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高崎市美術館と哲学堂


高崎市美術館に来てみた。



朝10時前に来てみたら、まだ開いてなかったので、近くにあった哲学堂に足を運んでみた。あとで知ったんだけれど、「哲学堂=旧井上房一郎邸」は現在、高崎市美術館の一部。今は工事中で入れないんだけど、屋敷のオモテ(美術館の裏)から行ったら、現場監督が「俺が見てるからいいよ、はいんな。」と言って見せてくれた!!人の厚意にはとことん甘える!!それが私。昭和もはじめごろに建てられたと思われる屋敷と庭に踏み込んで、写真を撮りまくる!!

(ちなみに公開は4月からだそうです。。。)

IMG_2313-2.jpg



今日は天気もよく晴れ、一方で前日に降った雪がまだ残ってる、特に風情のあふれる風景だった。

屋敷から落ちて地面に少し高く積もった白い雪、その少し向こうには春の訪れを告げる梅の花がほんのりと白い。
言葉にしてみると同じ白なのに、こうも違う性質で なおかつ調和する。

IMG_2309-2.jpg



他にも椿やけやき、桜、つつじなどが彩りを添えている豊かさが嬉しい。

IMG_2326-2.jpg



今の工事は庭の修復だそうで、古い写真をもとに再現しているそう。これから、ミモザやアカシアも植えるらしく、公開の日が楽しみです。

古い写真を見れば、庭の風情もさることながら、茶会の風景が並んでいたのにも魅力を感じる。
庭の奥には茶室もあった。ただ、奥にあるということに少し心が痛んだ。今日はいてるブーツ、ハイヒールであの見事に調和している庭を踏み荒らさなければたどり着けない!!(行かない、という選択肢はない)
もう少し近くで見たいだけなのに、この足で庭を汚し、痛めつけてしまう…

そして加えて、砂利道ではハイヒールが沈んですこぶる歩きづらかった。


だけどどうしようもなく愛しいと感じるこの空間、うちの中には入れなかったけれど庭と一つの世界になっていて、周囲の全てのものたちとの共生の喜びに満ちていた。
こんな空間であの古い写真のようにお茶を楽しめたら、どれだけ素敵だろう!!ここは忘れられない。


IMG_2331-2.jpg




そして十分に哲学堂を楽しんだあとは(そういえば結局、その名前の由来は良くわかんなかった)
表から堂々と入り、「魂の印象派」木村忠太の世界を楽しむ。

IMG_2304-2.jpg



どうせ私は画なんか見たってわかんないんだけどね。
どうせ印象派もシュールレアリスムもわかんないけどね。
仏像とかの東洋美術もわかんないけどね。


でも、面白かった。
印象派の、何描いてるか良くわかんない画なんだけど、
でも輪郭線とかもあって、何を描いてるか、そのモデルは見える。
光のなんちゃらとかはわかんないけど、
木村忠太が考えてたことも画じゃなくて解説を見ないとわかんないけどね。
でもなんとなく、いつごろ描いた画なのか、年代によって微妙に表現が違ってて、それを探したりしてた。

1987年になくなった人なのか。
私が産まれた年だ。



外にある中心と内にある中心、頭では理解できた。
実感はまるでないけど。
そのことで画が描けない時期があったのか。
「なにが中心か分からなくなる」…


外に中心があるってのはつまり、相対化することで自分を認識するってこと。
内なる中心は、自己の存在を「我思う 故に我あり」と言う形で確認するってこと。


フランス(以外でも、ヨーロッパ)に渡ればそうなるのだろうか??
二つの価値観の間でゆれる。
特にそれを意識しないといけない画家だったからそう思ったのかも。
それで、「魂の印象派」になった。



…やっぱりもっと勉強がいるな。
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