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プロペラは一晩中回って止まない。


久しぶりのブログ。
書きたいことはちょくちょくあるけれど、どうしたものかこのごろ、
書く気力が涌かないように思う。
…気力の所為にしちゃダメか、もっと自分の所為にしなきゃ。


昨日、お風呂の換気扇をつけっ放して寝てしまったみたい。
そうしたら明け方、アラームが鳴る前後、2度寝をしながら夢を見た。
久しぶりに、夢を見て、覚えていた気がする。

換気扇が回る音をずっと聞いていたみたいで、その音が夢の中では
ヘリコプターのプロペラの音になって、ずっと聞こえていた。

どこかで見たような、初めて見たような夢。米軍のヘリコプターに、家族総出で追いかけ回される夢だった。
何処にミサイルを積んであるかもよく分からない、戦闘ヘリじゃないんだけれど、そんなヘリに家が爆撃されて、みんなで逃げ惑い、ほうきで庭を掃除していたおばあちゃんがガットリング砲で撃たれる。


二度寝した後は、おばあちゃんちにみんなで集まっていたら、やっぱり爆撃されて家の屋根が破壊され、みんなで逃げようと車に乗り込むと、その車がヘリコプターに捕まって運ばれていく。なぜか自分だけヘリに乗っておらず、壊れた家の壁の隙間から、ヘリが飛去っていくのを眺めている。これも米軍?の設定。

なんだか意味の分からない夢で怖かったけれど、2度寝した後の夢の中では、家族を救出する為に、途中から、私がブルキナに居た間になくなったおじいちゃんが登場し、おじいちゃんがワイルドに運転する車の助手席に乗って海岸を走り抜けたりと、なんだか頼もしいシーンにも巡り会えた。
最後に挨拶をしておきたくて、でも出来ないだろうと思っていたおじいちゃんに、なくなってから半年以上も経ったけれど、こうして夢の中で出会えたから、よかったのかも。


だけれど、換気扇はちゃんと消してから寝るように気をつけよう。
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最近、さぼっていること。


最近、自分がさぼっていること。

本を読むこと。あるいは人の書いた文章を読むこと。
これをやっていないと、自分の中にも文章が精製されない。
なんだか最近上手く書けない、そんなに書きたいと思わない。
のはやっぱり、自分が外からの刺激を積極的に受け入れていないからかもしれない。

上のにちょっと重なるけれど、人の話を聞くこと。
人の話を聞くのはもともと苦手で、聞いている振りだけは得意な私。
しかし最近は、聞く振りをするようなシチュエーションさえ少なくなって来た。
これも自分の中の井戸に意欲をわかせることにならない。

ちょっとヤバいので、気をつけて努力して、本や雑誌を読んだり、
人の話を聞くように心がけよう。


バイクに乗ること。
今は寒いのでしょうがない。
最近は歩いていることが多い。


将来のことをあんまり考えていない。
具体的なこと、あるいは行動に移しているかどうか、という意味で特に。


コミュニケーションの勉強。
もともと人としゃべるのが苦手でしょうがないけれど、
高校・大学ぐらいの時から、人とどんなふうに話したらいいか、本を読んで勉強するようになった。
でも最近、そういう勉強をしていない。
このごろ、またどうやって人としゃべったり接していいのか分からなくなって来た。
また本屋さんか図書館に行って、勉強しなくちゃ。
コミュニケーションも色々あって、会話を続かせるテックニックから、
発声、滑舌まである。
やり直さなきゃ。全部。



たくさんあるけれど、出来ている時は全部出来ることが、
出来ない時にはどうして全部出来ていないんだろう?
時間があってもやらない時はあるから、忙しいかどうかじゃない。
寧ろ、忙しい時の方が出来ていたりする。

とにかくやらなきゃ。



ブラウンシュガーと、
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或る日の岡山駅の様子。
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労働に喜びを見いだす日本人。


昨日も書いた、先週のゴー宣道場にて、
「労働の価値を再発見する必要がある」と、切通理作氏からお話があった。

この一言自体は、自分の中でよく理解できる部分がある。
あれは夏にバイクで日本を旅していた時のこと。
伊賀上野を目指していた時に、曲がりくねった山道を、
田んぼや畑、そしてそこで働く人々を眺めながら走った。
新幹線からも田んぼが広がる日本の原風景、みたいなのは存分に楽しめるけれど、
新幹線から見るのと全く違う点は、田んぼのすぐ脇を通るとき、農家の人々が泥にまみれて汗を流して田んぼに向き合う姿を目の当たりにした部分だ。
そこには、ただ美しいと愛でるには農業の厳しさが全面に出過ぎていた。
もちろん、青々と天を向く稲の姿は美しい。生命力を感じるし、その生命力が自分たちの体や精神に精製されるということにも思いを馳せると、なお一層いとおしくなる。
しかし、その日本人の生命や魂の源たり得る米を作ると言う作業の厳しさを同時に刻むと言うことは、ただの感謝を超えた観念がわき上がって来る。

だからこそ私はその時に、伊賀上野出身の松尾芭蕉の感性の源を覗いた気分になったものだ。
そこには労働に対する畏敬の念が芽生えた。自分の想像力が一歩、前進した瞬間と思った。
たぶん、この想像力は昔の人なら当たり前に持っていた感覚で、自分が農業の厳しさを知らない、そもそもちゃんと働いたことが無い、現在の日本で労働をそう楽しんでいるように見える人が居ない、という部分に起因するように思われる。


今、他人の労働はどんどん見えにくくなって来ているという指摘も道場の中にあった。
物価がどんどん下がり、デフレで物が安い状態にみんなが慣れて来ている。
アマゾンの、一つの商品のページに通常価格と中古の安い価格が同時掲載されていると言うのも、確かに商品だけがそこにあり、それに対して複数の値段が付けられていれば、労働に対する想像力よりもまず、シビアに(自分にとっての)その物の妥当な値段を探るほうが優先されるだろう。

本も映画も服もヘアカットも、
「安ければいい」=「だれでもいいから付き合って」(泉木蓮氏談)
の状態から抜け出して、自分たちが生み出している価値に改めて目を向けて、
お互いの労働の価値を再確認しあうところから脱近代をはじめなければ行けないのかもしれない。
そうでなければ、今後もずっと、安いものが正義、経済成長が正義、という悪循環から抜け出せなくなる。誰もお金を使わずに、新しい世代は生まれず、私たちは年金をもらえない。
その結果、移民を受け入れるしかなくなる?!


日本人の倫理観として、労働に喜びを見いだす、という話があったのは、
私にとって斬新な視点だった。
ただ、今の労働者たちが働くことに喜びを見いだしているかどうかと言えば、疑問符をたくさんつけたくなるけれど、それでも「でも仕事が無かったら不幸でしょ(それは収入がなくなると言う意味以外においても)」という人は多いので、確かにそういう側面がある。
その感覚を、お互いの為にちゃんと大事にできれば、
価値観の再転換はそこから出来て、いい方に転がっていけば、と言うのが楽観的な見方かな。

お金は必要だけれど、それで自分たちの幸せを定義していたら、これからの時代ほとんどの人は不幸になるしか無い。経済成長を自分たちのアイデンティティに出来ていた時代は終わった。

再構築するべき価値を道場では「江戸時代に日本人が持っていた価値を取り戻す」、明治のスローガン和魂洋才の「和魂」と定義していた。
文明開化や敗戦、高度経済成長と長い過程を経て徐々に失われていったものが、
日本人全体として取り戻せるだろうか。
まだまだ自分には、その価値を検証するところからはじめなければ。

私たちは好景気を知らない。


日曜にはゴー宣道場があった。
テーマは「景気と幸福について考えよう」。

私は最初、このテーマを見た時に、自分が普段考えているテーマもあって、
要するに物欲が満たされれば幸せなのか?という問題提起かと思った。
もちろん、そういう側面もあるだろう。
けれど、今の日本において言えば、GDPが大きくなれば、
成長率という数字が大きくなれば、私たちは幸せを感じるのか?という問題でもある。

そして私はこの日の議論を聞いていて気付いたけれど、
私は景気のいい時代を知らずにいる!
田舎だし親は地方公務員だから余計にバブルは私にとって影が薄いのかもしれないし、
好景気、バブルの時代が終わった頃に小学生になったみたいで、
その存在を教科書の中で勉強するか、語り継がれる伝説のように年配の人に聞くしか無い。
よく考えたらバブルは私にとって江戸時代や太平洋戦争と同じような存在だ。

それか、中国等の開発国のバブルを見て感じるもの。
そういう意味でも、戦争と大差ない。

誰も彼もが「景気が悪い」と言っているけれど、じゃあ景気がいいって言うのはどういう状態で、
何が起こるのか?ここを冷静に検証しなければ。というのがこの日のテーマ。
私は今、テレビの無い生活をしていて、そんなにみんなが景気、景気と言っているのかはよく分からないけれど、寧ろ景気より大事な問題が選挙の時にあったはずなんじゃないか?と思うけれど、
もし景気が良くなったら、そういう問題も全部忘れられて、みんなが幸せになるだろうか?

小泉政権時にもいざなみ景気だ、いざなぎ景気を抜いて戦後最大の成長だと言っていたけれど、
あの時は高校生ぐらいで、周りを見ていてみんなの言う通り、あんまりみんなが喜んでいる風には見えなかった。よく言われるけれど、数字としては経済成長して、GDPも増えたのかもしれないけれど、かといって一般庶民の給料が上がって、みんなが消費をするようになったかと言えば、そんな風には見えなかった。みんないつも通りだった。むしろ100円ショップや1000円カットが流行っていたようで、そんなに消費を楽しんでいる様子でもなかった。


道場の中では、自分以外の数多くの視点が提示されるので、本当に興味深いけれど、
冷静になって今の日本を見てみれば確かに、今ではその100円ショップや1000円カットもどんどん苦しい立場に追い込まれている。
安売り競争が激化しているのもあるし、いくらモノが安くったって、本当にそれだけの価値があるものかどうかをみんな結構シビアに見極めるようになったように思う。
ルームシェアやカーシェアとかも流行っていて、本当に必要なものだけを揃えているし、本当に必要なものはもう日本の中の全体に行き渡っていて、いまさらそんなに大きな需要も無い。
ニュースを見ていたら、どこの量販店もモノが売れない売れないという記事ばかりだ。

だから今回の道場のテーマには実はもう答えは半分でていて、GDPが増えてお金があって物が買えたら幸せだとは限らない、ともうみんな気付いている。
無くてもこんなに十分生活できる、楽しく暮らして行けるということは経験して知ったし、
じゃあこれからアベノミクスでお金がたくさん降って涌いて、もっと贅沢な暮らしが出来るとなったとしても、
今更そんな無駄の多い生活を心のそこから楽しめるだろうか?
電気もこんなに無駄遣いしなくていいと分かったのに、無駄な、過ぎたる空間や消費を使って、本当の幸せを手に入れることが出来るとは思えない。
無駄の無い、自分自身に見合った生活で十分って、みんな思うんじゃないかな。
特に若い世代は、将来のこともあるし、子どもも育てなきゃいけない年金ももらえるか分からんとなったら、今の快楽をむさぼるよりは将来に備える。そんなのは普通のことだ。


ただしこれは、アベノミクスで成長した経済が庶民にも還元されれば、という仮定のもとでの話。
実際には、小林氏が言うように、ここにグローバリズムの観点が導入されると、
企業は利益を上げたら内部留保にまわし、富のトリクルダウンが起きずに労働者の給料は変わらないまま。しかし経済成長で物価は上がる。
TPPもやって公共事業を外資が受注できるようになったら、建設業さえも潤うか分からない。
そもそも、公共事業はやれば数字には表れるものの、借金でやるもので(だから見かけ、成長しているように見えるが)成長ではなく、一時的な景気のコントロールの為ではなくて将来の日本がより住み易い環境になっている為に使うものである。

本当にそんな見かけだけ、数字に表れるだけの経済成長が必要なのか、
それが国民の望んでいることなのだろうか?
テレビや洗濯機が頑張って手を伸ばせば買える、という時代ならいざ知らず、
中身の議論をせずに経済成長だけを目指していてもしょうがない。


他にも論点がたくさんあったけれど、ちょっと書くつもりがこんなに長くなってしまった。
また明日。

運命にも偶然にも。


なんだか、3、4年前が再来したようで気が重い。
3、4年前と全く同じことを繰り返そうとしているのかもしれないと思った。
その時も苦痛だったけれど、当時よりも時間が経ったこともあるし、状況も実際に逼迫してて、周囲のプレッシャーも大きい事実があってつらい。
でも自分自身に、周囲のプレッシャーを跳ね返すほどの答えと確信を持っていないのも事実。

だから先週末の東京近辺と、願わくばもう一度北陸に行って答えを出したいと思っている。


月曜の朝、南千住の宿を出て新宿に向かうと、ちょうど電車がホームに入る頃に、雨が雪に変わった。
そしてお昼頃には、生まれてこのかた、こんなに白い景色は見たことが無かった、と言うくらいに見事に上から下まで、景色が真っ白に染まっていた。

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そんな大雪の中、今度は横浜に向かう。
が、雪の所為で電車にトラブルがあったようで、新川崎駅で1時間停車。
その後、なんとか動き出して無事に横浜まで着いたものの、根岸線に乗り換えようとすると、こっちも運休停止になっていた。なので、みなとみらいを使った。

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新宿も元町も、この日にあって話したのはアーティストという肩書きの人々。
まだどちらも知り合ったばかりで、聞きたかったことの全部が聞けた訳ではないけれど、
自分のセンスや考え方、悩みが自分だけのものではないと言うことが分かった。
楽なことではないかも知れないけれど、実践している人が居る。自分に正直に生きている人が居る。

答えとまでは言わないけれど、方向性が見えて来た。


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何が人のためになることだろう??


土曜日、私の後任としてブルキナに派遣される予定の人に会って来た。

ブログでも、「後任として誰か、ブルキナに来てください!」なんて書いたりして、
でもブルキナからの緊急退避もあって自分さえもブルキナに戻れるかどうか分からず、
なんとかブルキナに戻れた後は、配属先に協力隊の意義を認めてもらって
後任を要請してもらうことを目的に活動を進めた。

軍の騒動があった後と言うことで、大事をとって選挙までは新たな隊員を入れないと言うことになり、
私は去年の6月までで帰ってしまい、
後任がブルキナに来るまでに、1年半とか2年とか、長い時間が空いたらどうしよう、なんて思っていたけれど、
ほぼ1年で後任が来ることになったので、とりあえずは一安心!

そして、自分が後任を要請するために頑張ったこと、
後任の人が活動し易い環境を出来るだけ作っておこうとしたことが、
自分の中でも、本当にこれでよかったのだろうか、意味があったんだろうかとか考えていたけれど、
「まささんが前任でよかった」
と言ってもらったことで、全部報われた。


後任になる人は今のうちからすごく研究していて、フランス語も熱心に勉強しているし、
なんだか私の勉強嫌い、面倒くさがり、いい加減主義とは比べ物にならないくらいにいい人が後任として決まってくれたみたいで嬉しい。
自分が恥ずかしくなるくらいに。
私の経験から言えば、私みたいないい加減なのでもフランス語はいつの間にか出来るようになっていたし、なんとか活動も出来てたから、今のうちからあれだけやっていたら、もうなんにも心配いらないぐらいだと思うけれどな。いや絶対大丈夫だ。



ただ、私も隊員の時に悩んでいた、果たして何が本当にブルキナベの為になることなのか?という疑問に対しては、彼女も既に考えていたけれど、何がどうなることが幸せなんだろうか。
自分たちの価値をただ押し付けるだけになっていないだろうか。

私が見て来た限り、確かにブルキナには絶対的な貧困とか不足がある。
日本から来てみれば、余計にそう思うだろう。
他のアフリカ地域や南アジアでも同じような地域は多いだろう。
けれど、そこに暮らす彼らが絶対的に不幸な訳ではない。確かに貧困に悩んではいても、毎日家族や友人、動物たちや、究極を言えば地球と一緒に労働をし、おしゃべりをして楽しく過ごす彼らは、端から見てとても幸せそうだ。
そしてそれが実際に見せかけだけの幸福や充足感か否か、彼らと共に2,3日や一週間からでも過ごしてみればすぐに分かることだろう。

何ヶ月か前の朝日新聞で、幸せの国ブータンにも物欲の魔の手が伸びていると読んだが、ブルキナも同じような経済成長を遂げようとしたならば、それで手放しに「発展した、GDPが増えた」と喜べるだろうか。

そんな疑問が、活動している時からずっとあった。もちろん、発展しなければいいなんて言っている訳じゃない。経済成長することで救える命があったり、なくすべき貧困はある。
けれど、経済成長は何処までも手段で、彼らの幸せの価値を尊重したまま、彼らの生活環境の改善をする方法って何処にあるんだろうか。


所詮、ボランティアなどどこかおこがましい身分であり、常にその尊大な響きと裏表になっている偽善臭さを実感するべきじゃないだろうか?私はそう思うし、だからこそボランティアと名乗ることに抵抗を感じていた。
誤解を恐れずに言えばボランティアなんて、他人の幸福を勝手に、自分の価値観をもとに定義することなのだ。初期のいわゆる国際協力はそういう性質が強かったみたいだし、広い意味で言えば、人に優しくすると言うことは須くそういう行動である気がする。
そしてそうすると今度は、エゴと他人を尊重する部分のバランスが難しい。


土曜日のお昼ご飯は、静岡の山奥でとろろ♩ 渓月というお店。
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きれいに晴れて、くっきりと富士山が見えた!
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