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村と都会の間を彷徨う私の立ち位置


先週2回ほど(8月24日および27日)、専門家の方が村の聞き取り調査に行くのについて行って、村を見ることができた。今回が初めてのチャンスだった。
あんまり驚かなかった。なんか、テレビで見るのとおんなじだった、みたいな感覚がある。生意気なことを言ってるかもしれない。
あんな土で作った丸か四角の小屋みたいなのに住んでて、農業やってるけれどなんとなく 、村の真ん中にみんなが集まってきたりして、大きな木の下の広場で昼間っからお喋り、そしてお酒飲んでたり、…だけどなぜか最近は、不釣り合いにも携帯電話とかみんな持ってるんだよね。いや日本みたいにみんながみんなじゃないけれど、村の重役の何人かは持ってて、ブルキナに来て7年程の専門家の人でさえも「あんなふうに田舎の村のおっちゃんとかが普通に携帯で喋ってるのなんか、いつ見てもシュールだよなぁ」と言いだす。そんなふうに言う人さえもが見慣れたものであるかのように、たいして何も感じずに見ている自分だったりする。



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村は貧しいか?うん、貧しい。村じゃなくても貧しい。マルシェに行くとひしひしと感じる。見た目だけではなく、売ってるものを見たりするとなお、そう感じる。ゾルゴも街中はアンテナつきのきれいな家とかあるけれど、やっぱりマルシェにいくと、50フランで野菜を売ってくれる。そこに広げてある野菜を全部見ても、それが全部売れたとして一日1000フランになるだろうか、というぐらいの量だったりする(朝一で行けばもっとあるのかもしれないけど)。そりゃ、みんな農家で家にまだ野菜があって、食費なんかはほぼかからないようなものだから生活は全然できる。だけどさ、マガザンに行って何百フランだとかする輸入物の嗜好品とか見たら、あの人たちはどんなことを思うんだろうとか…余計な想像をしてみたりする。


週末に、主都に久しぶりに行った。スーパーマーケットには何でもそろっていて、ほとんどが輸入物で、食料品から電化製品までなんでもそろう。が、帰りの荷物が多くなるという感覚と、今ここで買わなくても、ゾルゴでも買えるし…という感覚で、買い物かごに入れていたものを半分ぐらい戻した。
そうしてレジに並ぶと、前に居た家族連れのマダムがものすごい量の買い物をして10万フラン以上を財布からさらっと出して支払っている。この感覚が、ブルキナに居て怖い。主都は怖い。私はゾルゴで2年間生きていく。が、首都の誰でも買い物できるスーパーマーケットで、一回の買い物で何事もなかったかの様に10万フランを出して見せる人もいる。そしてその人の後ろには、1万フランも払いはしないけれど、確かに私がそこにいる。買い物かごをぶら下げて。


理由は上手く説明できないけれど、ばつが悪い感じに襲われた。首都のスーパーマーケットに、行きたくなくなった。それでも私は生れてからの23年間と半年を日本で暮らしてきたから、今更ブルキナベになるのは不可能だけど。予防注射を何本も売って、こうしてコンピュータまで抱えてきてるけれど。デジカメも2台持ってきてるけれど。それでも、耐えられないと感じることがある。


ゾルゴなら、おおよそのレストランで、1,000フランあればお腹いっぱい食べておつりがくる。一方でワガのレストラン、ジュースさえも1,500フランしたり…そのどちらにも居る私は、一体なあに??




村に感じる物珍しさ。都会に感じる後ろめたさ。2面の自分が悩んでいる。


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