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日本辺境論。




最近、新書が好きだ。

だって、あんまり専門的な知識を欲しているわけではないから。
「世の中、こんな考え方があるのか」ぐらいで納得して、手を打っておきたい。
こんなんだから、大学で専攻した経済学も中途半端(笑)。
全てにおいて、中途半端。


私の好きな泉谷しげるの歌で、こんな歌詞がある。
「軽いわが身をなげくな 人はそれほど それほど」(無限大食)
「いきっぱなしの無責任 みんながやるから俺もやる」(地球がとっても青いから)
この精神でいきたい。



友人の紹介で、内田樹氏の『日本辺境論』という新書を読んでみることにした。今まで、書店で見かけても、表紙を見て「よくある論だ、読まなくても大体分かる」と思って、手に取ることもなかった。
なんと言って薦められたかは忘れたけれど、薦められたからじゃあ読もう、ぐらいのノリ。とはいえ、薦められて本当に試すことも少ないけれども。中学生のときには、本を借りておいて全く読まずに返した経験だってある私。
そんなんだから、読んでるだけでも偉いのに、今回は自分で買ったんだよ!!!



で、ざっくり最初だけ読んで、悪くないと思った。「はじめに」の項で、たまーにこういう、読者に対して斜に構えた本ってあるよね。

日本人が何処にアイデンティティを求めるべきか、「自分たちの文化」と呼べるものを何処に見出すべきかは私は知らないけれど、文化の連続性や回帰性とその重要性を数列の例えを持って説明してくれたのはよかった。そういう、メタな視点で文化を考えたことはなかった。(というかそもそも、文化について学問したことなんかない。)丸山眞男を引用して原型(モティーフ)の変化だとかいうのも、勉強になった。

そのモティーフが、昔の日本にとっては儒教思想、明治以降はヨーロッパから入ってきた近代思想で、(今の)日本人は自分の文化の原型、モティーフが自分たちのものではないことに劣等感を覚えていると言う文脈があったけれども、そんなんだろうか。確かにそうかも。

すくなくとも西洋に対しては何らかのコンプレックスを持っていると取れるような日本人の無意識を時々、見かけることがある気がする。多分、日本人の文化を世界で一番「変わってる、理解できない」と思ってるのは日本人だもん。「エキゾチックジャパン」とか言っちゃって。


だけど文化のモティーフが自分たちの内にないということがコンプレックスに繋がってるなら、それは(西)ヨーロッパも同様。あれもモティーフは東、キリスト教にしてもなんだかんだにしても、もとを辿ればイスラエルやペルシャあたりの西アジアの文化。大昔の文化の中心はエジプトや肥沃な三角地帯だったわけで、ヨーロッパだって辺境だ。田舎ものばっかりの土地だ。
だからって、ヨーロッパの文化が優れてない、中心よりも劣ってるなんて思ってる人は世界中探してもほとんどいないよ。理解できないと思ってる人も、多くないと思う。


そもそも辺境とか関係なしに、構造主義の下で各々の文化の間に優劣が存在すると言う信念は否定されてるし、いつまでもみんなで頭をこづきあって「日本文化とはなんだ、日本人はなにに誇りを持てばいいのだ」といつまでもやってること自体がアホらしいと思ったりもする(言いすぎかな??)。




最近、協力隊のOBや海外(の中でも後進国)に行ったことのある人に話を聞くと、「現地の感覚に合わせなさい」といったアドバイスをよく頂く。例えば多いのは、時間感覚に関して、日本人の時計を基準にした時間を持つのではなく、といったふうに。そのほかの生活様式や着る物に関しても、よく言われる。


私から見れば、アフリカは辺境だ。辺鄙なところだ。日本にいればその生活や考え方は、想像するのも難しい。けれど…

東南アジアから見たらアフリカは、どうなんだろう。地理的に近く、かつては植民地にしていたヨーロッパからみたら?疑問は次から次へと。そもそもの辺境って言葉が相対的だから、いつまでたっても堂々巡り。


とりあえず自分とこが辺境だったっていいけれど、その辺境って自意識を色眼鏡にして世界を見ても卑屈になるだけ。だよね。



答えも、尽きない。。。
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