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どんぶりがない!!


「そば屋さんちのふろふき大根」

・・・なんてタイトルでブログをやっていると、タイトルと内容は全くかけ離れているのに、
「そば」
とか
「ふろふき大根」
なんてキーワードや、たまに
「レシピ」
って単語とかもくっついて検索してきている人がいたりする。


そんな人たちに、お知らせ。

このブログは、そばの話もふろふき大根の話もしませんよーーー!
著者が、ただそばとふろふき大根が好きなだけでこんなタイトルにしたんですよーー!

だから別に、ものすごくおいしいそばやふろふき大根のレシピもここにはないし、
おいしいお店の情報も全く出てきません!

ただ単に、毎食そばでも全然平気、っていうか大歓迎!って人が全然食べ物とは関係ない内容でブログを書いてるってだけのページですからね、ここは。


おいしいそば屋の情報を求めている人!ここじゃありませんから。
道間違えてますよーー!!


てことで最後に、一回ぐらいはブログのタイトルにふさわしく、
そばとふろふき大根のアンサンブルを写真でお届けしておきます。

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はい。家で作った、とある日の晩ご飯です。めっちゃしょぼいし、そもそも今の部屋にはどんぶりが無い!!
あははははーー。。。
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気仙沼のさんま。


船で見かけた、海を見下ろす少女。

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今日、用事があってちょっと実家に帰ったら、ちょっとの積もりが、
「さんま食べに行こう!」
と母にいわれ、何のことかと思ったら…

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江田島フェスティバルで、さんまを配っていた!!
江田島は3.11の震災後、気仙沼市にフェリーを貸し出すなどの支援をしていたのだけれど、
そのお礼として気仙沼から大量のさんまが届いていて、
そのさんまを今回のフェスティバルの中で焼いて、みんなに振る舞っていた。

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お昼前に行ったら、さんまはものすごい行列!!
で、行列が落ち着くお昼過ぎまで色々と歩き回って時間をつぶし、
もう一度行ってみると、もう大根おろしが無かった!!

でもこのさんまがものすごく絶品で、香りもいいし肉厚で噛むほど味が出る、
でも炭火で余計な脂が落とされていて、ご飯を食べた後でもお代わりしてしまうほど!
どんなにお腹が膨れていても、まだまだ入りそうな。
一本目は醤油をかけて頂いたけれど、二本目は何もつけずに頂いて、
それでも、というか寧ろその方が箸がすすんだんじゃないかと思うほど。

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まだまだ食べられそうだったけれど、
お昼の2時前には全部なくなってしまった見たい。
ちょうどさんまが食べたいと思っていたところに、こんなにおいしいさんまが目の前に現れて。
この上なく幸せだったなぁ、今日は。



そして芋エネルギー開発を進めている、近畿大学の鈴木高広教授も来ていて。
実は江田島にはエネルギーにする為の芋を育てている人がいて、
共同で開発を進めている。

鈴木教授、その人。

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で、今日はその芋エネルギー(とか)の紹介やデモンストレーションをしていた。
発電機にもすごい技術を使った工夫がしてあるらしく、
燃料を燃やした時に煙が出ない、余計な熱を暖房とかにも使えるなどなど。
私もあまり理解しなかったけれど(笑)、
自然にあるものを使って、環境にもこれまで以上に優しく、効率も格段にアップした発電方法がこうして開発されて、エネルギー政策に行き詰まっていると一見思える日本で、独自の技術を使って、資源も日本から全部生産して、植物だから寧ろ芋を育てている段階では二酸化炭素を吸収してくれる。
こういう技術が出てきている事実がある。

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原発には反対、だけれどどの政党に投票すれば原発をなくしてくれるのか分からない…
だけれど、もう政府に頼らなくても、自分たちの力を持ってして変えることが出来る方法があると分かった。
エネルギーのこともそうで、原発をいくら政府や電力会社が推進しようと、国民自身が原発を動かせば動かすほど赤字になるくらいに節電をしたり、それは今の省エネ技術なら出来ると思うし、芋エネルギーのような新しいエネルギーにもっと目を向けて、投資をして行くことで「もう原発の時代は終わった」と宣言することが出来るはず。


3.11以後の新しい時代のかけらが徐々にちりばめらてきていることを感じることが出来た一日だった。時代は確実に、一歩ずつ変わってきている。

7日目。私たちは被災地で何を学んだのか。


被災地プログラムが早くも終わり、この日の朝に電車(スーパーひたち)に乗り、お昼頃に上野に戻って来る。

朝、ホテルのロビーで、お世話になったいわきの人々に挨拶。

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電車を降りたら通訳や旅行会社の人たちが待っていた。楽しかった福島も終わって、
また東京での任務、そして今度は広島が待っている。

午後、臨海防災公園のそなエリアを見学。
首都直下型地震後の東京を舞台に、
「72時間生き残る」
をテーマに、廃墟となった街を、ニンテンドーDSに表示されるルートに従い、
問題を解きながらゴールを目指すというアトラクション。

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「かなりリアルに作ってありますので、気分が悪くなったらお知らせください」
と言われたので、あぁ自分のことだと心配していたら、街に出るまでの間は
外の状況も分からずに、かなりの緊張だったけれど、
街に出てみたら、確かに廃墟ではあったけれど、誰かが傷ついたり死んだりと言う現実は再現されていなかったので、大丈夫だった。

赤十字の救急法の訓練を受けた時も思ったけれど、もし現実にそれが起こった時には、
もっと大きなストレスやパニックにさらされる。それも長い時間の中で。
少しずつでもこうして、精神的な面からも備えておかなければな、と思う。
救急法の訓練も、また受けておこう。

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その後、次の日が外務省での報告会と言うことで、その準備の時間を取った。
外務省では、東日本大震災や被災地の、現場でどのようなことを学んだか、
そしてそれを帰国後にどのように伝えていくか、といったテーマについて話すことになっていた。
それに関して、ほとんど準備ができていない段階だったキリバスチーム。
寒かったが屋外で、報告会の為の話し合いをした。

私は英語がわからないので、学生たちがどんな話し合いをしているのか、あまり分かっていない。
ただ、大学生チームと高校生チームに分かれて話し合いをした時に、
高校生チームはちょっと苦戦している、という印象だった。
自分たちの得た経験を、どのように消化して経験として深めていけばいいのかが分からず、戸惑っている、という印象だった。

だから私は、コーディネーターと言う立場を悪用して、印象操作をした。

私の考えたことをしゃべらせよう、いやそこまではしないけれど、そういう種をまいてみよう、と思った。


そこまでしようと思った理由はある。被災地で、特に二日目と三日目に泊まった小名浜オーシャンホテルで、被災地の人々、被災地に仕事で来た人々たちから色々な話を聞き、私も私なりに色々と考えていたからだ。

被災地や被災者の、プレス用ではない現実の生活や感情を語ってくれた新聞記者。家に30年間帰れないとつぶやいた農家。いわき周辺で一番被害が大きく、70センチ地盤が沈んだ灯台のもとで、津波や地盤沈下の被害の大きさなど色々話してくれたおじいちゃん、露天風呂で話した人々…千葉から来た業者さん、キリバスとツバルの留学生たちに好感を抱き、被害に悩む福島の人々の思いを語ってくれたおじさん、等々。


今回のツアーで見学した被災地、福島というのは、必ずしも全体像が見えるものではなかった。そもそもいわきしか見ていないし、基本的に現場を見て歩いただけ。全体的な政策とかそういう意味で、今後どのようなことが必要になるかが見えてくるようなプログラムでは決して無かった。

だけれど、福島の人々が津波被害や風評被害にどれほど傷つき、でもそれに負けず一年半の間に少しずつ復興に向けた努力をし、そしてここまで復興した段階で、今後についてどんなビジョンを持って復興していくことを考えているのか。そしてそのビジョンを日本や世界と共有し、実現していく為にどんな行程が考えられるのか。

放射能が降った現実はある。実際に住めなくなった地域もある。そしてそれとは無縁に生活している圧倒的大多数が今のところの状況だ。
という現実を改めて自分たちの胸の内に据えて、そこから短期の未来像(復興)と、長期の未来像を組み立て直さなければいけないのだな、と思った。

それはもちろん今回の選挙のこともあるし、政治以外の部分でも私たちが世界の一部として、どう振る舞って行くかと言うこと。
しかし、どうしてこうも日本は話し合いの場が少ないのだろうか?アメリカの大統領選挙のように、一年近くかけてみんなですこしずつ合意と結論を導きだしていくようなことが出来ないだろうか。

プチ神社巡りした今日。


今日は休みだったので、広島東照宮と護国神社に行ってきた。

何しに行ったかは…分かる人は分かるよね??
今日の護国神社の様子。意外と、というか思ったより、人が多かった!!


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散っていく、秋に染まった葉たち。

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フィルムでも撮ったけれど、ピントがちゃんと合っているか不安。。。
また現像とデータ化を頼んでおこうと♩

6日目、とまとランドとアクアマリン。現実との格闘。


津波や放射能で傷つきながらも、その怪我を乗り越えて必死に福島や東北の復興の先駆けとなろうと努力している企業たち。彼ら自身も傷を負いながらも、地域の人々と支えあって新しい基盤を作ろうとしている姿に心を打たれた。



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とまとランド。ビニールハウス内でコンピューターによる温度管理などを徹底してトマトなどの野菜を栽培している。栽培した野菜は、トマト狩りでその場でそのまま味わうことが出来る。

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ここは主に、風評被害に悩まされているそう。
実際に原発で爆発があり、またベントをした直後には放射線量があがったらしい。
放射能で汚染された畑、トマト。
放射能が降ったという事実だけで恐ろしい。
つい2年前まで、そんなことを心配したことが無かった日本で、
昨日のブログでも放射線量を確かめてから食事をとる仮設住宅を紹介したけれど、
これが原発と一緒に生きる際の、呪われた事実なのだ。

そしてこの風評被害は、決して他人事ではない。
日本国内にいれば、それは福島やその近辺の問題と思うかもしれないが、
海外では福島第一原発の事故後、日本製品については「放射能入りでしょ?」という質の悪いジョークが頻繁に発せられ、そのことで傷ついた人も多いと思う。いや日本人なら傷ついてしかるべきだ。
そしてご存知の通り、世界中で日本で生産された食料の輸入が止まった。

とまとランドでは、汚染されたトマトは全て廃棄、細かく放射線量を測って規定値以下で或あることを確認し、それを必死にアピールしてきた。地道な努力のおかげで、業績は改善してきていると言う。

留学生たちは、コンピューターで管理された無駄の無い、最新の農業技術に興味を大いに示す。
また、放射能被害、風評被害やその改善についても丁寧に話を聞く。

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無事に平和的にここでの見学が終わるかと思ったが・・・最後の最後、サンキュースピーチをした後、とまとランドを案内してくれたスタッフがぽつりとつぶやく。

「僕の家は今後、最低30年ぐらい帰れないんですけれどね。」

彼はそれを冗談にして「もしもの時にはあなた方の国に」と言ってみんなを笑顔にしてくれたが、
私は表情も心も引きつって全く笑えなかった。
彼の故郷は汚されてしまった。自分の状況が全く無事なことを思うと、とても申し訳なく思えて来る。こんな引け目をお互いに感じてはいけないはずなのに。




二つ目の見学施設、アクアマリンは水族館だ。
海に面した場所にあり、だからこそ出来る大胆な構造もあったと思う。
隣にあったお土産物がたくさん並ぶショッピングセンターと共に、この辺りの観光の要を担っていたんだろう。海の幸が豊かと言われて、とても説得力がある場所だ。

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ここは当然ながら、津波で一度流された。水族館の建物は地中深くに杭を打っていた為に流されなかったみたいで、ここでなくなった方もおられない様子ではあったけれど、水族館の施設はほぼ全壊し、そして地震の地盤沈下の為に、水族館の玄関は1メートルほどの段差が出来てしまった。

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壊滅状態だったこの水族館を支えたのは、周囲の人々との絆だった。
これまで水族館を支えてくれていた人々が被災し、娯楽どころか明日の生活さえも見えなくなった。
その人々が、それでも希望を持って復興に取り組んでいるのを、精神的な部分から支えてあげたい。
という思いを抱えて、なんと半年で再オープンを果たしてしまった。
震災直後の水族館の様子を写真などで見たけれど、まさかこんなに大きな水族館がめちゃくちゃに壊れてしまったのを、たった半年で直してしまったとはとてもにわかには信じられない。
それが出来たのも、やはり地域の人々との繋がりがあり、そして他の水族館の様々な協力があればこそだったろう。


ここの水族館はすごく面白かった。ただはしゃいで歩くための場所じゃない。
環境をすごく意識していて、特に福島の、山から海までの環境と生物の変化を、大きな施設とはいえその中で細かく再現し、水の流れとともに生じる環境の変化や生物の習性が手に取るように分かる構造になっている部分、
これほどまでに福島(地元)に対する愛情を感じることが出来る施設はない。

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そして、福島の海だけではない、世界の海を守っていくと言うことの意味を考えさせられる施設だった。

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この施設を出る時にはもう、夕暮れ時だった。
施設の庭には、ショベルカーがこんな遅い時間まで動いていた。
この日の夕暮れは、特に赤くて強く胸が締め付けられた。

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5日目。被災の現場と仮設住宅の見学。


プログラムの5日目。
被災地入りしてから二日目、この日は朝から実際に津波に襲われた地区などを見学することになっていた。
留学生たちにもその緊張のせいかあるいは福島の寒さのせいか、少しこわばりが伺える。
この日は私たちの雰囲気を察してか、雨。
プログラム中、雨が降ったのはこの日だけだった。

最初に、津波にのみこまれた地域にいく。
ここで、津波で家を失い、しかし家族はなんとか無事だったと言うこの地区の区長さんの話を聞く。
地震や津波そのものも恐ろしいけれど、避難の話や、その後に家族と離ればなれになってから連絡が取れるまで、その後の悲しみを乗り越えての復興など、興味深い話がとてもたくさんあった。
こんなにもつらい経験をして、私たちにその話を聞かせてくださるのも、すごくつらいのではないだろうか。この話を一日中は聞いてられない。そんな話だった。

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後ろの黒い土嚢を積み上げてあるのは、防波堤が津波で崩れた部分だそうだ。



次に、火力発電所を見学する。
この火力発電所も津波にやられたものの、地域経済を担う企業として、
地域の人々と助け合いながらの復興の話が聞けた。

そして個人的には、ここを見学する時に隣に座った、地元の新聞社の方の話がすごかった。
なんだか普通の世間話をするように、いやその人にとっては普通の世間話にもうなっているのかもしれない。
でも、私は隣で聞いていてショッキングなことだらけで、情報としては知っていることだったかもしれないけれど、地元の人のリアルな状態や感情をそこに見いだしていった。

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昼食風景。

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昼食後、地元の消防団を率いて、復興ボランティアを積極的に行っている人の話を聞く。
被災当時からの生々しい写真を交えての話だけれど、それを割と明るく話す人で、本人もとても話し好きなようで、くらいトーンになりすぎず、よかった。
現在は仮設住宅に入居している方々への支援を主にしているようで、仮設住宅に入っておられる方々と直接会うことは今回はなかったけれど、その様子と言うか、苦労が分かった。ボランティアもそうだけれど、私には、こうして福島に来て仮設住宅を自分の目で見ると言うだけでも勇気のいる行為になってしまっていて、なんだか申し訳なくなる。

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その後、実際に仮設住宅を見学する。
意外ときれいな家だ、と思うような家もあった。
木の暖かみがあって、家の周りで菜園をやっているような感じがあったから、
これが仮設住宅か、ずいぶんイメージと違うな、と率直に思った。
けれど、それは見た目の話であって、実際には家はよくても多くのストレスを抱えているはずだろう。

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そしてこっちの仮設住宅は、自分の中でイメージにぴったりというか
よくテレビとか雑誌で見る、と思うような仮設住宅。

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今日はここで、留学生たちはボランティア活動を手伝う。
晴れていれば外での仕事を手伝う予定だったが、雨の為、集会所の掃除などを手伝うことになった。
東京から来ているボランティアの人々と一緒に掃除をし、話をする。

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そして集会所にあった、放射能検査機。
こんなものを使って毎日、食べるものを食べる前に検査しなければいけない現実に直面しているのが、復興してきているとはいえ福島の現実だと思い知らされた。

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プログラムの中ではあまり放射能を全面にだしてのプログラムはなくて、話の中には出て来るけれど、基本的に目で見えるのは津波などの被害のこと。
でもここで忘れてはならない現実が、福島には放射能が降ったと言うこと。
新聞記者の話も、きれいごとではない地元の人の抱えている現実だったけれど、
これも放射能測定器が日常の中に入り込んでしまっている恐ろしさにめまいがした。

こればっかりは、どれだけ支援したくても何十年住めない地域が出来たり、
あるいは10万年も放射能が安全レベルに下がらないような放射性物質が放出されたりと。
改めて、自分たちがしでかしたことの大きさを知らされた気分だ。

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