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おれの思う、鬼平の魅力


昨日、毎週楽しみにしている「鬼平犯科帳(再)」と「必殺仕事人2009」がありました

まあ当然のごとく見るのだけれど…なんかね。

なんかね。なんか、いまいち。「必殺!」のほう。


今の必殺って、パロディに力を入れすぎてる気がするんだよねぇ。それが、表面的な作りしか出来てないように思わせられる。

時代劇って、確かに多くは現代のパロディなんだよね。必殺ほどあからさまじゃなくっても、舞台だけは江戸時代を借りて、将軍や前副将軍を中心に物語を進めてはいたって、勧善懲悪の分かりやすい世界観は、何事もグレーで煮え切らない現実の世界を一蹴してくれる。気分をスカッとさせてくれる。
現実世界ではまかり通ってしまっている悪を、「江戸時代」に写して、その中でばったばったと切り捨ててしまえるヒーローと世界観を、民衆が求めている結果なんだとおれは考えている。あの単純さと爽快感がたまらないんだ。
(今の世の中を舞台にそれをやっちゃあ、名誉毀損とかに引っかかるんだろうな。)



だけれども必殺は、ただそれだけではなく、もっと芸術性を求めた映像や、もっと庶民性のあるサラリーマンが主人公という親近感、世の中は善悪だけで出来てるわけじゃないんだっていう世界観などで、他の時代劇とは一線を画す作品として評価されていた。ファン層がいわゆる時代劇ファンとは違うようだというのも、こういう要因から来ていたと思う。



だけれども今の必殺って、パロディに懲りすぎてる気がする。昨日のサブタイトルなんか「食品偽装」。そのまんまかよ!
いや別にそのまんまだっていいけどさ、パロディに懲りすぎてるってことはつまり、その他の時代劇との差別化を測っていた「必殺」ならではの特徴が薄れていってるってことだよ。




特に気になるのは、ゲストの人物描写が薄いこと。人物描写が丁寧だったからこそ必殺は、依頼人(被害者)と的(最終的に仕置きされる人たち)の関係がちゃんと理解できて、恨む理由も受け取りやすかった気がする。

今は、社会的に非難されて当然と思われるようなことばかりに重心を置いて恨みなどの感情を炙り出そうとしているように思われるけれども、それじゃあ「代官は昔からワルだと相場が決まってらぁ」と言う程度で、よく考えると個々人がそこまで本当に殺してやりたいと思うほどの恨みを持つものなのか疑問に思ってしまう。




一方で昨日の鬼平は面白かった。サブタイトルが「むっつり十蔵」。途中で「あ、この話見たことある」って思ったけど(ちなみに次回の、ガッツ石松さんがゲストで出るやつも)。

鬼平や大岡越前も、水戸黄門やらとは少し違う雰囲気がある。単純な勧善懲悪よりは、男のロマンを求めている、ハード路線系(自分にしか分からない表現かも)。なので、庶民の憂さ晴らしを前面に押し出すような単純系じゃぁないんだ。
で、やはり人物描写はゲストが中心。主役キャラはゲストとの絡みを通して描かれる。


むっつり十蔵は面白かった。十蔵は庶民だ。万年ヒラ社員(同心)で、金もないし顔も良くない。だから、女にももてない。うちに帰っても女房には愛想をつかされている。そんな男が身の程も知らずに一人の女と恋に落ちてしまったものだから、人格を崩壊させてしまって最後には切腹にまで至ってしまう。

十蔵は言ってしまえばバカだ。が、だからこそドラマが描ける。バカがいなきゃ、コンピュータみたいな予定調和な世の中で収まってるはずなんだから。

もちろん演技のよさもあって、演出のよさもあって、その他もろもろあって、この一本が出来てるんだとは思う。けれどもドラマとしてみて、時代劇としてみたときに鬼平の魅力はやはり、「バカ」何じゃぁないのか?!



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