スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

AUEの活動状況③:Zingadega、Nabitengaの場合。


昨日に引き続き、今日も活動がうまくいっていないAUEの活動を紹介。。。
なんか暗い気持ちになってくるね。
これから自分がその改善に必ずしも関わっていけるわけでもないのに、こうしてブログのネタにしてしまって。
なんか少し申し訳ない気もしないでもない。
昨日のTuiréは、なにかしらしに行くかもしれないけれどね。

今日のタイトルに挙げている二つの村、Zingadega(ザンガダガ)とNabitenga(ナビテンガ)は、AUEの活動が特にうまくいっていないという点でも目に付いたし、
両方の村でものすごくストレスを感じたのは、いつになく待たされたということ。
村に行って待たなきゃいけないのには慣れた。最近も衛生アニメーションに行って1時間待たされた。むしろそれが普通。こっちも段取りが悪かったのかも知れないし。

ただ、この二つの村では以上にストレスがたまる待たされ方をした気がする。
それも多少はこっちの都合かも知れないけれど、一瞬「こうやって待たせる(強いストレスになってる)村というのはAUEの活動も上手くいっていない気がする…もしかするとそこに何か、因果関係があるんじゃないのか?」と疑ったぐらい。以降、待たされる経験をするとその瞬間から、
「あぁこの村は厳しいかも知れないなぁ…」
なにが厳しいって主語が落ちがちなんだけれど、やっぱり組織運営をするうえで時間だとかお金だとかに対する細やかさというか繊細さというか、気配りができるということは大事なのかも知れないな、と考えたりしてみる。
自分のストレスコントロールはとりあえず、棚に上げて。


Zingadegaという村では、その日のお昼ごろからDPAH全員出席の大事な会があるということで、お昼前には事務所に帰らなければいけない日で、でも頑張って村を二つ回りたい、そのためにわざわざ朝6時半に家を出て村に向かった。
そして7時11分に村に到着。村人とコンタクトを取る。
8時になってようやくAUE会計係が来る。
8時半ごろになってようやく5,6人が集合、話し合いが始まる。
で、10時ごろに終了。

という感じで、待った時間と話し合いの時間がほぼ一緒。二つ目の村はこの日、巡回できず。
短い時間で村を二つ回るために6時半に出発することは当然、前日から決まっていたのに、なぜまた1時間半も待たなければいけないのか…これだったら7時半に出発していたって同じことだったのに、と思った。その理不尽さが我慢できない(最もこのときは、パーティが悪かったのかも、とも思わなくもない)。

ちなみにこの村では5つのカルティエのうち3つが支払い拒否、そのうち二つとは話がまとまりそうだけれど、残った一つのカルティエとは水の支払いについて合意に至るかまだまだ不安があり、その事実を象徴するように、その話し合いの場に出席していた支払いを拒否しているカルティエのポンプ管理人が、話し合いの途中で捨て台
詞を吐いて帰ってしまった。モレ語だったので詳しくは分からなかったけれど、どうもAUEやポンプ管理人の中でも完全に足並みが揃っていない様子で、この先のことに関しても不安になる。


次のNabitengaという村に関しては、こちらのパーティの責任ではない。というのもパーティのリーダーがDPAHの中でもかなり時間には敏感なほうの人で、前日までに連絡を間違いなく取って、当日も村に行く前に連絡をする。事実、この日に巡回したその他の3つの村では、長くて10分20分で話し合いが始まった。

が、このNabitengaという村のAUEメンバーだけ、直前になって連絡が取れなくなり、何度も電話をかけてみたり、リーダーがその足でAUEメンバーを探して村を歩き回くなどして、本当にそれでもこの村のAUEメンバーとの話し合いができるかどうかということに対して私は懐疑的でいて、今日のところはもう帰ってしまったほうが得策なんじゃないかとずっと考えていた。

なんとか1時間半粘った結果、表れたのはたった一人。その後も合計で4人ほどしか来なかった。この、約束をしておいたのにこれだけ待たされるということ、またメンバーを集めることができていないということに、果たしてこの人たちはやる気があるのだろうかと、私は憤ったと言って間違いないと思う。

AUEの活動の話を聞いてみたら実際に「やる気あるの?」と言いたくなる状況で、AUE設立はしたものの、水料金の支払いはほとんどなく、ポンプが壊れたときにはAUEは蚊帳の外でカルティエ内で話し合い、お金を出し合って修理する。AUEがほとんど機能していない。そういう状況だからもちろん、ポンプの管理人だとか銀行口座座とかもまるっきりできていない。


こういう経験をしているおかげで、来た当初とは違った意味で待たされるということにストレスを感じるようになってきたなぁ。
スポンサーサイト

AUEの活動状況②:Tuiréの場合。


書くと言って書かないまま、2週間が過ぎたAUE(水利用者組合)の活動状況。
今日と明日で、新たに三つの村のAUEの活動状況を紹介しようと思っているけれど…
これから紹介する村というのは、活動がうまくいっていない村。
ちなみに明日紹介するところは、活動がうまくいっていないということ以外にも共通してイライラさせられることがあったので、そのことを合わせて書く予定。


タイトルにも書いてあるTuiré(テュイレ)という村は、ゾルゴに33ある村の中でも、トップ3に入るぐらいに裕福な村。
特に村の中でも、幹線道路沿いに村があるわけでもないのに電気が通っているというのはこの村だけ。
村の人口も2000人に届きそうなぐらいいて、やはり33の村の中で一位を争う人口の多さ。
そして、ポンプが村の中に全部合わせて13個もあるという、この数字もずば抜けている。
ちなみにこの村をはじめ、割と裕福で、収入的には水料金を払う余裕くらいはあるだろうなぁと思っていた村は悉く、小さくない問題がある気がする。

この村の特殊なところは、政治的な力が感じられるところ。
というのも、ブルキナ国会の議長がこの村の出身ということで、
村の奥に行けば突然、村には似つかわしくない豪邸が現れ、
芝生がきれいに敷き詰められていてスプリンクラーが動いていて馬が何匹もいて…と、外から一目見ただけでその空間の特殊さが分かるくらい。
電気もそのおかげで通っているらしく、ポンプが異様な数あるのもその所為かも、と思わされるような話も聞いたことがある。
この村の裕福さがそういう政治力を背景にしているということはある程度、間違いのないことのよう。


こういう村と、前回に紹介したような僻地にある村を見比べてみると、裕福な村のほうが甘えているな、と思ったり、切迫感がないというのも感じるし、村人の間でまとまりがないな、という感覚を得ることもある。


Tuiré村AUEの具体的な活動状況を見てみると、AUEが管理するポンプとして10カウントされていて、一つのポンプに年間10万フラン必要として、単純計算で最低100万フランを年間に集めることが必要。
で、この村は2011年現在で人口1711人。その全ての個人に300フランずつを水使用料金として設定。その数字を聞いた時点で、そんな低い料金で足りるのかな、と疑問に思った。計算してみたら全部で年間513.300フランになる計算。必要な額の半分にしかならない…もっと貧しい村で、一つの家庭に3500フランぐらいを普通に設定しているんだけれど、もし一人300フランぐらいにしようと思ったら一つの家庭に11~12人がいなきゃいけない…
そしてさらに、それだけ低い料金を設定しておいて、村人からは水料金に納得してもらえておらず、ほとんど料金徴収ができていない。。。
ポンプ管理人も決めることができていないし、銀行口座もまだ開設できていないしで、AUEの指導力のなさとかそもそもの料金設定で破綻しているところを見て、けっこうがっかりさせられた。

本当だったらこういう、裕福なだけでなく学校も病院もあって周辺の村の拠点になっているような村にまず活動を上手く進めてもらって、そこをモデルに周辺の村にもAUEの信頼性を広めていけたら…と思っていたけれど、全く当てが外れた。というか、真逆の現象。辺境の村はAUEの活動に問題があってももっと軽かったり、改善への動きがすでに見られたりと、かなり期待もできるし応援もしたくなるような状況なんだけれど。

少し考えているのだけれど、もしかしてこれはその裕福さという結果が自身の努力を糧にしていないからじゃないだろうか?いわゆる援助漬けみたいな現象なのではないだろうか。自立しようとして欲しいなぁ、というのが正直な感想。

この資材と機会を無駄にしたくない


UNICEFとの連携プロジェクトで、特定の学校にじょうろや金網などの資材を配り、私がその学校菜園と環境教育の追跡調査を手伝うことになっていた、Tamasgho学校とSapaga-peulh学校。
コンポストや殺虫剤を提案するなどし、それらが実際に使用されるなど、本来の活動とは関係ないし小さな活動ではあったけれど、それなりのものになっていた、と自負している。

その活動はけっこう好きだったけれど、4ヶ月という長い期間を開けてブルキナに戻ってみたら、UNICEFからは
「協力隊は退避になるしCEBは働かないというありさまだったので、追跡調査の方法を変更しました」
と、予想はしていたけれど、この仕事はなくなっていた。さみしい。。。


と思っていたら、そのTamasgho学校の校長先生から連絡があって、会ってみたら色々と話すうちに
「去年はUNICEFが種を配ってくれたけれど、今年は種がないから学校菜園ができないかもしれない。教育省も買ってくれないし。どうしようか…」
とまぁなんというか、はっきりと「買ってくれないか」と言わないところが似てるなぁと思ったりもするんだけれど。

このことをちょっと他の隊員に話してみたら、
「買ってもらえるって思わせてしまうし、放っておいたほうがいいよ」
と、予想していた通りの答え。

私はもう半分、自分の中で答えを出していたから、それでいてわざわざそうやって聞いたのは悪かったかなぁとは思うけれど、この学校に種を買ってやろうと思う。


いろんなことを思うんだけれど、せっかく去年、UNICEFが資材を配って、今年もあとは種があればできる!っていう状況なんだから、これを無駄にすることはないと思う。それに一方で、配布された資材で質が良くなく、すぐに壊れてしまったものもあり、そういう道具は校長先生が自分の財布から修理費を出したようで、せっかくUNICEFが支援をしてちょっといい教育ができても、それを維持するために校長先生の財布が薄くなるのであれば、これは継続性を下げてしまうのでは?
それから、私が種を買ってあげるということは、貸しを作ったということは、今後はこの学校や村での活動がいっそう、やりやすくなるかなぁと思う。今年はもっと、種を出したのは私なんだから、「観察日記をちゃんと書きなさい」とか言えるだろうし、もっとはっちゃけたことだってできる気がする。
それに子どものためのものだしね、上に書いたようなことがなくても、できれば出してあげたいなぁと、心情的には思う。


この学校の先生たちはなんの手違いか、去年に学校菜園を始める前に先生たちを集めた菜園研修に参加しておらず、だったらこの際、保護者(そのほとんどが農民)も一緒に農業研修をやってもいいかな、と思っていた。でも乾季の野菜だったら水源が必要でどこでもできるわけではないし、学校菜園は特別にポンプの水を使ってやっているけれど、保護者たちに野菜の栽培研修をやっても意味がなけりゃできないよ、と言われてしまった。。。確かに。子どもと先生だけでも対象に、できればいいなぁと、まだ思っている。けど、どうなるか??

Visite commentée、コメの収量増加を目指して


先日、ものすごく久しぶりにDPに「明日、Zamに行くけれど、村に行く予定がないのなら来る?」と言われて、ホイホイとついて行った。
バイクが来てからはひたすら村にばかり行って、隣のコミューンにはほとんど出かけてなかったけれど、ちょうどその時にはジニアレでの研修から戻ってきたばかりで村に行く予定もなく、
久しぶりに隣のコミューンを見に行くのもいいかな、と思った。
そしてこういうときには必ず、お昼に御馳走が出るのだ(笑)

しかし、Visite commentéeって一体なんだ?と思っていた。
同僚に聞いてみたら、出資者とか農業省地方局長(要するに私たちの上司の上司)が来るとか言っていて、
漠然と「あぁなんかすごい人たちがたくさん来るのかぁ」と思っていた。

Commentéeっていうのは要するに評価とかコメントのことで、
つまり(このコミューンでは)稲の収量や農家の収入増加を目指した試験栽培の評価プログラムがこの日だった。


だから、その会場に着いた時にはテントも椅子も設置が済んでいなくて、やたらと広いその場所に一体どれだけの量の人が来るんだろうかとビビったけれど、
実際に会場設営を手伝いながら待っていたら、もう来るわ来るわ、こんな田舎にものすごい数の車。
それも、その大半がエアコン付きで窓を閉めて走り、毎日水で洗っています、みたいなちゃんと塗装の色が分かる車。
地元の人たちも村人初め警察から憲兵隊、ナーバ(族長)まで大集合。
実際に上司の上司も来ていたし、地方局どころか省から直接来ていた人も少なくなく、
いやすごかった。

IMG_1747.jpg



今回、見たのはPAPSAという試験栽培の評価で、下の新聞記事は同じプロジェクトの、Méguetコミューンの、コメではなく豆の試験栽培の評価に関する記事だけれど、私が行ったZamコミューンにもテレビカメラとかが来ていたから、そのうち新聞の記事にもなるんじゃないだろうか。

IMG_1852.jpg


このプロジェクト、同じ場所でネリカFKR45Nという種類を3つの条件に分けて95日間栽培し、
その収量と利益を計算するというもの。
条件①では自然堆肥のみを使用、作業も機械を用いず全て手作業。
条件②自然堆肥に加え、化学肥料を少量、導入する。
条件③では②の条件よりも多く化学肥料を使用し、水も十分に与える。

結果としては収量、利益ともに条件③が最大になるとなっていて(条件①では赤字!)、
けっこう興味深いものを見れてよかったなぁと、個人的には思う。

IMG_1761.jpg



ただ、このプロジェクトの意義を最初に話しているのを聞いたときに、食料の増産、食料安全保障の向上という話もしていたけれど、
雨がかなり多めに降った去年でも物価高騰デモというのはあったし、
今年は去年よりも全然雨量が少なく、穀物価格が上がる様子。
ていうか、すでに価格が上昇したものもあるらしい。
また食糧援助を求めてこの国もてんてこ舞いになるのかなーと思うと、
肥料や種もみだってそもそも、輸入に頼っているんだろうし、
頑張ってはいるのに、なかなか好転しないなぁ…と、来て1年半しか経ってないけれど、
しみじみと思う。


今度、セネガルである研修は灌漑とかまで含めた水利用の研修になるらしく、まぁでもそもそもゾルゴには灌漑がないけれど、
ない水をどれだけ有効利用するか、あるいはどうやって作りだすか。。。
そういう課題があるなぁと思いながら、こんな田舎に居ながらにして焼き鳥やフライドポテトなど数種類もならぶ御馳走とファンタを味わって帰ったのだった(これがものすごい御馳走なんだよ!)。

言葉にするだけでこんなにも違う。



「日本に帰るときに、そのカメラをくれ」とか「今度日本に戻るときには、私にカメラを買って帰って来てくれる?」という人は多いけれど、その理由を具体的に説明してきた人がいて、今日はその人の話をしようと思う。



その人は同じガンズルグ県内のブッドリー市でZAT職員(農業改良普及員)を務めている人で、少し前にDPAH事務所職員がみんな集まっての食事会の帰り際、私に声をかけてきて、「カメラがほしいんだ」と言った。


彼は自分があと三年ほどで退職することから話し始め、その後は地元ブットリーにある団体で活動をするつもりだという。
このブッドリーという地域(に限らず、僻地)で深刻な社会問題が、都市への人口流出=過疎化、女性の人権剥奪や低収入など。都市への人口流出なんかは場合によっては、経済発展のプロセスの一つとして割り切ることだってできるもので、もっと時間が経ってからこういう社会問題に焦点を当ててもいいのでは?と考える人も少なくないと思う。私も、そう考えたりする。彼は晴れて退職し自由の身になるわけだからなおさら、本来ならこれから自由になっていったっていいわけだけれど、そういう立場になりながらもあえてそういう時代の波に身をまかすことを潔しとしない彼の表情にちょっと、胸をうたれたのだと思う。
そして彼が続けることには、そのブッドリーの団体の活動をネットを通じてアピールすることを計画しており、世界にブッドリーを紹介するためにネットに載せる写真が必要で、その写真を撮るためにカメラが必要なのだと。


ここまで明確に、それも自分のためでなく自分の住む土地の人びとのために、とカメラがほしい理由を語ってくれた人は今までにいなかった。


カメラがほしいという人は本当にたくさんいるけれど、ただお祭りやイベントのときに家族や友人と写真が撮りたい、ぐらいの感覚の人たちがほとんどじゃないかな。そういう目的で私たちも買っているわけだから、私たちがその動機が不純だとかなんて言えるわけがないんだけれど、それでもこうして明確に自分の郷土をよくしていくための活動に使っていきたいと語ってくれた人には、どうしてこの人がたったカメラ一台を買うのにも苦労するような状況に置かれているのだろう、と思ってしまう。私が今使っているカメラなんて、もう5,6年前に買った古いもので、性能的なこと云々もあるし、あげた途端に「壊れてしまったよ」なんてなったらどうしよう、というのが一番の心配だけれど、もし隊員活動とかとは関係ないところででも、私が置いて行こうと思っているこのデジカメやそのほかのものが、私が去った後もここで役立ってくれるならば、そんなに嬉しいことはないなぁ、と思う。


去年、配属されたばかりのころに田んぼを見にブッドリーに行った時の写真。
真ん中の人がブッドリーのZAT。

P9090495.jpg


セネガルとか日本とか。


なんだか色々とこじれそうで嫌だったけれど、来月、セネガルに行くことになるみたい。
カウンターパートを伴ってセネガルに行き、村落部での水利用に関する研修を受けてくる。
それがこじれそうだったというのは、直接のカウンターパートがその期間には日本に研修に行く予定になっているということをはっきりと言ってくれないこと、
研修の内容が飲用水と水利用者組合だけに限定されていると思っていたこと、
それを締め切り直前になってジニアレでの研修中に電話を掛けまくって必死に調整しようとしたこと…


あの時は本当に、一日中お腹が痛くて、もうこんな思いするならセネガルになんか行きたくない!!
とか思いつめてたぁ。

こんなんだから足つぼマッサージとかでいつもいつも
「胃を大事にして下さい」
て言われるのだ。自分では胃にストレスを与えない食事とかを心がけているのに。。。


何度も何度も上司に電話して「どうなっていますか?」って聞いて、
上司にも嫌われたかもとか思ったし、
上司の上司には「そんなことに口をはさむなよ」みたいなことを思われたみたいだし。
私自信はここにのこり半年ほどしかいないし、でも中間報告はまだで後任のボランティアを連れてこれるかはまだ分からないし、
今後の活動に差し支えるぐらいだったらそんな研修なおさら、行かないほうがまし。。。
だとかごちゃごちゃ考えていた。


ちゃんと確かめたら、研修の内容としては灌漑とかまで含めた水の利用を通しての村落開発を目的とした研修で、
上司の上司がセネガルに派遣すると決めた同僚でもいいかな、と今は思う。
そうは言っても、それでも完全に納得したわけではないけれど。

まぁでも一緒に行くことになるのが隣に住んでる、一番仲が良くて活動の相談にも何時も乗ってくれる同僚だからまぁ、いいかな。


私のうちに来た30アンペアの電気を隣の自分の家にも送ろうと画策する隣人、クルさん。

IMG_1554.jpg

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム | 次ページ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。