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藪の中



「私たちは教師で農業に関する知識はないから、そういう研修をやってほしい。」
と、学校菜園を進めている学校の校長先生がポツリと言ったのが始まりだった。

私は知らなかったんだけれど、野菜の畑を作るのに一番重要なのは金網だとか。うちの近くの畑には金網がなかった気がするから、何でそんなものが大事なのか分からなかったけれど、人間と同じぐらいに牛や羊が歩いているここでは、動物が苗を食べてしまわないように、何にも増して金網が重要なんだとか。最初に資材配布に行った時に
「金網がなきゃ始められない」
というのを聞いて、何言ってんの?と思ったものだけれど、確かにそれは大事。
で、1月始めに改めて金網を配って、今やっと苗を植えたりし始めたところ。

12月終わりの段階でひとつの学校では、たまねぎの苗を農家さんに頼んで作ってもらっていた。種は配布されたもので、金網がなくて始められないこととか冬休みが重なっていたから、早く始めたくてあせっているのかな、とそのときは思った。
そのことをUNICEFに連絡したら、「子供が学ぶためのものなので、先生たちは研修も受けているはずなので、次からは学校で苗作りからするように指導してください…」という趣旨の返事が来た。

が、1月末に追跡調査に行ってみたら、冒頭のような言葉が返ってきた。さてどういうことだろう?研修というのは10月末にルンビラで行われた、学校菜園と環境教育のための研修のことで、私も参加していた。菜園のための資材を配布する学校の先生を集めて研修をやったはずで、だからこの学校の先生も参加しているはず、なんだけれど。そう思って、研修の資料を引っ張り出してみてみたら、やっぱりその学校の名前もある。参加した、はず…だけれど。でも学校の先生は3人が3人とも口をそろえて「参加してない、どころかインフォメーションもなかった。」という。
変じゃないか、えぇ?資料にはちゃんと学校の名前が載ってるのに、先生たちは口をそろえて「参加してない」という。インフォメーションすらなかったなんて。
私自身も研修に参加した。そこで、ゾルゴの先生を数人見たと思う。ちゃんと話して、どこの村だとか名前だとかを聞いたわけじゃないからはっきりとは言えないんだけれど、ゾルゴの市役所で行われた、ゾルゴの全部の先生を対象にした研修に一緒に参加していたひともいたから、ルンビラにもゾルゴの先生はいた、と思う。ただ、どこの学校の先生か分からないだけで。あの時はまだフランス語も本当にできなかったし、連携プロジェクトとか言って、自分が何をこれからするかというのもよく分かってなかったしね。

ただ、研修を受けていないというのが本当ならある種、たまねぎの苗を学校で作らなかった理由ももうひとつ浮かび上がってくるというもので、つまり知識がなくてやり方が分からなかったから学校では作らなかった。苗を依頼した以外にも、何か技術的な相談を農家の人にしているのかも知れない。
とりあえずは、研修のときに配られた菜園と植林に関する資料を校長先生に渡しておいた。本当に研修受けていなかったらどうするんだろうなぁ、また研修やるのかな。とか思ってみる。

…この状況、面白がってる。何でこうなったんだろうとか、誰が正しいんだろうとか、このあと誰が何を語って去っていくんだろうかと…傍観者気取りで、舞台から目が離せない。



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ゴールドラッシュ



金一キログラムを掘り出そうものなら、その瞬間に舞い降りる
「億万長者」
の、栄光。

その輝きと夢を追い求めてここに集う人は未だ絶えない、
ゴールドラッシュ
一攫千金を夢見た、アメリカンドリームならぬブルキナドリームを追い求め、私もこの地にやってきた。2011年1月某日。今年私はここで金を掘り当て、ふるさとにロールスロイスで帰り、ノイシュバンシュタイン城にも劣らぬ立派な自宅を建てるのだ。
そう決意して、人里はなれた山奥を私はひたすらに歩いてゆく。




…というイメージは、見事に崩れ去った。
チャップリンでもディカプリオでもなかった。大して、ブルキナのほかの場所と違わなかった気がする。

先月、新聞を見たのがきっかけで、金鉱を見に行こうと思った、という話を書いた。で、隣のコミューンなのでそこまで遠くもなく、週末にちょこっと行ってみた。

そしたら、幹線道路から見える、いつも通っている道沿いに、みんなが金を求めて地面をひたすら掘っているところがあって、意外と近場だった。意外とあけっぴろげだった。意外と山じゃなかった。
意外とあっけらかんとしていて、公務員とか外国人がちょっと興味を持ったからといって入ってこれる雰囲気というのが驚き。

写真はほぼ全部、ダメだといわれたので、その場の様子がわかりそうな写真はこれだけ。



幹線道路から撮ってるから、ちょっと遠すぎていまいち様子がわからない。が、思ったよりもたくさんの人がいて、老若男女そろってて、とはいえやっぱり働き盛りの男性が半分以上で、地面に真下に向かってひたすら穴を掘っている。それをそこらかしこでやってるから、地面がいたるところ落とし穴だらけ。で、実際にその落とし穴の中、大体地上から2~5mあたりのところを、さらに下に掘ったり横に掘ったりしていた。


そしてそこで取れた金を見せてもらった。写真はこれが精一杯。


これだけ大勢で、毎日毎日こんなに働いて、それもこんな小さなもののために?と思わされる。もうちょっと大きい粒が見つかることもあるそう。
「金1gな、もし俺が見つけたら2万フランで売ってやるよ」
といわれた。1gで2万フラン、日本円にしても4000円か。金って、べらぼうに高い。でも、もしそれを突きつけられたら…買ってしまいそう。

そういえば、中には「ユーロ持ってるか?」って聞いてきた人がいた。ユーロ、欲しいのかな?



なんかもっと、悲惨で暗くて、貧困の象徴!見たいな景色が見れることを期待して行ったけれど…そこまででもなかったなぁ。そこの人たちにしろ、現場の風景にしろ。まぁ働いている人たちには申し分けないけれど。

カエル食べた、大根食べたい


常々、休みの日ぐらい遊びまわりたいと思っているものだけれど。
面倒が多くて、億劫になる。
週末、バスで2時間の首都に行くだけで、書類を書いて上司の許可を取らなきゃいけないので、ちょっとそこまで気軽に出かけることもできない状況というのは嫌いだ。そう思うと、もうどこに行く気にもならなくなって、週末は一日中うちにこもったりする。それが一番、自由だと思ったりする。
しかも、「またどこかいくの?ゾルゴが好きじゃないの?」とかいわれた日には、もうがっかり。もう私のすることに、何も言わないでほしい。
旅がしたい。電車か船か新幹線か、何かに乗って。それか、バイクか車。


うちにこもって本を読んでたりするのもいいけれど、ちょっと前から遊びに行ってみたいと思っていた隣のコミューン、モクテドー。に、行ってみた。
首都とゾルゴの間にあるから、毎回通るたびに「ここのマルシェは大きくっていいなぁ」とか思っていた。年末にクーペラの同期と見学に行ったときには、大きな貯水池があってバナナとかもいっぱい生えてて、魅力的なとこだと思った。
そんなモクテドーに、週末にちょっと出かけてみた。
ゾルゴからは25kmほど、30分ぐらいでつく距離。


同期隊員がたびたび「ゾルゴはカエルを食べる」という話を仕入れてきて、一度それを街中で聞いてカエルが食べれるか確かめたら、

「そりゃゾルゴじゃない。食べなくもないけれど、カエルを客に出す店はないね。食べたけりゃ、モクテドーに行きな」

確かに大きい貯水池もあって、「モクテドーと言ったら魚!」という人もいるくらいだから、カエルもたくさんいて不思議じゃない。
てことでモクテドーのマルシェに行ってみたら、確かにたくさんあった。魚も、その数だけでなく種類も豊富、なまずまでいる始末、カエルも山のようにいて、それから初めてブルキナでえびを見た気がする。こっちのマルシェは何を見ても、生々しい。

IMG_5140.jpg


そしてカエルを一匹、揚げてもらう。全体がきれいな狐色になるまで待って…
「食べるんでしょ、一匹を分ける?え、食べないの?」
一緒に来てくれたブルキナベは食べないらしい…
「魚みたいな味で、おいしいよ。」
食べないのに知ってるんだ?

IMG_5142.jpg



しょうがないから、一人で全部平らげた。
実際、皮も魚みたいにぱりぱりしてて、中の骨とか形はカエルでも食べてみれば確かに魚みたいな味だった気がするし、目の玉なんか「どういいんだったか忘れたけれど、体によかった気がする…」と思ってしっかり食べてしまった。あーぁ、これでフランス人の仲間入りかな。


カエルを食べて、近くでドロゥを飲んで、それからご飯食べてからニンジン買って帰った。レストランの米もマルシェのニンジンもモクテドーのものらしくて、やっぱ大きな貯水池があってかなり自由に農業できるところっていいなぁって思った。日本じゃ考えられない事態だ。野菜なんて、どこのスーパー行っても何十種類もあるんだから。
最近家は、毎日毎日おんなじ野菜ばっかり。たまねぎ、にんにく、キャベツ、トマト、週末にはニンジン、たまにきゅうりとかナスとか。

あーぁ、大根が食べたい。ふろふき大根にして、ふーふーいいながら食べたい。

いちゅも


最近突然、みんなが私の発音を直しだした。半年たった今になって、なぜ??

英語を中学から10年以上勉強しても、RとLの発音の使い分けはまだ難しい。聞き分けるだけなら、まだそこまでハードじゃない。だけど、RとLを完璧に発音し分けるのは至難、と思う。
そこへ、専門家の人たちのはわかるとか大使のフランス語はきれいだとか言われて、ちょっとへこむ。

自分の発音が、一番わからない。

Rのほうが、日本語にはない音だからと思って意識的に音を作り、差別化する。要するに私の頭の中で、こういう公式ができている。

(日本語のらりるれろ)―(英・仏語のR)=(英・仏語のL)

RがRとして発音できれば、残りはLとして処理されるだろうと。
そう思って実際には、自分の中でRとLを作って区別して発音していても、Lのつもりで発音して「それはRの発音!」と直される。

もう前提が崩れてるわけで、たぶん日本語ではRとLの音がごちゃ混ぜになってらりるれろ、になってる。
Lのほうが発音するのが、難しい気がする。


夜、職場から帰って、友達が遊びに来ていたところへ、ガルディアンがぼやきだした。多少疲れて帰ってきている私はがっかりして、日本語でポツリとつぶやいた。
「いつもこうだ、こっちだって疲れてんのに…」
隣にいた友達がまねしようとして、
「いちゅも…」
「いちゅもじゃない、いつも。」
「いちゅも」
い  も!
「…いちゅも」


日本語ってさ、難しいね。

あほだなぁ、ただの絵じゃないか。



最近、事務所にいて、黙々と絵を描いている。一日中。
これからの活動に使うための道具を作っているところなんだけれど、絵を書いているところが珍しくてか、挨拶してついでに、みんなが覗き込んでいく。


「かわいい絵を描くのね」

とか、

「今度、俺の絵も描いてくれよ」

とか、いろんなことを言っていく。

啓発活動のために作っているもので、その対象は主に女性(と子供)なので、その絵でも、ほとんど、というか全部、描いている人は全部女性だ。
それを見て、アドバイスをくれる同僚もいる。内容について、あるいは絵について。自分以外の視点で、それをもっと有効なものにしようとしてくれているのはありがたいし、文章と同じで自分ひとりで描いてれば自分にしかわからないものになりそうだから、そういうのはありがたい。で、それを聞いて修正したりもする。

だけど、はっきりいって邪魔、でしかないコメントを残していく同僚も何人かいて、本当にめんどくさいし作業が止まっちゃうしできれば無視したいけれど、同僚だから無視するわけにもいかない…。それで、しょうがなく聞いていれば、勝手なことばかり言って。

「もっと美人を描け」

とか、

「若い娘で、ミニスカートのを描け」

とか、何で私があなた方を喜ばせるために絵を描かなきゃいけないの?


まったく、もう。

こうして事情は変わっていく。



前回書いた通り。私の逃げ道はこうして塞がれてしまった。

そしてもう一つ、私の言い訳に対して駄目押し。
「後任、募集します」という記事を書いたけれど、あの話の通りには行かなくなった。後任をとるという話はブルキナに赴任したときからあったし、12月ごろには後任を二人とるという話が出てきて、実際にJICAブルキナ事務所と農業省県局でそういう話をしていたから、もう決まったも同然と思って書いた記事だった。勝手に決めてかかった自分が悪かったんだけれど、そのあとになって、プロジェクトの一番トップの中央プラトー州局長が「本当に協力隊を入れて効果があるのかを見極めてから後任を要請するかどうか決めたい」と言ったらしく、そのためにそもそも後任が来るのかどうかということから疑問符がついた。
いや、疑問符がついたという表現は違う。ジニアレの隊員が仕切り直しになった今、はっきりと言って私の赴任から1年間経過した時点での中間報告をまず見てから、協力隊が本当に要請する程の価値があるものかを判断するということになった。後任が来るかどうかは、こうなっては自分次第。そして、もし後任が来ると決まった場合でも、早くて24年度1次隊。私とは任期がかぶらない。
別に後任が来るとか二人任地になるとかそういうことがかかっているからと言って自分の活動に対するモチベーションが揺らいだりはしないし、そのプレッシャーで自分が頑張れるということもないけれど、自分の活動が、当初予想していたよりもストレートに結果として出てくることになったということに、緊張はしている。後任とか二人任地ということに強いて何か言えば、後任と任期がかぶらない時点で家具の処分を自分でしなければならないということが決まったも同然なので、これ以降新しく家具を買う動機付けは低くなった。家への投資(修理とか)もこれ以上やる気にならない。多分このまま、ベッドは買わないな。

協力隊は本当に求められている事業なのかとか、要請書と実際に現地で行う活動のミスマッチだとかが第3次事業仕分けでも大きなトピックスになったらしいけれど、そういう中で私の要請は技術協力プロジェクトにくっついてる、ほとんど要請書通りの要請。これも言ってしまえばあとは自分次第。本当に求められているものかどうかは、私が示していくことになる。文句というか、そういう意味でもこっちに来てからの言い訳はできないということだと思う。
今回の話は、「後任、募集します」という記事の中ではある程度冗談めかして書いてあるけれど、民主党の事業仕分けとかで協力隊につきつけられているのは「本当にお前たちは価値ある存在なのか」ということであった。それについて国内から見れば本当に協力隊や援助という形で途上国に投資する価値があるかどうか実感ができないわけだ。援助をやってきたからこういう国益が生まれましたとか、そういう形で何か出てきてるのかが分らない。それに対して、少なく見積もったとしても、私の同僚が言ったような「消費をする、それだけでも雇用を生み出していて、ここに居る価値はある」のだという言い訳はできていた。少なくとも、被援助側に対しては通じる言い訳だったはずだ。だけど、ここに来て、中間報告や遅くても最終報告で私がブルキナ側が納得するような結果が出せていなければ、ブルキナ側からも「わざわざ要請する価値があるのか、疑わしい…」ということになる。
要するに、日本からだけでなくブルキナからも「あなたは要請するだけの価値ある活動をしてくれるのですか」と突きつけられたわけだ。

これはまったくもって正しい話で、私はゾルゴに来てから今まで自分の中だけで、ゾルゴという場所には専門家がよく来ていて、バリバリ働いて仕事をしていて、それに比べてなんて自分がちっぽけで何もできないんだろうと思っていた。だけどこれからは、ブルキナ側からも、ともすれば「専門家は呼ぶ価値があるけれど、協力隊なんて呼ぶほどの価値はない」という判断をされるかもしれない、ということで、自分のこれからの活動に対してもう何の言い訳もできない。向こうが納得するだけの結果を残さなければ、という一点に尽きることになった。
プレッシャーだけは多い。私の活動次第でこれから、場合によっては農業省中央プラトー州局に「協力隊なんて大して意味のないもの」と思われるかもしれないんだから。その始めの一歩が、私の肩にのしかかっているんだから。

プレッシャーをかけられても、逆に褒められたとしても伸びるような、そんな一筋縄でいくような人物じゃない、と自分のことは自分でとらえている。正しいかどうかは置いといて。
去年よりは焦っている。

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