スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

亡・個性の時代


働かなくなったミツバチの話をしよう。
ミツバチがなぜよく働くのだろうか。ミツバチが、ミツバチだからではないので悪しからず。ミツバチは寒い冬の間は働かないので、その間、砂糖水などを与えて養わなければならない。そこで、戦時中の話だが、年中あたたかく、いつも沢山の花が咲く東南アジアにミツバチを連れて行って、日本よりもずっと多く蜜を集めさせて儲けようとたくらんだ養蜂業者がいた。その人は軍の許可を取って実際に東南アジアで養蜂を始めた。当初は思惑通りに多くの蜜を集めることができたが、徐々にミツバチの働かなくなった。花が年中咲き乱れ、日本のようにあくせく働くなくても必要なだけの蜜を集めることができるならば、必要以上に働くことはないのだ。そうして、ミツバチは働かなくなった。


村に行って村の人たちと話をしていると、私を先進国から来たボランティアと見込んでか、村や国の抱える問題、課題をいろいろと話してくれる人達がちらほらいる。話を聞いていると現象的には貧困国も先進国もあまり変わらない問題を抱えているものだなぁと思うので、この際失業問題その他の社会問題を解明・解決するための一つの手段として、ミツバチを研究することをここに勧める。私は専門外なのでそういうことはやらない。


失業問題は、思うに産業革命以降の生産効率が飛躍的に伸びた時代からの現象だと思う。産業革命によって生産効率が飛躍的に上がった結果、人間は一日4時間働けばすむ時代がやってくるだろうと予言した人がいた。ちょっと記憶が曖昧で、誰が言ったか、果たして本当に数字が4時間で合っていたかどうかは自信がないが、とにかく労働時間を極端に短縮することができ、あとは遊んで暮らせるようになるだろうと言った人がいた。実際には先進国になればなるほど労働時間が長くなってくるようでどうしたものかと言っていたところだろうが、不況(景気循環)や失業者あるいはNEET、はたまたワークシェアリングという形で今の社会は異常なほどの一人当たり生産性の高さを調整しようとしている。増えすぎた人口問題は、その人口をすべて養うための食糧生産よりもむしろ、それぞれの人々に与える役割、個性の不足のほうに頭を抱えているように思われる。

70億人がひしめきあうこの地球で、それぞれの人々がどのような役割・立場を割り振られ、どのような関係を築くことができるかというグローバルイシューをデフォルメし、シミュレーションとして体験できる、貿易ゲームというものがある。何を隠そう、協力隊の語学訓練などが行われる駒ヶ根訓練所にて知ったんだけれど。体と精神全体を刺激し、感じさせ、共有するべき世界の弾力性、ダイナミズムを組み込んでいて、名著『世界が100人の村だったら』よりもよっぽど面白いものだと個人的には思う。戦争を表現できてないところが強いて言うならば、欠点だろうか。その貿易ゲームの中で後進国(資源も技術も無い国として位置づけられる)のプレイヤーとして参加した時に実感させられるのは、本当に豊かな国からの援助なしに先進国のような経済成長するのは不可能だということ。周りの国々がどんどん発展していくのを指をくわえて見ているだけしかなく、「先進国プレイヤーの方は仕事にばかり集中して黙々と働き、後進国プレイヤーの人達は楽しくお喋りしてるというのは現実を反映していますよね」と言うところまでは微笑ましく聞いていられるが、さすがに解説者も「後進国の人は平気で援助を乞うのも当然ですよね」とは言わない。援助なしにはできることが本当に無くて、あからさまに援助を期待してなにをするのもやめてしまった後進国プレイヤーもいたのだが。そこまででなくとも、「困ってるんだから助けてくれてもいいでしょ」とほとんどの後進国プレイヤーは思ったのではないだろうか。が、それを体験しても尚先進国根性というか、上から目線を捨てようとはしない人は多いように思われる。私の主観だが。


後進国に何らかの支援などで訪れたことのある人には必ずと言っていいほどある経験ではないかとさえ思うのだが、街を歩いていればよく「日本人は金持ちなんだろ、援助に来たんだろ、だったら金をくれよ」と声をかけられる。それはイスラム教の施しの精神に起因するものだと考えるのがおそらく日本人にとって一番気持ちいいのだろうが、果たして物の乞い方までコーランに書いてあるのだろうかと思ってみたりする。ある同期隊員は、ブルキナべのそういう態度に心底腹が立ったと見え、「そんなに金が欲しけりゃ、(ブルキナ国現大統領である)ブレーズ・コンパオレに頼みなよ」とい言い返したそうで成程と思わされる、気の効いた返しだなぁと思った。日本とは比べ物にならないほどの格差問題だとか汚職問題が実在するというのも、後進国の現実なのであるから。村では電気なし水道なし生活どころか餓死する人々さえいるというのに、国家エリートだとか大企業の経営者とかになれば、場合によっては先進国の富裕層にも匹敵するような生活をしているんだろうと…実際には見たことないけれど、そのぐらいの想像はつく。

「WIN-WIN関係」という言葉が最近流行だが、現在の国際情勢もこの言葉を持って語られることが多いだろう。気候変動などに関してはこのWIN-WIN関係がうまく形成できないケースが多いようだが、国家や企業にとって経済的な観点から見れば環境問題に対処することが場合によってはLOSE-LOSE関係に陥ってしまう場合もあるから当然と言えることで、そのような状況で少しでも自国の利益を追求すれば、相手国を「裏切る」という行為が最適という答えが出る囚人のジレンマに陥る。環境問題に対処することでWIN状態を造り出すことを目的とした仕組みがCO2排出権取引などだが、実現にはまだまだ多くの困難が伴うようである。
援助の場合は国同士のWIN-WIN関係が環境問題のケースよりも築きやすく、というのも被援助側にとっての利益は援助そのものであるわけだし、よって被援助側が援助側に何らかの利益を与えることができればよい。これは二国間関係の中でという話になってくるが、もっと多くの国が存在するケースでは、援助‐被援助の二国間関係の外から援助へのインセンティブが与えられるケースも考えられる(例えば国際社会での評価・地位が高まるなど)。また、最近の援助の傾向として環境とのWIN-WIN関係も含めた二重のWIN-WIN関係の形成も意識されていることが多い。

ちなみに生産効率の相対的な低さがその存在の必要性を決定するものではない(生産性が相対的に低いものにも存在価値はある)と説いたのがリカードの比較優位説で、つまり後進国も(援助という形ではなく)その生産能力をもって先進国と利益を高めあう関係を作り出すことができるという理論はある。国同士の関係をどうこう言うほどの考えを私は持っていないが、果たしてそういう関係が個人の間でも作れるだろうかと考えてみる。
実際に個人の関係になったときに、特に後進国の村人と私たち・先進校のボランティアと言う関係になったときに、双方が納得できるWIN-WIN関係と言うのは果たしてあり得るのだろうか。
後進国の村人同士のWIN-WIN関係で言えば、(私の隣人によれば、人に物をねだることを平気でさせる要因の一つでもあるらしいが)村人同士の助け合い、土着の保険制度だ。村の中で食糧が無くなった家に食料を施したり、誰かが亡くなった場合にはみんなから葬式代を集める、あるいは村のある子どもが学校に行くための学費などを村人善人で負担するなど。これは、自分の身に何らかの危機(飢えなど)が迫ったときに、みんなから助けてもらえるという相互関係だし、学費を出すケースではそうして出世した者の稼ぎは村の稼ぎとして扱われる。また一方で街に出かけたときにお土産をみんなに買ってくるのも、別の誰かが自分にお土産を買って来てくれるのが普通と言う感覚も、これに端を発している。だからこそ、困ったときにも困っていないときにも、人に物をねだるなどという行為を通して関係を保っておくことは重要な意味を持ってくるんだろう。自立と言う言葉からは程遠い感覚だが、一人で背負うにはリスクが大きすぎるということを考えれば当然のことだろう。こうしてお互いのリスクを減らしあう関係がWIN-WINになっている。最初に「後進国の村」と書いたが、日本を始め先進国でもある、いわば伝統的なWIN-WIN関係だ。(村に入れば、自動的にこのシステムに組み込まれると思われる。その際に気をつけておきたいのは、相手の好意をだたの好意として受け止めていいかは疑問であるということ。それはつまり、村の保険制度の構成要素として扱われている可能性もあるということで、もちろんこちら側から好意を示すことも求められている可能性もある。)


こんなことを考えるきっかけとなった、後進国の人々が時々私たちに求める「金くれよ」は、これをWIN-WIN関係に持ち込むことが果たして可能であるだろうか。今現在、それができない(故に、物や金を乞われても渡すことはできない)のは、その行為がお金を乞われた側にとって利益となる何事をも生み出すとは到底考えられないからだ。あるいは、投資に見合った利益が回収できる見込みがないと判断している。(一応断っておけば、この考えが全てではない。別の考えで物乞いにお金や食べ物を渡さない人もいるし、全く別の考えを持って渡してみる人もいる。)

お金を渡したとして、その人がそれを元手に商売を始めるなどして自立できるようになる、学校を卒業して職を見つけることができるようになるなどしてその人の生産性が向上し、そうして得た収入の中から自分に支払いがあるなど、将来の自分の何らかの利益になる(金銭的利益として計算できるケース)。あるいは、その投資によって餓死する子どもが減った、失業率が減った、あるいは数字にはできなくとも村の人たちが喜んでくれたなど、彼らの内発的動機づけを満足させる精神的な報酬も利益として数えることができるかもしれない。そしてこのWIN-WIN関係の形成に成功し、今までの援助とは違う形で貧困層の救出に成功したのが、マイクロクレジットと呼ばれる事業だと言える。


では果たして、私たちが直接、そういう関係を想像してゆけるのだろうかと考えてみる。
というのは、私たちはお金持ちと認識されていて、実際に多少余るほどは持っていて、日本という国は援助という形で沢山のお金をブルキナにつぎ込んでいて、その額も日本人にしてみればそんなものはそこまで多いものではないかもしれないけれど、ブルキナべにしてみれば本当に大金をつぎ込んでいる。そして、その大金をつぎ込む一環として私たちがこうしてブルキナに送り込まれている。考えようによっては、ブルキナべたちが私たちに直接お金をせびったとて、そこに何の不思議もない気がする。それをただただ無下に断るのは、間違ってるとまでは言えないのかもしれないけれど無神経だと感じるし、彼らが自立したいと思っていても、いや思って入ればなおさら、ある程度のお金が必要になる。
生活費として支給されている、ブルキナ通貨にしておよそ20万フランCFA。
物乞いに施しをする意味がないと私が思うようになったのは、数年前にオランダに旅行に行ったときのことがきっかけだ。ガイドブックに、「物乞いにお金を渡しても無駄だ。彼らはそのお金でまた麻薬をやり、何も変わらない(オランダでは麻薬は少量なら合法)」と書いてあったからだ。そして実際にアムステルダム駅で物乞いに会った。ガイドブックに従って、断った。

状況は、その時と全く変わらないのだろうか、と時々考える。その時にガイドブックに書いてあった通りのセリフを当てはめて、それを今の自分がやっていることの理由づけにしている。理由づけというよりは、言い訳かもしれない。時々、そう思うようになった。



「100円で救える命があります」

という謳い文句を、何度聞いただろうか。そのセリフを検証してみることは、今まで一度もなかった。
100円、ブルキナ通貨でおよそ500フラン。現在のブルキナ隊が受け取る一月の生活費、およそ20万フラン(ドル建てでもらうので、変動する)。今すぐにでも、出せない金額じゃない。だけど、500フランで救えるものがあるかもしれないという実感は、果たして持てる人がいるだろうか。私の実感と偏見から言えば、このセリフは嘘かあるいはペテンだ。問題を先延ばしにしているだけか、あるいはややこしくしている場合だってある。子どもが多すぎて子どもを捨てる人がいて、そうやって街中に物乞いが溢れるんだという人もいる。

オランダのときには感じなかった絶望感、無力感。ここに居る限り全力で目の前から消えようとしない貧困の映える風景。カオス理論というのは聞いたことがあるけれど、果たして100円ぽっちから変わるものはあるのか。そして、それが果たしていい方向に転がっていくものなのか。

果たして自分がそういう人たちに施しをしたとして、何かが変わるだろうか。
そしてここにきてもう一つの疑問。普通に暮らして、普通に消費活動をすることとは、どう変わるんだろうか。
さて、どうなんだろうか。


スポンサーサイト

所長からのコメント、一号報告書に関して。



一度、忘れて。思いだしたころに、こうしてやってきた。
先日事務所に寄って、所長の顔を見たときに、報告書に対するコメントが未だ来てないことを思いだした。多分所長も、事務所にのこのこやってきた私の顔を見て思い出したのではないかと、私は思う。おそらくそうだ。だって私も、それまで忘れてたんだから。完全に、私の憶測だ。
(ちなみに、12月15日にメールで送られてきた。)

この報告書というのは、2年間の任期で5回書く決まりになっているんだけれど、お題というかテーマがある程度決まっていて、例えば最初の報告書では任国の印象を書いたりする。ただし後は字数制限ぐらいしかなく、どんなことを書いてもいい、テーマに沿っていれば。で、場合によってはよくない内容(任国の悪口だとか)を書けば、一般公開が不可能という判断をされる。それぐらいのものだ。ちなみに協力隊の研修の中で、「これは国民に見せられない!」と判断された報告書の一部を読むことができるかも?
そういう類の報告書でなくても、色んな人の報告書を読んでいて思うのは、本当にどれも個性的な文章だということ。日本から来て同じような体験をして、日本人同士の対話の中でそういう、色々感じたドロドロしたものを言語化して整理して、共有できるレベルのずっとフラットなものにしたはずなのに、人によって全く違う味の文章を書いていて、そういう見方、切り口、表現があるんだなぁと楽しみながら読める。ブログと違って本当に言葉だけでの勝負、そしてテーマが同じだから、それが際立つ。

なんて呑気に書いているけれど、そろそろまた2号報告書を私も書かなきゃいけない時期だったりする。12月いっぱいが一応の期限。だけど、ちゃんと出せるか分らない。そう思うのは、今回は活動計画書を出さなければいけないから、というのが一番大きな理由。バイクはもらったものの、今のところ結局村にはほとんど行けず、果たして村で自分に何が求められているのか、何ができるのかを把握できてない。それから、前回からたった3ヶ月という短いスパンの中で、果たしてなにが変わったのか分らない。何を書いたらいいんだろう??前回書いた以上のことが、何かしらでも書ける自信がない。まぁテーマは違うけれどさ。
まぁこうしてブログを書いている時間があれば報告書も書けるだろう、って話なんだけれど。むしろ逆に、ブログで色んなことを書きすぎて、日々感じる衝撃や葛藤を日々あるいは2,3日という短いスパンで消化してしまっているから、こうして報告書と言われても、改まって書くことというのは探すだけで苦労をしているみたいだ。が、いつも突発的に考えている頭の中を整理するいい機会ではある。日本語でいいなら、いくらでも書くよ。


ところで「新卒は報告書の提出が遅れることが多いから気をつけてね」と釘を刺された隊員がいるらしい。私も気をつけなきゃ、1号を書くときから、「報告書なんてのは提出期限を過ぎてから考えればいいや」って思っていたから(ただし1号は結局、ちゃんと期限内に出した)。
で、問題の所長からのコメントについてだけれど。

一部抜粋すると、
「報告からは、淡々と現状を把握している様子が伝わってきます。冷静に客観的な視点で、現状把握している感じがします。とてもいい視点だと思います。他方で、せっかくの隊員経験なので、沢山の社会的な理不尽を感じたり、貧困は不平等に対しても、ありのまま感じてみてください。おそらく、頭の柔らかい、若い世代でないとできないことです。」

その他、UNICEFとの連携の話や社会常識やらの話がしてあったけれど、このコメントを読んだときに、すでに自分が書いた報告書の内容をすっかり忘れていたので、全く何の話だかわかんなかった。どっちにしろ、淡々と状況を把握しているつもり(覚え?)はなかったので、果たして一体、自分がどんなことを書いたのだろうと思って、自分の1号報告書を読んでみた。


自分の報告書を読んでみた感想としては、やっぱり自分の文章を客観的に読むことはできない。「今の自分(その時の自分とは他人)」というスタンスには立てなくて、冷静に読むには、文章に寄って感じ方を変えすぎるなと思う。

それを実感したうえで思うこと。
あれから3ヶ月経って状況をより把握した結果、間違っている情報が織り込まれてたりする。
それからざっと読みなおしてみた印象として、文章がヘン。なんだか読みづらい。焦って書いたからいい加減な部分はあると思っていたけれど、本当に適当な、いい加減なものを書いているなぁと思った。今からでも書きなおしたいと思った。2号は何回も読みなおして、本当に納得する文章が書けるまでは書きなおし続けたい。多分、そんなわけにはいかないんだろうけれど。

そして今、二号報告書を目の前にして思うのは、やっぱり自分は努力してないということ。状況や毎日の衝動に流され流されてるだけで、フランス語も頑張ってるつもりだし毎日職場にも行くけれど、活動のイメージは固まらないし、ぼんやりでも考えてみたことに対して、まったく準備とかそういうことはできてない。勝手がわからなかったとか言い訳はいくらでもできるけれど、日々こうしてだらだら過ごしてしまって、ある程度快適な生活はしようとして、やっぱり求めるだけの生活をしていて、自分から何かを提案したり、少なくともその準備さえもしてない。
なんか反省会みたいになってしまったけれど、毎日毎日こうして色んなことを考えるだけ考えては次の日には忘れ、どうも目標だとか連続性だとかが自分にないなぁと思う。厳しさを知ろうとしないなぁと、いつもいつもそういう自分ではよくないなぁと思ったりする。周りの人の励ましとか評価に甘えてちゃ駄目だなぁと思う。それ以外のやり方をこれから身につけて行かなきゃ。というのが今の素直な気持ち。

近所のオアシス


12月16日、朝9時過ぎ。隣町・クーペラから同期隊員が一人。バスに乗ってやってきた。

ちなみにこの週は月曜、ワガでUNICEFの人と学校菜園のことで打ち合わせ、火曜水曜を使ってマンガに冷蔵庫を受け取りに出かけ、金曜日にはJICAの水分野専門家としてこれまで多くの水関係プロジェクトに関わってきた人たちと会うことになり、結局またまともに任地に居るのは木曜日、16日だけという状況。その貴重な一日を使って、環境隊員として活躍する同期隊員と、ガンズルグ県内のゾルゴの隣のコミューンで行われているコンポスト制作の見学、及びコンポストの材料の買い付けに行ってきた。

今回のことは環境省配属で農業省とコネがない同期から持ち込まれた企画で、街中の生ごみを減らすことで環境改善を図り、同時に農業の収穫向上も狙いたいと。私も村人たちと関わる中でコンポストを作ることは考えていたから、その実物が見れるいい機会ということで、一も二もなく首を縦に振った次第。こう書くと、なんかしっかりと活動をやっているっぽいけれど、今回のことは少なくとも自分の中では活動をやったという充実感がものすごく持てた活動になった。
ディレクターの車(県局の公用車)を使わせてもらってさっそく出発、20分ぐらいでモクテドーに到着。コミューン支局の職員を拾い、大きなマルシェを横切ってその裏手に出ると、一瞬で景色が変わった。見渡す限りの田んぼ、ここが本当にガンズルグ県?!というくらいにマルシェからは想像もつかない世界。

IMG_4719-2.jpg

IMG_4783-2.jpg



主都行きのバスに乗ったときに毎回通るけれど、全く知らなかったモクテドーというお隣さん。ものすごく大きな貯水池があって、その豊富な水を利用して灌漑をしき、稲作をやっている。Bas-fond(湿地帯)じゃないんだ!貯水池にはもちろん、魚もいるんだって。ゾルゴの街中にも湖はあるけれど、比べ物にならないくらいに大きい貯水池で、その上を流れるように涼しい風が吹く。そこからモーターポンプで水を田んぼの水路に流しているんだけれど、その水路沿いにはマンゴーもバナナも山ほどある!なんだ、こんな近くにあったんじゃないか。

IMG_4795-2.jpg


IMG_4731-2.jpg


そして収穫を終えた田んぼの中を通ってコンポストをやっている現場まで移動。私たちが行った前日にコンポストを作る研修があったらしく、その時に作ったものを見せながら、作り方、管理の仕方などを教わった。これまで全く知識がなかったから知らなかったけれど、納豆見たいなものだって印象。
そしてそのあとは周辺の、まだ収穫してない田んぼ(ネリカ)や野菜園を見学。コンポストも野菜園も、これから村の巡回とか学校菜園中でどんどん使っていきたいなぁと思う。今回思ったのは、コンポストを作ったら収穫や収入向上だとかよりも先に、まずまっさきに、街中に溢れている動物たちの糞を片付ける役に立ちそう。あれが少しでもきれいになったら、私は嬉しいね。

IMG_4739-2.jpg

IMG_4757-2.jpg


そしてワラを分けてもらい(買うという話をしていたのにタダでくれた)、岐路に着いた二人。さてさて、こうして見たからにはコンポスト、作んなきゃね。
だけどモクテドー、いいとこだった。気に行った。久しぶりに、田舎っていいなぁって思った。あの貯水池にもワニとかカバとかいないかなぁ、もしいたら金鉱と一緒に、観光名所にしたい!(と、妄想膨らませ中。)

ナッサーラがフリーゴー



1月で任期を終えて帰る先輩隊員とドミでばったり出会った。
「家を引き払わなきゃいけないんだけれど、冷蔵庫をどうしたものか分らなくて…」
「もうすぐ電気が来たら、冷蔵庫も欲しいなぁ(と言って電気が来るのを何カ月も待っている)。」
という二人だから、その瞬間に話がまとまった。「じゃあ、12月15日に冷蔵庫を引き取りに行きますね。」
ということで、行ってきた。

マンガにて、駅に着いた冷蔵庫。ろば車に乗っけられて。

IMG_4689-2.jpg


そしてなぜか、押しがけをするバス。

IMG_4696-2.jpg


そしてこのあとバスに乗せて、主都を経由して夕方にゾルゴに着いた。
駅からうちまで、再びろば車に乗っける。

IMG_4700-2.jpg


だけどろばって、本当に哀愁あふれる表情をしているなぁと思う。いや顔だけでなく、なんとなく沈んだというかうなだれた感じのプロポーション全体から、あわれがあふれ出ている。でも、ブルキナで一番働いていると思うよ。私もこうしてお世話になった。本当にありがとう。


IMG_4702-2.jpg


ところでこの記事の写真ではこうして布をかぶせた写真を見せて「冷蔵庫です」と言っているけれど、果たして写真だけ見て「あ、冷蔵庫だ」って分かるものかな?これで駅の近くを通ったときに、お菓子を売っている女性がこちらを見て
「ナッサーラがフリーゴ-を…」
ってつぶやいたのが聞こえた。なんで冷蔵庫だって分ったんだろう?甚だ疑問。加えて、あまり気分がいいものじゃない。よそ者、って罵られてるような感じだ。そんなことを言ってみても何も変わらないけれど。冷蔵庫もやめないし。

そしてうちに着いてみれば、毎度のことだけれども隣に住む同僚が「私たちの冷蔵庫」だとか、(ワガから帰ってきたから)「なにか買ってきてくれてないの?」だとか、本当に恥ずかしげな素振りも見せずにはっきりいう人たちだなぁと思う。まぁそれがこっちの文化なんだからしょうがないんだろう。
友達はそういうことに対して、特に職場関係とかだと
「あなただけに買うわけにはいかない、他の人に買わないのは差別になるから。あなたに買えば他の人にも買わなければいけなくなるから」と言って断ると言っていた。加えて、ワガに行くたびに毎回求められたら、こっちのお金がいくらあっても足りないよね。腹を立ててもしょうがないけれど、自分の維持のためにもどこかでそれをやめてもらわなきゃ。

でも冷蔵庫に関してはね、というか電気代は農業省が持ってくれるということになっているから、それを考えると「私たちの冷蔵庫」と言われて、完全に反発できるわけではないと思う。
冷たいビールが飲みたいんだってさ。

用語解説


普段、日本で生活している人たちや、少なくともブルキナでは生活していない人が読んでも、普段使わない、分かりづらい固有名詞が文中で多く使われていて、分かりづらいかもしれない。が、わざわざ毎回文中で解説するのも面倒だし、文章のリズムがくるって嫌いなので、こうして用語解説コーナーを設置することを決定しました。ここのコーナーに乗っていない固有名詞などで、ブログ内の分からない言葉があった場合には、メールあるいはコメントにてお知らせくだされば、と思います。随時更新予定。
ちなみに順番は、最初にアルファベット順、日本語順という感じです。


AUE:Association des Usagers de l’Eauの略。水利用者組合のこと。村でポンプを維持管理し、水料金の徴収などを行うために組織された。
Airtel:携帯電話会社。2010年9月、Zainという携帯会社を買収した。現在、JOCVブルキナ隊はこの会社を多く利用し、互いに連絡を取り合っている。
Bas-fond:湿地帯。ここで稲作を行っている。
CEB:Circonscription d’Education de Baseの略。基礎教育コミューン局。
CPE:Comité de Point d’Eauの略。水場委員会のこと。AUEが組織される前にポンプの維持管理を担っていた組織。AUEのメンバーの多くが、もともとはCPEのメンバーであった。
DPAHRH: Direction Provinciales de l’Agriculture, de l’Hydraulique et des Ressources Halieutiquesの略。農業・水利・水産資源県支局のこと。ガンズルグ県の県支局(文中では県局と表現)が著者の職場である。
DPEBA: Direction provinciales de l’Education de Base et de l’Alphabetisationの略。基礎教育・識字化県支局のこと。
JICA:Japan International Cooperation Agency Agence Japonaise de Coopération Internationaleの略(フランス語)。独立行政法人国際協力機構のこと。
JOCV:Japan Overseas Cooperation Volunteersの略。青年海外協力隊のこと。
MEBA:Ministère de l’Education de Base et de l’Alphabetisationの略。基礎教育・識字化省のこと。
UNICEF:United Nations Children´s Fundの略。国連児童基金のこと。フランス語では、le Fonds des Nations Unies pour l’Enfanceという。
phast手法:Participatory Higiene and sanitation Transformationの略。参加型衛生改善のこと。JICA技術協力プロジェクト「PROGEA/PCL」にてこの手法が用いられている。
PROGEA/PCL:Projet de Renforcement de la Gestion des Infrastructures Hydrauliques et de la Promotion de l’Hygiène et de l’Assainissement dans le Plateau Centralの略。中央プラトー地方給水施設維持管理・衛生改善プロジェクトのこと。AUEの組織、運営支援、衛生改善や修理工との連携強化などが盛り込まれる。文中では単に「プロジェクト」と表現していることも多い。
Zain:携帯電話会社。



アニマシオン:アニメーション。啓発活動。
オロダラ:ブルキナ国西部に位置する地方都市。マリ国境にほど近い。
ガンズルグ:ブルキナファソ国中央プラトー地方ガンズルグ県。
クーペラ:主都から東に140km程離れた地方都市。
コミューン:2007年に設置された、新しい地域の単位。市。
ジニアレ:中央プラトー地方ウブリテンガ県ジニアレ市。主都からおよそ80km。PROGEA/PCLの本部が設置されている。
ゾルゴ:ガンズルグ県ゾルゴ市。主都から東におよそ110kmに位置する。そば屋のまさが住んでいる。
ディエブグ:ブルキナ国西部に位置する地方都市。
ナッサーラ:モレ語で白人の意味。あるいは黒人以外の人々。
バマ:バマ村。ブルキナ国西部にある、西アフリカ有数の米の産地。
ブルキナファソ:西アフリカに位置する内陸国。
プル族、フルフルデ:ブルキナ国北方、サハラ地方に多く存在する民族。背が高く、イケ面が多いとJOCVの間で評判。フルフルデは、プル族の言語。
ボボ:ボボ・デュラッソ。ブルキナ国西部に位置する、ブルキナ第二の都市。経済の中心地とも評され、周辺国との交易も盛んである。この地方の現地語として定着しているデュラ語はもともと貿易言語であり、現在も隣国のマリやセネガルなどでも話される。
マンガ:主都ワガドゥグから南東におよそ120kmの辺りに位置する地方都市。
モシ族、モレ語:ブルキナ国における最大民族。主都を中心に国民の50%?がこの民族。もちろん、モレ語はモシ族の言語でありブルキナで最も多くの人がはなす現地語である。
モクテドー:ガンズルグ県モクテドー市。主都から東に90km程の所に位置する。
ルージュ:JICAから貸与されたYAMAHAスクーター型バイク、赤いクリプトンをそば屋のまさはルージュと呼んでいる。
ワガドゥグ(ワガ):ブルキナファソ国の大体中心あたりに位置する、主都。



水道:場合によっては井戸(浅井戸あるいはポンプ式井戸)を指す。
水の防衛隊(W-SAT):The Water Security Action Team。2008年、横浜で開催された第4回アフリカ会議にて当時の首相・福田康夫氏が派遣を表明した。主にアフリカで、安全な飲み水へのアクセスを拡大するためにボランティアなどの形で派遣されている技術者たち。
金:ブルキナでは地下資源として金が存在する。

GPSでみんな忙しそうにしていた話


ガソリン代がネックだったりする。

農業省県局の職員は村を巡回する仕事が多いんだけれど、みんなガソリン代が出せないと言って村に行かず、事務所に留まってお喋りとかしてる。PROGEA/PCLの仕事で積極的に村に通っていた同僚も、PROGEAの仕事以外ではなかなか出ていかない。「PROGEAではガソリン代が出るからね。」UNICEFのプロジェクトでもそうだ。
だから、村の場所も分からない、村に知り合いもいない私が村に行って自分の活動をしようとすると、とりあえずは同僚に付いて来てもらわなければ難しい。それで頼んでみたら、「だけど、ガソリン代がなぁ…」とつぶやく。
日本に居れば、多少のガソリン代ぐらい自分で出せよって思うとことだけれど、こちらは事情が違う。賃金、ガソリン代、などなどの要素を考えると、本当に仕事で使用する分のガソリン代を自分で工面するのは難しい。公用車というのも県局に一台だけ。

多分ね、デスクワークならばりばりやる人たちだと思う。書類とかは丁寧に書いてるしね。
アフリカとか後進国って働かないとか時間どおりじゃないとかそういうイメージがあって、実際にそういうこともままあるけれど、そういう「アフリカ時間」「アフリカ方式」にいら立つアフリカ人もたくさんいる。そんなことは全く想像もしてなかったことだった。


普段はお喋りばかりしている同僚たちが珍しく、ほとんどみんな仕事でバイクでではらっているという事態が少し前にあった。丁度私がAUEの研修に通っていたころだ。
農業省が総力を挙げての仕事だったようで、多分ガソリン代も出たんじゃないんだろうか。あんなにみんなが真面目に仕事してたんだから。

Bas-fond の調査をすると言って出て行っていた。お米の収穫が終わったところで、田んぼの面積を細かく計って、面積当たりの収穫量を割り出すという作業なんだって。ガンズルグ県内で全部で18のGPSを振り回して、2週間みんなで県内すべての田んぼを調査し、ピンク色の書類に書いていた。農業省が総力を挙げての、プライドを賭けての全国調査。
GPSで調べたデータを持ち帰って、普段お喋りばかりしている人たちが真面目な顔して書類書いてるから、本当に何が起こったのかと思った。よく考えてみたら普通のことだけれど。

18個のGPS。

IMG_4613-2.jpg


で、それが珍しいので、真面目に働く同僚たちの写真を撮ってしまった。

IMG_4608-2.jpg

IMG_4605-2.jpg


GPS、いいなぁ。任地にGPSを持っていく人もいるとは研修中に聞いていたけれど、持ってくればよかったなぁと思っている。なにしろ、大した地図はないし、どこに何どういう道があってどんな施設があるか、自分の足で何度も歩いて知っていくしかない。
こんど私もGPS買ってこのあたりの地図をすっかり作ってしまいたいね。

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム | 次ページ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。