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子どもを背負って働く女性


小さな子どもの声が響く研修…と聞いて、どう思うだろうか。
ちなみに、子どもには関係のない研修で、だ。学校の先生たちを対象にした研修、あるいは接客の研修など…会社の会議をイメージしてもいい。そしてそこに、子ども連れの母親がいて、一緒に研修を受けている。その空間にとっては無駄な存在の、子どもが混じっている。子どもはだれが喋っていようがおかまいなしに泣きたくなれば泣く。あるいは、会議室の後ろのほうで、子どもをあやしながら、母親はときにはおっぱいをやっている姿も見受けられる。彼女も、研修に参加しているメンバーだ。

そういう状況に出会って、さてあなたはどう感じるか。
一昔前までは小さな子供を連れて電車に乗ること、デパートで買い物をすること、レストランで食事をすることも多くの人が周囲の迷惑になると考えて控えていたと聞く日本だから、いくら現在では子連れも大きなマーケットを形成しているとはいえ、会議室で子どもをあやす姿なんて想像できないと言うか、言語道断と言う人も多いだろう。あるいはほとんどだろうか。私も、日本に居てもしもその状況を想像したならば、そんなものは願い下げ、と思っただろう。実際には想像なんてできないくらいに、日本ではそんな空間に子連れはいない。


が、ブルキナに来ていくつかの会議や研修に参加した後の今、感じ方は違う。こちらでは、研修や会議の多くに子連れの女性がいる。50人ぐらいの中に、一人二人は。村に行けばいくほどその姿は目立つようになり、集会のアニメーターやファシリテーターが背中に子どもを背負っていることもよくある。私の隣人は子どもをしょってバイクで村に仕事に行き、「見てよ、家の(6ヶ月ぐらいの)娘が6匹目の鶏をもらっちゃったのよ!」とはしゃぐ始末。これがもし今の日本なら、あり得ない話だと思う。子育てママ同士がマンションの6階に寄り集まってひっそりと紅茶を飲みながら子育ての悩みを相談しあうとか…こっちに居ると、間抜けな光景に思えてしょうがない。


会議に子連れがいるという光景を目にした時、子どもが泣きだしたときに誰も何も言わないどころか、表情も全く変わらないことに私は、最初は少し驚いた。携帯も平気で鳴らす人たちだから、まぁそういうものなのかなあと思いながら、まぁどうせ子どもが泣かなかったとしても私は言葉があまりできず、何言ってるいかほとんど理解できないし、別にいいかと思って見ていた。
が、エイズだとか女性器切除だとか強制婚だとかの生々しい話が、その気になればいくらでも聞こえてくる国だ。出世する女性は結婚できないということを言っている人もいた。毎日毎日、女性をお前にやるとか彼女を3人ぐらい作れとか言われるようなところだ。男尊女卑が根付いて抜けない社会の持つ感覚と言うのを、ここ6ヶ月で、私にしてみれば悲しいほど実感することがあった。積極的に聞こうとするのでなくても、聞こえてくる。女性の自立だとかエンパワーメントだとかをスローガンに掲げて活動する人々も少なくない。そしてそういう活動も、納得できる。
そんな中で、子ども連れの女性が会議に出席して排斥されないと言うのは、なんだか奇跡みたいだ。そもそも幼稚園なんて概念が村には無いんだろうし、幼稚園が圧倒的に足りてないと言うのも要因の一つなのかもしれないけれど、子どもをもつ女性が働ける環境、働いていて文句を言われない環境というのは褒め称えたいと思う。
会議室で子どもが泣けばうるさいだとか、幼稚園が足りないとか会社の中に託児所を作るのは割に合わないとか言っているけれど、ここに居ると、そんなのはただの我儘にしか聞こえないように思えてくる。お前は子どもがいるだけで仕事ができなくなる程度の男なのか!って感じだったりする。
ここに居ると、子どもが社会の一員として存在するのが当たり前のことだと言うことを強く実感させられる。児童労働だって沢山ある。学校に行っていない子どもがたくさんいる。それで不幸そうには見えない。時代劇で子どもが丁稚奉公しているのをみて、テレビ局に抗議する人っていないと思うんだけれど。今の日本を基準に、だけれども現実と作り物の世界、こちら側とあちら側を巧みに使い分けることは日本に居る限り簡単にできてしまう。私が「それで不幸そうに見えない」と書いたのを読んで、あなたはなんと思っただろうか。

話を元に戻すと(反らすと?)。結局のところ女性の社会進出を妨げているのは、子どもの存在が仕事の邪魔になると思っている人たちなのだ。そして偏見を持って断言すれば、それは男性である。
男性が持つ、自分たちが生きるべき世界観というものがる。恰好つけて、もったいぶっていえばそれは「男のロマン」だとか「ハードボイルド」だとか、そういう言葉に集約されると思う。そういう世界観が悪いわけではないと思う。
が、そういう世界観における女性や子どもの役割(つまり、男性を格好良く見せるための小道具)を求めすぎるあまり、それ以外の形で自分の世界に入り込んでくること、女性や子どもがナチュラルに振舞おうとすることに苛立ちを覚え、拒否する男性が多いのだろう。

男性が、そうやっていわゆる孤独な背中を背負おうとするのは、私に言わせれば子どもを産むと言う作業ができないという劣等感の裏返しであり、はっきり言ってしまえば救いようのない致命的な男性にとっての弱点だったりする。


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