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原点に立ちかえて素朴な疑問~結婚ってなんだ??~


日本や先進国についていえば、現在結婚についての議論の多くが同姓婚を認めるかどうかだ。『これからの「正義」の話をしよう』においても(ちなみにこの本、読み終わって人に貸しました。めちゃ面白かった!!)この議論は取り上げられている。つまり、結婚するというのは公から二人の関係を祝福してもらい、認めてもらうための制度であると。そうした時に、なぜ異性婚ならよくて同姓婚はだめなのか、と。
平たく言ってしまっているので大いに誤解を招く誤解かもしれないが、まぁ大事なことではないのでご容赦を。


なぜそんなことを突然言い出すのか、それはだ。
先日の授業で日本とブルキナの結婚について考えたからだ。その中でまさか、同姓婚の話なんか出やしない。異性婚のことなのは大の字がつく前提だ。誰も間違えない。
問題は、と言えば。一体結婚は、家族のものか個人のものか。
ブルキナでは、家族のものだ。間違いない。家族同士が贈り物をしあい、結婚式を盛大に祝う。家族みんなの一大事だからだ。その中心には確かに一組の男女がいるが、しかしそれでも結婚は一人の男と一人の女のものではない。家族同士が近づき、一つになることなのである。一方の日本では、日本でも少し前までは同様であった。結婚は二つの家族が近づくことであった。相手方の親への挨拶や結納はその象徴である。が、近年そういったタイプの結婚を好まない人が多い。つまり結婚は個人のためのものであり、一組の男女(あるいは男二人、女二人)のためのものであり、できるだけ家族や社会からは距離を置きたいと。面倒な結納もいらないし、結婚式も気のおけない仲の者たちだけで静かに祝いたいと。それが現代の若者の多くが抱える結婚観であると思う。
気になるのはだ。どうしてモダンな(モダンな結婚とトラディショナルな結婚とに分けるならば)結婚観は個人主義に軸を置こうとするのであろうか。
その要因を近代の個人主義に求めるのは簡単である。人権思想や自由主義の考え方を結婚にも当てはめたとすれば、結婚を個人のものと考えるようになった道筋はシンプルだ。が、もう一つの疑問である「トラディショナルな結婚はどうして家族という単位を重視するのか」という問いには答えていない(この疑問は究極的には、結婚はどこから来たのか、という問いである。)。
私の考えるトラディショナルな結婚とは。これはブルキナの結婚やその他の社会の話を聞いた結果、出した答えなのだが。それは、一次産業に基づく社会が必要としたものではないだろうか。
一次産業、農業や水産業など自然に依存した産業のことであるが、これらを個人の単位で営むのは大変に難しい。機械化される前の時代のことであればなおさらである。効率的に生産をしようと思えば、大人数で協力することがシンプルかつ有効な方法である。そのために、信用できる集団形成として家族という単位が作られ、重要視された。
そして結婚は、次の世代につなげるという意味のみならず、どの集団とこれから新しい協力関係を築くかという死活問題に他ならなかったのである。
そのために結婚においては個人の意志よりも重視されるべきものがあり、場合によっては強制婚などもあったのである。

…と、想像する。事実かどうかは、知らない。私の仮説である。

ところで「では日本で強制婚があるか」とブルキナべに問われたときに、あるクラスメートがこう答えた。
「少ないが、ある。お金持ちの家の少女が貧乏な家の少年と結婚しようとした時、その結婚はしばしば、親によって禁止される。」
貧乏な私には縁のない話だが(半分ひがみ)、確かにあるのかもしれない。この考え方は、トラディショナルな結婚(私の仮定する)にごく似ているように思う。つまり、家族を利する、これからの繁栄の糧となる相手家族であるかどうかという問題が第一義的課題として取り上げられているのである。つまり、会社の合併とトラディショナルな結婚は、近い。

一方で。モダンな思想では個人に重きを置いた結婚が増えてきている。これも、これは現代社会が3次産業を中心に形成されているためではないだろうか。もちろん、フランスで発明された近代思想の影響も大きいと思う。
人々がいわゆるサラリーマンとして働くようになった時、あるいは貨幣経済に組み込まれ、対人間という立場で生産活動を行うようになったときに、もはや家族という単位のパワーを必要としなくなったために、家族よりも個人を重んじるようになったのである。つまり現代の人が結婚に求めるのは集団の力ではなく、飽くまでも個人がよりどころとすることができる対象なのである。この傾向は結婚以外の面においても、ストレスが多い現代社会において多くみられるのではないだろうか。たとえばペットや、近年流行りのテレビゲームなどに。
そして結婚にそういう価値が認められるようになったとき、同姓婚についての議論も出現した。



…以上、私の考えた、結婚に求める価値である。
これ以外にも、掘り下げれば色々と面白そうなことがあるけれど、考え事ばかししている余裕のないのが現実。
研修で現地の宗教の偉い人を見に入ったり、郵便局にもいったり、来週には任地訪問が予定されているし、
面白いことはたくさん。
ネット環境が良くなったら、ここにダラダラと書き出すかもしれない。
今日はとりあえず、この辺で。

書くだけ書いて、さよーならー。。。
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