スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

現実逃避の狭間で。


停電があった。


丸一日以上もドミは電気が使えず、蛍光灯や冷蔵庫、モデムも全く使えない状態。最近は雷も多いせいか、停電は珍しくない。だからバッテリーでもってるパソコンぐらいしか電化製品は動かず、携帯の充電もできず、「早く直らないかなぁ」と言ってる人は多かったが、そう人に限って来た当初は「それがアフリカってものだよ、慣れとかなきゃ」と言っていたり、あるいは赴任後は水なし電気なし生活が待っている人たちであったりするのは気のせいだろうか。ちょっと、ぼやいてみた。





確かに、一緒に過ごしているというのは嫌な一面も多く見えてくるものだ。それならいっそ一人でいたいと思う自分はどうしようもなく暗い人間なのかも知れないけれど、いまさら変えることなんてできない。自分の感じ方は自分だけのもの、とまでは言わないけれど、とにかく否定したってどうなるものじゃない。その葛藤も否定せずに。
「あの人がとにかく嫌い。ムカつく。何さまなのさ」とばかり言ってる人の横にいるのは私にとってものすごく居心地が悪い。誰かを好きになる分、嫌いになることがあるのもしょうがないと思う。だけど、そういう気持ちを受け入れられずにいる人というのは、その言葉が刺さりすぎる。特に、ネチネチしている人。むしろはっきりと、あっけらかんとズバッと「あの人、嫌い」と言い切って終わってしまえる人のほうが気持ちがいい。あの人の態度は好きだ。が、一方であの人たちはいつまでもいつまでも、別にユーモアのある語り口なわけでもなく…










と、暫く読書をしていたらそんなどうでもいいことはすっかり忘れてしまった。今度はまた”我が家”に行くと約束してしまったし、もうこうなればとことん、あの人とストレスの塊のようなドミトリーから逃げ続けてやろうと思う、今日この頃である。


P7310007-2.jpg


日本にいるときに読みたいと思っていたけれど、結局手を出せずにいた鬼平や剣客商売、途中まで読んで放り出していた「哀愁の町に霧が降るのだ」をだらだらと読みながら、カフェに入り浸る。ときに、7月終わりの土曜日午後一時、、少し蒸し暑さが香る昼下がりである。悔しいのは椎名誠も池波正太郎も、食道楽であることだ。私がこちらの食事に辟易しているのを知ってか知らずか、両者ともその著書の中で食い物の話を大いにする。それも必要以上に、と思えるほどに細かく描写する。天丼を掘り下げていった下の、たれがしみ込んだ飯の話をされた日にゃあ、そのたれの香りが頭にこびりついて三日三晩は眠れまいというものである。それが非常に悔しい。もうここにいても汗しか出ないというのに。
左のこめかみと背中をゆっくりと加速をつけながら、つぅーっと流れていくのを感じながら、である。ただの甘ったるいだけの、ボールにいっぱいのカフェオレが目の前でしなびている。そんなものは軍鶏鍋と比べるまでもない。相手にする価値がない。ただ、夢の中ででも江戸か東京に旅行できる日を心待ちにするのみである。


ところで今カフェには、イサカという名前の知りたがりの男の子がいる。カフェのギャルソンなのだが、机の上に文庫本とノートを重ねている私のことを邪魔して悪いと思っているのかそれとも仕事が忙しいのか、とにかく今は近くにいないが、さっきまではこの卓に電卓を持ち込んで、さりとて仕事をするでもなく、日本人(東洋人)が珍しいと見えて、長々とお喋りをしていた。

P7310005-2.jpg


彼によれば、日本や中国のイメージは映画などの影響のため、空手である。みんな、日本人だ、と言えばカラテやるのか、と聞いてくる。私にしてみれば、いまさらそんな流行らないもの、日本でも世界的なスポーツ、サッカーなどをみんな一番楽しむのだ、と教えてやりたいところなのだが。このギャップは興味深い。


やはり人間、自分の知識を整理し、カテゴライズするためにも偏見だとか、一定の凝り固まった、あるいは古臭かったり実質意味のないような情報を大事にするものなんだろう。
区別するためにも差別化を図り、アフリカはこんなところだアジアはこんなところだ、アフリカ人はこんなでアジア人はこんなだと型にはめて言ってないと落ち着かないものなのかもしれない。アフリカには今でも原始人みたいな人がいて、日本にはいまだにサムライがいて、なんてどうでもいいことをケンケンガクガクとやっているのは、そんな事実が大事なんじゃなくって、結局それで自分のアイデンティティを確かめるためじゃないか。そう思う。許しあう、認め合う、トレランスだなんだと言いながら、本当は自分の抱える不安をかき消すために他ならない気がしてならない。たとえば、アフリカにサムライがいても許せるか?日本に原人がいてもいいものか?


私は日本人が海外で軽々しくも「サムライスピリット」などと言っているのを耳にすると、正直な話、いらっとする。なぜなのかは、自分でもよくわからない。が、日本を出た途端、日本人ぶってるように見えるのかもしれない。今の自分による、分析にもならない分析だ。よくわかるものでもない。が、いらっとするのは確かだ。
私には、なにが何だかわからない。日本って何なのか、どんな国なのか、外国と比べて何が違うのか…私は高々19年、広島で生まれ過ごして、静岡で4年間勉強するふりをしていたってだけだ。そして外国に行けば自国のことが分かるようになるというが、私の短い海外経験(ここ一カ月ブルキナで過ごしたおかげで、トータル2カ月だ)からいえば、むしろ余計に分らなくなってしまった。どうせもともと探してもない、逃げてばかりの毎日さ、と仏語に吹き替えられたインドかバングラのドラマを眺めながら。


スポンサーサイト

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム |

コメント

暗い人間じゃないよ!
私もいろいろ友達と接してて感じることがいっぱいある。
特に最近は実家に帰ってきてあまり遊ぶ友達もいなくて、
やっぱうわべだけの付き合いだなぁとか、人はやっぱ自分が1番で他人のことはそんなに気にしないっとか思って、寂しくなるよ。

そういってる自分が1番自分のことばっか考えてるのかもしれないけど・・・
毎日が同じことの繰り返しで最近すごくつまらない。
いろんな刺激を受けれるまさがうらやましいよ。

Re: タイトルなし

みほ、
ありがとう。悩みはそれぞれだよね。みんな抱えてるって事実だけ変わらずにあって。
つまんない毎日かもしれないけれど、その向こうにはきっと何かある!
みほが頑張ってるの、私は知ってるし♪

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://karehausagi.blog38.fc2.com/tb.php/299-73da706e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。