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les animaux~動物たちの夏~


暑いですね。
毎日暑いですね。
この暑さに思わず太陽を睨みつけたくなれど、どうせこちらが負けるという結果が目に見えていて腹立ちますね。
昨日、コンビニに行ったら寒かった。節電の夏はどこに?
お腹が痛くなったりするので、ぜひともショッピングセンターとかのエアコンの温度を2度3度上げる運動を推進したい今日この頃。

またまたブルキナの話になって申し訳ない。
ブルキナは暑かった。何より日差しがすごかった。乾季は毎日日差しが強く、日中は温度がぐんぐん上がる。厚い風が吹く。前のブログでも書いたように、そんな中で活動していると熱中症に簡単になってしまう。だから、暑い日の日中は仕事をせずにひたすら休んでいる人が多い。

いや、誤解を与える表現。休んでいるのは人ばかりではなく、動物たちも!少しでも涼しい場所にとどまり、少しでも体力の消耗を避ける。ずっとアフリカの大地に居て、それでもこの暑さに無神経になれる動物はいない。


今日はそんな、乾いた灼熱の大地でへばる動物たちの写真をここに載せよう!

写真は、人間、犬、牛、山羊、ロバなどなど…


最初に、そうそう、空に虹が出ていたのでここに公開。本当にまぶしかった。

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この日差しにみんなが負ける。

へばる犬。

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ここから動けなくなる山羊。

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どうあっても日陰からは出ない(笑)。

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牛も日差しは嫌い。夫婦で避暑。

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ブルキナ発の節電対策、
ひたすら休む!

続きは、また明日♪
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そば屋さんちの闘病日記、あるいは発熱危機一髪


久々に、熱を出して寝込んでしまった。3月も3分の2が過ぎ、さぁラストスパート!と意気込んでいた時期に。
21日月曜日、朝起きたらものすごくだるい。全身が重く、思うように動かない。目覚めが悪いのはいつものことだがさすがにひどいので、朝食の準備をしながら、今日は本当によくないと思って熱を測ってみた。すると37.1℃。食欲もなかったので二口三口食べてやめてしまい、普段どおりにしていればすぐに治るだろうと思って事務所に言って作業していた。が、全くはかどらない。どころか熱も上がり続け、だるさで何もできないので、事情を上司に話して9時半には家に帰って休んだ。
こういうときには食べやすくて栄養のあるフルーツがいいと思う。それでバナナとフルーツジュースを買い込んでからベッドに横たわる。ところでブルキナベにこの話をしても、全く理解が得られない。ただひたすら「しっかり食べなきゃ」と彼らは繰り返す。食べられるものなら、こっちだって食べたい。ただでさえ食欲ないんだって。そんなときに(ブルキナでは)普通の、あの油ギトギトの米とかが食べられるわけはない。しかしそうは言いながらも、バナナが食べたいと言ったらわざわざ、買って持って来てくれた。リクエストをしていないマンゴージュースまでつけて。めちゃありがたい。
お昼3時ごろ、熱を測ろうと体温計の電源を入れる。するとその時点で体温計は「39.1℃」という表示をする。おおよそ、そのときの気温と思われる。ここから脇に挟んでも、初期表示より下の数字は表示されないので、一度自分の体温で冷やす。しかる後に、改めて自分の体温を測るというなんだか間抜けなことをやっていた(とはいえ38度台)。
そして眠れない夜。病気だからと一日中寝ていただけなんだから、疲れているはずもなく、眠れないまま暫くベッドの上でごろごろしている。多分疲れていないだけでなく、暑すぎて眠れないのだと思う。


22日火曜日、闘病二日目。朝っぱらから様子を見に同僚が何人か訪ねてきてくれた。前に病気したときも思ったが、見舞いにはどうしてみんなでまとめて来てくれないのだろうか。病気で臥せっているときに何度も玄関と寝室を行き来する気力はないんだけれど。それも5分おき、ちょうど入れ替わりで。病人をからかってないか?
昨日の夜に解熱剤を飲んだおかげか、今日は37度前後で熱は落ち着き、だるさや頭痛が残っている。食欲もない。この日も一日中することなく過ごす。事務所の同僚たちは毎回、薬飲んだか、と一緒にJICA事務所の健康管理員には電話したのか、と聞いてくる。そんなブルキナベたちを安心させるためにも、健康管理員にはちゃんと電話をする。「なにか変なもの食べたりしてないですか?」まぁ可能性としては大。だけれど、おなかを壊したわけでもないし、村に行って村の水を飲むことも珍しくなった今、何かに当たったというのも思い当たる節がない。ちなみに同僚たちは、村に行ったことが原因だと思っている。日曜日の昼から私は、同僚と村に行った。そのときの暑さにやられたんだろうと、同僚は話す。なので、寝ているだけ、暇をもてあましている私が同僚に「村に行きたい」とぼやくと、すかさず「駄目だ、村には暫く行くな」という答えが返ってきた。結局、この週には村に行かないこと(ずっと事務所にいること)、今後村に行く際には午前中だけ、ということに決められてしまった。
雨季になれば村人は農作業に忙しくて話を聞いてくれないと言われたけれど、乾季に行ったら行ったでこうして調子を崩す。もうどうしていいのだか分からない。そういえば、そういう話は技術保管研修のとき、寺子屋で聞いたよな。現地の人が日差しを避けて木陰で休んでいるそばで隊員が仕事しているのを見て、現地の人が「大丈夫か、倒れてしまうぞ」なんて言うんだって。まさに、今の私。
そういえば、今日は汗をかいていない。こんなに暑かったら、いつもなら水を飲んだ先から汗として噴出してきていたのに、なぜか今日は妙に着心地がさらさらしてさわやかだ。これは何かの異常の印かも知れない。そう思って健康管理員にそのことを話したら、「関係ないです」とあっさり言われてしまった。


23日水曜日、闘病3日目。朝、頭痛がひどい。熱も相変わらず37℃台だった。なので今日も休む、と連絡を入れる。薬は一日目の夜に一度だけ飲み、その後は服用せずに様子を見ていたが、また熱が38度以上に上がるのは嫌だった。また熱が38度以上に上がると言うことはマラリアの可能性を大いに疑われて、また痛い思いして自分の指を突き刺してマラリア検査とかやんなきゃいけないし、これ以上寝続けているだけでも面倒くさい。朝、落ち着いたかなと思う時間に健康管理員に電話すると、電話しすぎと怒られた。だってそりゃ、私よりもブルキナベたちが心配するんだから、と心の中で言い訳しながら怒られていたら、「私、今、自宅待機ですよ」なんて言い出す。何を言っているのかと思って詳しく聞いてみたら、首都では昨日(22日)の夜から銃声が鳴り響いているとのこと。その後、調整員にも連絡してもう少し詳しく知り、軍人が何らかのわけで街中を発砲していたそうだ。その後の詳しい情報が欲しくて緊急連絡網を待っていたが、連絡網が回ってきたのは11時ごろだった。思ったよりも遅かった。
闘病と言うと、志賀直哉の『城之崎にて』という話を思い出す。たかが37度の熱を出して『城之崎にて』の名前を出すのは大げさだと思う。何しろ、あの話を象徴する一言が「フェータルな(致命的な)」だと私は思っていて、沈みきった気分の中であっけないほどあっさりとやってきてしまう死の軽さと言うものを表現しているあの世界観と、ただ暑さにへばっているだけの私の今の状況と言うものは、闘病と言ってそうやすやすと同じ箱にカテゴライズしていいものだとは思えないからだ。そもそも、私の場合は面白がって闘病と言っているだけで、基本的に健康と言うか、少なくとも普段の私と比べてそこまで言うほど異常でもない。そういえば志賀直哉の本は、ドミでは見かけないなぁと思う。
朝も10時ごろになると、割と調子がよくなってきた。なので午後からは事務所に行こうと決意した。頭痛は残っているものの動けないと言うほどでもなく、というよりは動かなすぎて体がなまっており、熱を測ると36度台にまで下がっていた。家を出るときに熱を測りなおすと、また7度出ていたが、この日の午後も休んでしまうとこのまま一週間ずっと寝ているのではないかと言う不安があったので、何はともあれ行こう、外出しようと思った。

24日、相変わらず気分は優れないがとりあえず事務所に行く。どうせ村には行くことができないが、家にいるよりはましと思い。するとこの日は、会議の日だった。各コミューンからコミューン長が集まり、活動報告などをする。私は端っこで、よくわかんないと思いながら、聞いていたり聞いていなかったり。と、突然ディレクターが私に声をかける。会議中に声をかけられたのは初めてだったので驚いていたら、「フランス語、だいぶしゃべれるようになったんだから、お前も今月どんな活動したのか話してみろ。」まったくの不意打ち。レポートもまとめてないのに、突然しゃべらされる。みんながいっせいにこっちを見たので、ものすごく緊張しながらも必死で考えて、ポンプの周辺環境が、とか衛生啓発を、みたいなことをまとまらないままにしゃべった(と思う)。近くにいた同僚に助けてもらいながら何とか喋り終えたら、「ちょっと待てよ、熱出して倒れたことを報告し忘れてるぞ」なんてからかわれる。何はともあれ報告はした、と思うと疲れがどっと来た。けっこう冷や汗かいちゃってる。あ、これで熱がいくらかでも下がったかな。もう気分がいいも悪いも何にも分からない。







以上が、今年2011年の3月末に発熱して寝込んだ時のことをざっくりまとめたもの。ほぼ、その時書いたままを掲載。
一日目のことは、これが昨日書いたことなんだけれど、一日中ずっとうちにいて、だからその時のうち中の気温が39.1度あったってことだと思う。部屋の気温が39度まで上がることは珍しいけれど、そうは言っても同じぐらいまで上がるのは普通。その体温計の写真は取り損ねた。で、その時に外は多分、45度ぐらいじゃないかと思う。温度計がなかったからはっきりとは分からないけれど。お昼を過ぎるごろには、うちの中で座っているだけで全身から汗があふれるように出てくる。つらいのは夜で、壁や屋根が日中ずっと蓄えていた熱でうちの中はなかなか気温が下がらない。それで寝付けないことが多い。
闘病3日目の、軍が首都で発砲をしたためにJICA職員も出勤せずに自宅待機となったという話。この軍の行動がエスカレートしたことで私たち、ボランティアの一時退避(と、最近決定された半分以上のボランティアの再赴任不可)の原因になった。その後、2か月近くにわたって似たような騒動が続いた。主な原因は給料などの待遇に関してだとか。
4日目の、会議で突然、発表をさせられたことについては。その時は全く知らなくて、ディレクターの、ただの気まぐれ?と思っていたんだけれど、そんなことは実はなくて、その数週間後に別の場所でも報告をさせることを計画していたみたい。残念ながらそれも、軍隊のデモなどの所為で私たちが帰国となったことで、できないままになってしまった。もしまたブルキナに行くことができても、同じ所から始めるってわけにはいかないと思うとつらい。その時にはひたすら、必死でいただけだったのに。

毎日真夏日だった




日本も暑くなってきた。
30度を超えることが珍しくなくなってきて、汗がだらだらと流れる。
とはいえ、まだまだ本格的な暑さではない気がする。私の感覚に照らすと、一番耐え難いのは残暑。6月7月の暑さはまだ、それをレジャーに変えるための余裕というか、しろが十分にある気がする。

ところで正直に言って私にとっては、そこまで暑いとは思えないし、むしろ風が吹けば寒いとまで思ったりする。数日前にバイクのショップに行ったときに、そこのスタッフに「暑いですね」と言われて反射的に「そうですね」と答えてしまったけれど、その時の私はシャツを二枚重ねてその上にまた、冬用のごっついジャケットを着ていた。Tシャツ一枚でバイクに乗っている人が何人もいるというのに。
そう言うとみんなに言われるんだけれど、やっぱりそれは最近までブルキナファソに居た所為だろう。気温30度はまだまだ、涼しいほうという環境に1年近くいたんだから。そこの環境というのは、実際、本当に過酷だった。「でも湿気はなかったんでしょう?」と言われることもある。確かに湿気は少なかった。でも気温40度以上に毎日のようになるのは本当に身にしみて暑いし、体へのダメージも少なくなかったと思う。
ブルキナにいる時に、体温を測ろうとして体温計の電源を入れたら「39度」と表示された、という話をしようとしたら、ものすごく驚かれた。そっか、その話、まだしてなかったのか。そのころに書こうと思っていたトピックスたちは、書き溜めている間に国外退去ということになってしまって、発表しないうちに日本に戻り、そのままブログに載せるタイミングを失ったままだったのだ。ブルキナファソの、任地にいたときにはネット環境が悪く、週に1度か2度ネットカフェに行って、メールチェックがてらブログも更新する。そういうことをやっていた。そういう環境だったので、うちに居ても基本的にやることがなく、それで本をだらだら読んだりする合間に考えたいろんなことを文章にしてためておくことが割と簡単にできた。なので書いたそばから更新できるものは少なくなり、だいたい1週間とか2週間前の出来事をまとめたものをブログに出していってた。だからこの体温計の話も、そうして出そうと準備している間に帰国となってしまったものと思われる。
なので近々その体温計の話を載せようと思うんだけれど、そのきっかけは熱中症っぽいもの。医者に診てもらったわけではないのではっきりとは分からないけれど、暑い中で活動をしたことが多分、その原因。
アフリカの人はあまり働かない、そしてその理由は彼らが怠惰だから、と思っている人も少なくないのではないかと思う。私の感じた範囲内で言えば、それは誤解だと思う。彼らはよく働く。ただ、暑いときに一生懸命働くとすぐに体の調子を崩してしまうというのは間違いない。そのせいで、一日のトータルでの働く時間が短くなったりとか、お昼寝の時間が多めに取ってあるということにつながっているんだろう。エアコンもないし、畑仕事になれば炎天下でってことになるしね。そんなの、真面目ってだけで乗り越えられないでしょ。みんな普段から、水を飲みながら仕事してた。すごい勢いでのどが渇く。体はからから(かさかさ?)になってて、汗もかいていない。で、もう我慢できないと思って水を飲んだら、その瞬間に全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出る。あっという間に全身が水浸し。何のために水を飲んでんだか(笑)今でも水分補給はちゃんとしているつもりだけれど、全然飲む量は減ったなぁ。
人間だけでなく動物たちも暑い日は一日中何もせずにひたすら休んでいるんだけれど、それも5月6月ぐらいにまとめてブログに載せようと思って撮りためていたやつを、これも準備しているうちに帰国になっちゃったから結局まだ出せてないけれど、めちゃかわいい写真も多いことだし、そろそろこの辺でみんなに見せようかな♪

続・最近読んでいる本


昨日の続き。
『原発安全革命』テレビ番組、「たかじんのそこまで言って委員会」の原発に代わるエネルギー特集を見ていたら、安全な原発としてトリウム原発というのが提案されていた。その時に、政治評論家の三宅久之氏が、そのトリウム原発を紹介した本として挙げていた。同番組に出演していた古川和男氏の『平和のエネルギー トリウム原子力』という本も読んでみようと思ったが見つけられなかった。こちらの本はもう探さないかもしれない。というのも、そこにあるはずと思われた本棚に近づいたときにめまいのしそうなほど、ものすごく感覚的に物事をとらえる私にとっては背表紙を眺めているだけで頭痛の種になりそうな本が並ぶ。
この「原発安全革命」という本もまだ読んでいないけれど、パラパラとめくってみた感想として、重い。物理的に重い気がするし(それとも本当に重いのはこの本を前にした自分の気?)、それから字が最近の本にしては小さい。だから同じ大きさの新書と二つ並べて比べたとしても、このの本のほうが内容はたっぷりとしてそう。どれだけ専門書に近いかはまだ分からないけれど、新書になるくらいだから、あらかじめある程度の予備知識がなくても頑張れば読めるというレベルの本であって…ほしい。けれど、もしかしたら私の頭は子の本を理解することを拒否するかも知れない。できれば理解したいとは思うんだけれど。

『目立つ力』この本は逆に、字が大きい。そして字と字の隙間も大きい。さらに言えば、文章中に平仮名や片仮名が使われている頻度が高い気がする。最近、新聞の文字も若干大きくなり、紙面の文字数は確実に減っているという記事をどこかで読んだことがある。曖昧情報。この本も、ブログやツイッターの効用を極限まで高めるためのノウハウが書いてあるのだけれど、この本がそういった、文字は少し大きく、全体の文字数は少なく、軽い気持ちで読める軽い記事を求める現代日本の情報事情を象徴している気がする。私は人のブログを見ていてもよく、一体どうしてあんな隙間だらけの文章を書くのだろうと疑問に思うことがままある。私にとっては読みづらいばかりなんだけれど。ぽっかりと空いた行間にそんなにたくさんの詰め込むべきものがあるとも思えない、元の文章はものすごく短くて表面的である場合が多い。そんなもったいぶって書くほどの文章じゃい気がする。個人的にこの本に対しては、読む前からそういった意味で、距離を取っている本だと思う。自分もこうしてブログを書いている分際で。私はこの人のことを、経済の評論家としてだけテレビや雑誌で発言してればいいのに?と思ったりする。

『生物多様性のウソ』興味深い内容だけれど、ターゲットが中学生か高校生なのだろう、と思うぐらいに語り口が丁寧というか優しすぎる。こちらにしてみればはじめっから間合いを一つ開けられたような感覚で、いまいち上手く踏み込めず、内容が入ってきづらい。これも、もっと素直にこちらが感じた興味を吐露させてくれるような文章にしてくれればいいのに、と思う。
しかし環境問題などが本当に一般的にテレビなどで言われている類のものなのか?という素朴な疑問に裏付けを与えてくれる、この著者は自分で考えることを許してくれている、という感覚に近いものを感じる。誰かが利益を誘導するために環境問題を必死に吹聴しているのではないかと思われる空気の中で、「本当のことはよく分かりません」というのが今出せる結論。ちゃんと、そこからスタートしたい。
環境問題などを、まだ分りもしないのにあまりにもネガティブにとらえ、そしてそれを全面的に人間の所為にするのは、もしその仮定が全く見当外れだったとしたときにどう責任を取るつもりだろうか。例えば温暖化に伴う海面上昇の影響でツバルは海に沈みかけているというけれど、海面上昇は本当に温暖化の所為なのか?そもそも本当に温暖化しているのか?(寒冷化しているという説もある。なにしろ、気候変動会議がデータを改ざんしてたって話なんだから)この海面上昇や温暖化は本当に人間の活動のせいなのか?それとも人間が何もしなくてもツバルは海に沈みゆく運命だとしたら…?もしそうなったときに、どう責任を取るつもり?どうせすぐ忘れて、また別の人間批判やるんだろう。
津波で学校の校舎とたくさんの児童や教員が流されて亡くなった大川小学校は、本当に不幸な出来事だったと思う。少し前にニュースを見ていたら、その学校のニュースの続きで、子供を亡くした保護者たちの一部がヒステリックにも、「これは人災だ」と教員たちに詰め寄っている様子が流されていた。こういうのを見ると、魔女狩りという言葉を思い出す。どこにも行き場がない感情を抱えてしまっているということは本当にかわいそうだと思う。だけれど、それにしたって冷静にことの状況を整理して分析することよりも自分の感情を優先させ、人災だと言って誰かの中に責任を認めてそれを咎めようとしているのを見ると、中世のヨーロッパやアフリカの僻地の人びとの所業を簡単に「野蛮な文化」とは言えなくなる。日本でだってこうして、魔女は作られているのだから。

最近、読んでいる本


ちょっと前に突然、新書や文庫をまとめて5冊買った。まだ読み終わってない本が部屋に何冊か積んであるけれどお構いなしに、こうして突然、本を何冊もまとめて買う癖がある。欲しくなったらお構いなし。読む前の段階として、買うことも一つの娯楽、私にとっては。大きな本屋でだらだら背表紙を眺めてみたり、欲しいと思った本を自分の手の上に積み重ねたまま、レジまで持っていき、カバーをかけてもらうこと。それが案外楽しい。その時には何も考えずに、後になって頑張って読むけれど、買ってから何年たっても読み終わっていない本も何冊もあったり・・・
今回買ったのは以下の5冊。
『できそこないの男たち』福岡伸一
『私の嫌いな10の人びと』
『原発安全革命』古川和男
『目立つ力 インターネットで人生を変える方法』勝間和代
『生物多様性のウソ』武田邦彦

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『できそこないの男たち』生物学の研究の成果として、女性が動物のデフォルト(原型)であり、男のほうはカスタム、女性の形にちょっと手を加えているということがわかったらしい。生物学者がそういったことを競って研究し、女性を男性に変える遺伝子を発見するまでの過程などが事細かにつづられていて、既存の(高校生物などで習った)知識を深め、肉付けするというよりは、学者たちの研究対象との格闘やライバル研究者たちとの競争の様子をスリルある語り口で説明する。時々、数学の本も読むけれど、数学の偉人たちの業績や苦悩を描いた本なども、その物語を追ってどんどん読めるというか、途中でやめられなくなって本当に面白い。ドキドキしながら、一気に読み進めることができる。女性がデフォルトという説については最近のテレビでもよく言っているので、その点に驚きはしないけれど、その事実を哲学するという、自分の存在そのものを今一度原点から問い直すような内容で、面白くてたまらない。読み終えると、動悸が激しくなっていたりする。この本を読むのにはダイエットにもなりそうだ。

『私の嫌いな10の人びと』この中島道義という哲学者の存在を知ったのは、ここからははるか遠いブルキナの地でのこと。JICA事務所や隊員専用のドミトリーには彼の著書が何冊もあり、彼のコアなファンの存在をうかがわせた。特に深く考えずに一冊手に取ってみたときから、彼の本音を前面に出した主張、哲学者ならではの深い考察と切り口には一瞬にして引き込まれて、何冊も読んだ。今回読んでいる本は、今まで読んだ本たちほど新鮮さや面白さがない気がするけれど、圧倒的な説得力と考察は健在だし、よりユーモアを交えた書き方になっている気がする。より読者とか反中島という人たちを今まで以上に意識しているということなのかな?とは感じたけれど、私の勝手な憶測。この本は椎名誠氏が『トンカチからの伝言』という本の中で触れていたのでその存在を知った。私も「そうだその通りだ!」と言いながら、この哲学者が嫌う行動を取り続けているかもしれない…なかなか難しい。私も彼にならって、自分の嫌いな人のタイプを一つ挙げれば、彼よりもずっと表面的な感覚でしかものを言っていないけれど、「むやみにボディタッチをする人」かな。つまりは、私が苦手なだけなんだけれど。この前も、カフェでコーヒー頼んで支払いしたら、そこのお姉さんがお釣りを渡すのに、小銭を持ってないほうの手を下に添えて…その瞬間、すごく怖くって、手を引っ込めたくなったけれど、そんなことをするわけにもいかず、ビビりながら手をそのまま差し出していたら、案の定、その下にあった手で私の手の甲をしっかりと触ってきた。そういうふうにするのがいいと思っているのか、あるいはマニュアルとかで教えられたりとかするのかも知れないけれど、私にはぜったい、やらないでほしい。理由を論理的には述べれないけれど、人に触れられるのは怖いから。私には結構なストレスになったりする。

続きはまた明日。

安田女子大学とフランス語検定



個人的に、女子校にはちょっと嫌な思い出がある。
まぁその話はあとにするとして、今日は安田女子大学にてフランス語検定があったので、行ってきた。
朝10時から準2級、そしてお昼の2時15分から3級の試験。ただし、受験票に「遅刻は30分まで」とあったので、何しろ家から安田女子大まで2時間ちょっととかなり遠いこともあって、じゃあちょっとなら遅刻してもいいか、の精神で試験会場に向かったら、実際に会場に着いたのは試験開始の数分前。そして他の席は悉く、すでに埋まっている。当然か、「10分前に着席」って受験票に書いてあるし。みんなはそっちを重視しただけだ。


だけど、いくら「受ける人が少ない」とはいえ、英検とかTOEICみたいな雰囲気を想像していたら、準2級で本当に、10人余りしかいない…そしてそういう、受ける人の少なさを反映してか(私の勝手な想像だよ)、問題の量が時間に対してかなり少ないし、合格のためのボーダーラインが100点満点中60点というのは個人的に、納得のいく数字じゃなかったりする。私が口出しすることでもないんだけれど。しかし、不当に(?)簡単な気がする。実力が過大評価されてしまう。

その朝の試験中、始まったら一番前の席に座ったおじさんがすーすーいってて、妙にうるさい。ぜんそくなのか知らないけれど、とにかく始終、彼の息の音が気になって気になってしょうがない。特に大きな音がするたびにいらっとしてそのおじさんの背中をにらんでいたら、その瞬間に試験官と目があってしまって、試験官は「ん、何だ?質問でもあるのか?」みたいな顔をしてこちらを見る。ので、私はあわてて目を逸らす。私の性格として、もともと周りが気になってしょうがなくってきょろきょろしてるんだから、そういうのはやめてほしい。気になって眠れなくなったらどうしてくれるのさ???

そうこうしているうちに試験が終わってお昼休憩。午後の、3級の試験が始まるまではかなり時間があるので、会場の外にでてご飯を食べて、また戻ってくる。大学のキャンパスの中を散歩して時間つぶし。別の棟では秘書検定とかもやっていたみたい。

それにしても山の上にあるなー。この写真、結構見下ろして撮ってるんだけれど。こういうパノラマは、結構好き。ちなみにアストラムライン駅から上がってくるこの坂道は、毎日登っていると足が太くなってしまう、その名も「大根坂」。女子大ならではのネーミング?!
(ちなみに静大キャンパスへのみちのりは「定年坂」と呼ばれてた。)

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そして、こんなに広くて開放感あふれるキャンパス。建物もすごくきれいで驚いた。ここの芝生にねっ転がってみた。さわやか。

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そして、教授は微笑みながら芝生を目指す(本当にここの大学で教えているらしい)。

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そして午後の試験がやっと始った。3級。相変わらずのボリューム不足。物足りなさが残る。隣の女の子が、麻生久美子に似ている気がした。ちょっと不思議系の雰囲気。時々、妙なタイミングで頭をかしげる。
問題はさっさと解いてしまって、余った時間は寝ようと思ったけれど寝れず、自分の解答を見直すのにも力が入らないし、落書きしようにも猫の絵がいいか犬の絵がいいか分からず、結局、裏表紙のメモ欄にフランス語検定とは全く関係ないことをだらだら書いて終わるのを待った。
終わったら、どちらの試験もその場で模範回答が配られたので、自己採点してみたらどちらも9割取れてそう。多分、合格。準2級は面接試験に招待されそう。ということで今回の問題用紙を公開♪汚い字で見せるのも本当は恥ずかしいぐらいだけれど、一番派手に書きこんでるのがこのページ(ちなみに3級)。

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ところで、最初にちょっと触れた、女子校に関する嫌な思い出の話をしとこうと思う。あれは多分、英検を受けたときのことだと思うんだけれど。当時、私は高校生。で、試験会場は隣の女子高校。自分の席を見つけて、そこに荷物を置いて、係の人に
トイレはどこですか?
って聞いたら、女子トイレに案内された!それは私のエラーでも係の人のエラーでもなく、そのフロアーには生徒用の、女性用のトイレしか設置されてなかった。足がすくみまくったけれど…しかしどうすることもできずに、係の人に案内された通りにそのトイレにおそるおそる足を踏み入れたら。
まさしく正真正銘、女子トイレ。目の前に数えきれないぐらいの扉という扉が広がる。立ちくらみがしそう…と思いながらも、勇気を振り絞って個室の一つにたどり着こうとすると、たったそれまでの間に、二人の女性とすれ違った。しかも一人は高校生。その子と、ばっちり目があった。睨みつけるような眼、だった気がする。自分の後ろめたさがそう思わせるのかもしれない。とにかく、今すぐにでもその女の子が
痴漢!!
と叫びだしそうと思って怖かった。自分が犯罪者になった気分。あれほど悪い気分になったことも少ない気がする。だから今回も、会場が女子校と聞いた時には一瞬、すくみあがったことだけれど。
よかった、会場は棟の2階。階段を20段下りたらすぐそこに、男性用のトイレがあった。

あーよかった。安心した。

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