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ブルキナの子供たちによる野菜の観察日記。


今年、学校菜園を始めるにあたって種を寄付したときに、条件として提示した一つに実は
「観察日記」
があった。

去年も紹介はして、「やって見てね」とは言ったけれど、そんな見たことも聞いたこともない物を突然やれと言われても、当然ながらやっていなかった。
今年は、種を寄付する条件として「絶対にやらなきゃ駄目」と言ってノートも配ったので、ちゃんとやったはず…

でも追跡調査とかで学校に来た時になかなかノートを見る機会もなくて、一体どうなっているのかも分からなかった観察日記のノートを、ようやく見せてもらった!


さてさて、それぞれなんの野菜のスケッチでしょう??


SN3Q0387 きゅうり


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初めてやってこれなら、上出来じゃないかな?
観察日記と言って誰でもイメージできる日本とは違って。
なんか微笑ましいぐらいに子供っぽい絵。
来年は毎日書いてね、とか、もっと細かく観察して、とか言ったけれど、
私が居なくなる来年からは一体どうなるんだろう?
この学校だけでも根付くのか、すぐに辞めちゃうのか?
まぁ自分が楽しかったからいいか。







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変圧器だと思ったのに!



ちょっと前に、久しぶりにジェルをやろうかなと思い立って。
もう何ヶ月もジェルどころか、普通のマニキュアも塗ってなかった。
最近はずっと、邪魔にならないように短くまとめて、磨くだけきれいに磨いていたんだけれど。
最後の一ヶ月だし、ちょうどいい感じに爪も伸びてきたし、久しぶりにいいかな、と思って準備していたわけ。
爪の形をそろえて、表面も磨いて、マーブルやって見たいな、とか思いながらジェルも準備して。
で、UVランプを変圧器をはさんでコンセントに接続して、いざ電源をつないでみたら…

「ボン!」

…あぁなんかデジャヴというかデジャエクテというか。。。
なんでだ。これも変圧器のはずなのに。Transformerって書いてあるのに。
何がいけなかったんだ。

緑色のほうは間違いないんだけれどね。ピンクのに差したら爆発した。

SN3Q0188.jpg



慌ててこれは絶対に間違いないという緑色の変圧器を持ってきて差し替えたものの、もう駄目だった。
うんともすんとも言わない。
前回はセキュリティがあって4本中2本が残ったらしいけれど、今回は一瞬で全部、駄目になった。
あーあなんでだ、このピンク色だって変圧器のはずなのに。何が違ったんだろう??

日本に帰るまで、ジェルはお預け。。。




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私はこうして壁を作る。


サカビーのCSPSを出て、次に向かうのは障害者団体。
なんだかいつも、ちょっと気が重い。最後のカウンターパートの話になってやっと打ち明けるけれど、私はもともとそんなに話すのがうまいわけでもないし、なにか珍しい物やおいしい物を持って行くでもないし、ただ「ありがとうございました」と挨拶しに行くだけなのに、向こうもそれだけの理由でのこのこ来られてもしょうがないというか、相手をする時間ももったいないと思うのじゃないかと勝手に思ったりしていた。
でも、どのカウンターパートたちも、手ぶらで行っても本当に時間を惜しまず歓迎してくれて、丁寧に話をしてくれる。その誠実さに対して、自分がこうしてボボに出向いてきておきながら、応えることができていない気がしてならない。
「訪ねてきてくれるだけで本当に有難いんだよ」とはみんな、言ってくれるけれど。


そして前回の病院以上に戸惑ったのが、障害者団体という場所。
団体の入り口。
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病院はそうは言っても、何度かは入って挨拶したこともあった。
でも障害者団体なんて尋ねたことは日本でもあまりないし、ブルキナでも車いすに乗った人を時々みかけるけれど、口をきいたことは一回もなかった。だから、特に明確な根拠はないけれど、一番不安だと思っていたのはこの障害者団体だった。やっぱり差別はいけないとかなんだかんだとか言ったところで、自分とは住む世界が違う人々だし。

団体のアトリエに着いて、まずは団体の代表と挨拶をする。マダム・サノウ。他のカウンターパートたちと同様、今まで電話やメールでやり取りをしていた相手だ。そのマダム・サノウと握手をしようとして、うまくできなくて、視線を手に向ける。すると、手がない!

いや私の手はあるんだけれど、相手の手は…というと、多分手首の辺りまではあって、そこで丸くなっていて、指らしきものは一本も見えない。この瞬間になってやっと思い出した、代表のマダム・サノウ自身も障害者であるということを聞かされていたことを。まずその手を一瞬でもまじまじと見つめてしまったこと、そしておそらく自分の顔に戸惑いが見えただろうなと思ったことで、その後はこの団体を見学させてもらう時にも、平静を装ったけれど、自分に深い引け目を感じて、何を見るにしても遠慮がちになった。だから、アトリエで働いている障害者たちにほとんど声もかけられなかったし、写真も撮れなかった。まぁ特にこうして大仰に言ってみることでもないけれど、自分というのはそういう、バリアフリーだとか言っている時代に自分からバリアー張りまくりな人なわけ。


ちなみにこの人がマダム・サノウその人。穏やかで、この人の周りだけ時間がのんびりしているような雰囲気があった。
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障害者たちのアトリエは現在、日本大使館の融資でもっと大きな場所を用意しているということで、そっちにも案内して下さった。日本マークあり。
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場所はついさっきまでいたドーのDSのすぐ近くで、今のアトリエよりもずっと大きく、多くの人が働くことができそうだった。そもそも庭も余裕があって、心理的にもすごく余裕を持って仕事ができそうな環境。清潔感も増している。大きな鶏小屋も二つあって、すでに百羽を超える鶏たちが飼われていた。アトリエの隣には、作った製品を売る小屋も設けられていた。
ここのアトリエでいい製品をたくさん作って、何時か日本にも輸出するぐらいになってほしいな、なんて思う。



ところで、ブルキナでは身障者をよく見かける気がする。多分、相対的に身障者が日本より多いんじゃないかと思う。
例えば車いすに乗っている人が多いのは、ワクチンを打たずにポリオに罹って下半身が不自由になる人が多いから。などなど。
それから、嘘か本当かは知らないけれど、街で見かける物乞い。時々、盲目の年寄りを子どもが引っ張って歩きながら物乞いをしているのに出くわすことがある。そういうのは実に哀れを誘うと思うのだけれど、わざと人の(特に年寄りの)目を潰して盲目にし、人の哀れみを感じさせるらしい。効率よく物乞いするために人を身障者にするというのは確かに可哀そうだな、お金をあげようかなと思わせる方法だし、それに耐えられる、それができてしまうのは正直、ちょっとすごいと思う。
ただ、そこが日本とは違うところで、気を使わなくても済むけれども、逆にそうやって身障者を前面に出されたときに、自分がどう対応していいのか分からないというか、身障者であることをある種、プライドにしている人たちとはどうかかわっていけばいいんだろうか?
身障者だけでなく、社会的弱者が自身の弱者ぶりを誇示する文化は私にはないから、どうするのがいいのか分からなくて困る。





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今まであった中で一番早口なブルキナべ。


火曜日の朝、帰りのバスの予約をしてそのままドーの病院へ行く。街中からタクシーを使って300フランでいける範囲内と聞いていたので、病院がある場所もまだまだ街中かと思ったら、何時の間にかすっかり街中から抜け出してしまっていた。
建物や人通りが少なくなって、このまま舗装道路も終わってしまうのでは?!と不安になった瞬間に病院に着いた。危ない、あと50メートル行ったら砂地道路になるところだった。。。

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風景の変化ばかりに気を取られていると、ここが街外れと思ってしまいそうだけれど、確かにボボの中で二番目に大きな病院と聞いただけあって、その規模はかなりのものだし、大勢の人が診察に訪れている様子。タクシーもけっこうな数が通る。


ここのDS(保健行政区局)で働いているアカ氏が、今日訪ねる相手。
この人へのぶるるでの取材については、「アカさんのこと、知ってるよ」という隊員からメールを送ってもらい、その隊員を通して取材をしたので、このときのランデブーの為に初めて電話して声を聞いた。どんな人か、自分で把握できていなかったから、うまく話せるかどうか、一番不安になった相手だった。
電話したときには、なんというか、がっしりした、頼りがいのある声の人だな、という印象。
で、病院で会った第一印象は、すごく気さくな雰囲気の人。
病院の門で周囲を見渡して探している私に向かって、建物の玄関から大きく手を振って迎えてくれた。
顔が見えるまで近づいてきて、「あ、写真で見たままの顔の人だ」。


ちなみに、右の人ね。
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病院の片隅に、保健省の役人たちが働いているオフィスがある。それがDS。
その建物の中にアカ氏のオフィスがある。
アカ氏と向かい合って座ると、彼のすぐ横に、彼と一緒に働いていた隊員が作った5S運動のポスターが貼ってあった。それをみると、なんだか不思議な気分になった。「隊員が居なくなってもう何ヶ月も経つのに、こんなにきれいな状態で、大事にしてもらっているんだな」。いつもいつも、隊員が居なくなった後の継続性だとか継続性だとか言われるので、ブルキナべだけで隊員やその他、援助の、特にソフト面については残していくのが大変なんだろうと思っていたら、でもちゃんと残っている物もあるのを知って、ちょっと安心した。自分の活動はどうなるんだろう?特に、目に見えて残るようなことはしていない気がするけれど。

5Sのポスター。
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オフィスでちょっと話した後、「隊員が主に活動していた病院(CSPS)に連れて行ってあげる」というので、「いや、忙しいのでは?」と遠慮がちになりながらも、是非ぜひと言われて行くことにした。
CSPSに向かうため、タクシーを探しているときに、アカ氏の携帯が鳴る。仕事の話らしく、長いこと、強い口調で何かを説明していた。そう言えばオフィスに居る時から、携帯がよくなっていた気がする。タクシー前での通話は長引いていた。強い口調、そして早口だったのがとても印象的。


サカビーのCSPS。
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サカビーのCSPSも、その日は普通の営業をして病人を見ているだけなので、ぐるっと一周してさらっと中を見るだけ。病院の敷地に入ることはほとんどないし、人が多くいること、自分が特によそ者という空気を感じるので、実は病院の中を歩くのはあまり好きではないんだけれど…

そして、CSPSの中を案内してくれているときにも度々、アカ氏の携帯が鳴る。それが毎回、仕事の話のようで、早口で強い口調で説明している。電話は毎回長引く。そのたびに、忙しい中でこんなにも色々と見せてもらっていることが、申し訳なくなってくる。
それにしても早口。息次ぐ間もない。こんな早口でしゃべって噛まないのか。相手は彼の言うことをしっかり消化できているのか。私なら何度聞きなおすだろう。もしかしたら、早口すぎて理解できないから電話が長引いて居るじゃないのか?と、ちょっと思った。







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自分以外の誰かにできて、自分にだけは出来ないこと。



日曜にボボに来て、月曜の朝に早速、バマに行く。
ボボの街中からちょっと離れているので、車を一台借りて出かけた。
車を借りたのは、この日の朝から雨が降っていたのも理由の一つ。バマはタクシーでいける範囲内でもなく、
乗り換えの不便さや雨のことを考えたら、これが一番いいと思った。
ちょっと高かったけれど、バマまではもちろんのこと、バマの中での移動も楽にできたこと、午後からもその車でボボの街中を色々と細かく移動できたので、それだけの価値はあったかなと思う。


バマはこのあたりでは有名なコメどころ。立派な灌漑施設と地平線の先まで広がる田んぼがまぶしい。
とはいえ、現在は乾季と雨季の境目、稲の苗を準備しているところで、稲穂が風に揺れる風景は拝めなかった。
それでも、任地のゾルゴや首都ワガドゥグがこんなに乾いている中、灌漑には躊躇いを知らないかの如く水が溢れていて圧巻。
そして米の代わりにサツマイモがたくさん見れた。道端にバナナがたくさん生えているのも、改めて驚き。

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ここで会うのは、同期稲作隊員と一緒に働いていた、有機肥料生産団体の面々。
実際に有機肥料を作っているという建物の前で、団体で活動する全員が私の訪問に合わせて集まってくれていた。
ちょっと挨拶に来ただけなのに。本当に有難いというか、恐縮。
取材に答えてくれたことに対してお礼を言って、実際に完成したぶるるを見せ、
彼らのインタビューを記事にしたページのコピーを渡す。
私が来たことについて本当に喜んでくれている様子で、インタビューの時のように、私の同期隊員やその前任者と一緒にした活動のことを色々と話してくれた。
今後も早くボランティアが入って欲しいという彼らの表情は、ただ支援が欲しいというのではなく(もちろんそれも大事だけれど)、日本人と一緒に働き、家族のような時間を過ごすことが純粋に喜びなのだろうなと思わされる。
だから私のこともこんなに歓迎してくれているんだろうな。

去年、在ブルキナ日本大使も見学に訪れた、有機肥料生産をしている小屋の内側を見せてもらった。
ぶるるにも書いたとおり、現在は建物の一部が壊れていて、肥料の生産ができない状態。
このときに詳しく話を聞いたところ、問題が複雑なのはこれが借り家というところ。
もしもこれが持ち家だったら、すぐにでも修理してしまえるのに。こういう問題が起こらないように、今度は自分たちの団体自身の建物を持ちたい。そう話していた。
日本大使館による融資か何かで、新たに建物を作れたら、と言われた。確かに。今度大使に会ったら、話しておこうか。

この団体が生産している堆肥。

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私も任地で有機肥料の生産活動をちょっとだけ広めているので、実際に生産しているものを見せてもらった。
建物の中に数袋だけ、まだ生産した肥料が残っていた。
当たり前だけれど、自分がやっているのよりもずっとしっかりしたもので…
そして、ゾルゴの村よりもずっと豊かな、バナナやマンゴーの皮をたくさん使って作れるようで、ちょっと羨ましかった。
有機肥料をたくさん生産して、それを自分たちの田んぼや畑にも使い、一部を売ることもできれば、村落部の収入改善にはつなげやすいだろうと思う。

最後に、団体の人びとの写真を撮らせてもらった。

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前に来た時には、まだゾルゴの村で活動を始める前で、村の様子というか、村人との関わり方がどういうものかも分かっていなかった。一方でその時すでに自転車でバマを廻り、村人たちと積極的に関わり、現地語を操り、村の家族と一緒に食事をしていた同期隊員を見て、色々複雑な気持ちになった。一方でとにかく村に行って闇雲にでも村人に関わっていけば何か開けるのかもしれないと勇気をもらいながら、でももう一方では、多分自分にはこう言うのは耐えられないだろうなと。果たして、2年前に思った通りに自分は成っているような気がする。
まぁもう、今の自分ではどうしようもないことなのかもしれない。自分には逆立ちしたってできないことを、2年前にもそれなりに冷静に見ていたのだな。そう思って一生諦めるしかないことは多分、世の中にいくつかある。





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インターナショナルでミュージシャンでコメディアンなマダム。



隊員機関誌「ぶるる」を作るにあたって、一番最初に案を固めたのが、隊員のカウンターパートたちに話を聞くという企画だった。寧ろ、この案が隊員機関誌を作るための一番の原動力だった。
で、4人のカウンターパートたちに電話やメールで話を聞いていた時に、ボボ・デュラッソの障害者団体の所長がしきりに「ぜひ実際に団体を見に来てほしい、見に来てくれればもっとよく分かってもらえるし、障害者たちもそれを望んでいて、励みになる。」と言っていた。その時はまだ、ボボなど軍のキャンプがある場所に渡航することはJICAから許可されていなかったので、「来年以降、渡航が許可されたら必ず行きます」と約束していた。

あれからもう半年…2,3ヶ月まえに渡航許可は出ていたにも関わらず、
この約束をずるずると先延ばしにしたまま、ゾルゴにひきこもっていた。

が、ここにきて、さすがに本当に約束を反故にしてしまいそうな、自分がそういうつもりではなくても、
時間の壁が迫ってきているのを感じていた。
なので、任期が終わる一ヶ月前になってようやく重い腰を上げ、ボボに行くことにした。
任地での活動ももちろん大事だけれど、自分でけじめをつけるべきところは、ね。


ということで、健康診断の再々検査の為に11日に上京、12日に検査と診断、
13日にボボに行って、14、15と場合によっては16日の朝も使って、ボボの障害者団体、
ドー(Dô)の病院、バマの有機肥料生産団体、ベレガドゥグの女性団体の4つを全部、実際に現地まで見に行くつもりで居たんだけれど。
今考えたら、前回のボボ周辺活動見学旅行に負けず劣らずけっこうな弾丸ツアー。。。
そして結局、一番遠いベレガドゥグには行かないことになったから助かったけれど、
それでも喉を痛めて風邪っぽい症状。。。さすがにまた40度の熱を出したりはしなかったけれど。


今日から数回、そのカウンターパートたちに出会った話をしていこう。
まずはベレガドゥグで女性団体を束ねているマダム・イゴ。
自身で「インターナショナル・マダム」を名乗っているらしい。などなど、その噂話を聞くだけでも強烈な印象が残るが、会ったときには実際に、噂に負けず劣らず強烈な印象を残して行った。
ベレガドゥグまで、というか女性たちの活動を実際に見てみたいと思っていたけれど、
本人の都合で彼女はずっとワガに居たようで、16日の午後、ワガに戻ってきてからお会いした。

インターナショナル・マダムとツーショット。
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事務所でお会いして、特に大した話もしていないんだけれど。
とりあえずは取材を受けてくれてありがとうございましたと言って、記事に仕立て上げながら自分が思ったことを話したり、その後の反響のことを話したり。
向こうも、軍の騒乱でブルキナに戻れなくなった隊員から送られてきた写真集を見せながら、色んな思い出を語ってくれた。
ベレガドゥグは観光地のバンフォラに近い為か、多くの隊員が訪れていたようで、写真集には見慣れた顔がいくつもあった。SIAO以外でも、たくさんの日本人ボランティアと交流があったことが分かった。私にも壁を感じさせない接し方、話し方だったように思う。さすが、インターナショナルを名乗る一方で、全ての日本人ボランティアのブルキナでの母まで名乗っているのは伊達じゃない。
図体も心も広くて、いいおばちゃんなんだよなぁ。この人の団体で作ったシアバタ―を今度買いたいと、リクエストしておいた。

なんかこの人、CDデビューしたらしく、一緒に働いていた隊員に渡してくれと言って、一枚預かった。
そしてもう一枚、私もノリで購入してみた。まだ聞いてないんだけれど。
名刺も貰ったんだけれど、この人の肩書、下の二つがおかしいよね?
ミュージシャンで、コメディアン??名乗っちゃうのか。。。肩書なんてなんでもありだな。

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そしてこのCDに名刺を付けたものを、JICA事務所一階の販売ブースにいくつか置いて行った。。。今後の売り上げが一番気になる商品…かも。




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