白人だからとねだったわけでもなさそうだった今回は結局ほとんど話さなかったけれど、またこの人に出会うことがあれば。その人は割ときれいな格好をしてフランス語も喋る、もしかしたらこれからの活動でもしかしたらもっと関わる、活動の中でキーになってくれるような人かなぁという予感がしてる。



このとき以外も、普段生活をしていて道を歩いたり自転車で走ったりしていて、本当はもっとブルキナべたちがどういう考え方をしているのか、知りたいという気持ちはある。特に私に話しかけてくる人たち、物をねだる人たちは、一体どういうつもりでねだるのか、それに自分でどれぐらい理由づけ、正当化をできているのか…尋問してみたい。ただ、深く突っ込むだけのフランス語能力と度胸がないだけ。

その次の日のこと。同僚の考え方にすごく驚かされることがあった。
私の家を警護しているガルディアンを派遣している会社(AGSP)が、ちゃんと仕事をしているかモニタリング調査に来るときや、ガルディアンの給料を主都からゾルゴに送るときに、農業省県局の同僚がその仕事を手伝っている。そのためにバイクで駅に何度か通っていたりする。その様子を見て私が「AGSPはあなたに支払いをしたほうがいいね」と冗談めかして言ったら、全く予想もしてなかった答えが返ってきてびっくりした。
曰く、私がゾルゴに来ただけで、ガルディアンを雇っているだけで彼らに職があり収入があり、それだけで本当にありがたいんだ。だから彼らに給料を届けるくらいのことで僕がAGSPからお金を受け取る必要はないんだよ、と。
理解できる考え方ではあるけれど、まさかそんな考え方をするブルキナべがいるなんて思ってもなかった。ここで私がそういう風に考えるのは、ボランティアの活動として何も形に残せなかったときの言い訳として持っておくべきものだという感覚でいたから、衝撃は大きかった。
結局、今から結果に対しての感想を自分で探すこと自体が馬鹿げていて、そうするくらいならいっそわき目も振らずに走り続けるほうがよっぽどましだという教訓だと、そう解釈することにした。
よそ見は多分、し続けるけれどね。
スポンサーサイト

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム |

コメント

 日本人が生真面目過ぎるところを割り引いても、お国が違うと考え方も正反対違ごうて面白いのう。
 じゃがの、結局アフリカの多くの国をこんなふにしたのは、わしはヨーロッパの長い植民地支配じゃ思うんよ。搾取するために、本当の意味での自立をささんかっんじゃろ?チェニジアももめ出したし、わやくしゃになりよるじゃんけ。
 それに引き換えアジアは一部の変な国を除いて自主自立しちょるよのう。そう考えたら、誤解を受けるかも知れんけど、戦争して悪かったけど、やっぱしアジアに日本は貢献しちょると思わん?日本が頑張らんかったら、アジアは今も欧米の植民地じゃったかも知れんで。アヘン中毒にされちょったかも知れんで。(これでも一応わしは左翼じゃけんね!ほんまよ。)

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://karehausagi.blog38.fc2.com/tb.php/382-e0c5e736
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。