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貧困国を象徴するような出来事


【隊員連絡所について】現在ブルキナ全土でガスの入手が困難になっています。連絡所もガスが切れ湯も沸かせないという事態になりました。連絡所は病人が静養のために使う目的もありますので、今後このような事態を繰り返さないためにも、必要最低限の調理以外でのガスの使用は控えるようにしてください。皆さんの思いやりお願いします。



これ、事務所からJOCVブルキナ隊の面々に向けられて送られているメールでの定期連絡の、今週のものから引用している。
ブルキナは今、そこに書かれているような状況。店に行ってもガスがない。買えない。
普段はガーナからガスを輸入しているらしいんだけれど(小耳にはさんだだけ、確かな情報ではない)、どういうわけか輸入が途絶えてしまっている。資源も輸入するためのお金もない貧しい国の、まさにその貧しさを象徴するようなエピソードであるように思う。

農業省に配属されて、農村の生活向上のために組まれている、収入向上プロジェクトをいくつか見学する機会があった。農村人口のほとんどは農業従事だ。稲作を始めたり、玉ねぎを高く売るために保存するための家を作っていた。それをみて、とっても、貧困国らしいと思ってしまう。すこし前に読んだ本に、こんなことが書いてあった。「先進国農業はその資本蓄積を利用して農業に大規模投資をし、同じ面積からの収穫量を大きく向上させている。一方で後進国では同じ面積当たりの収穫量はほぼ横ばいである。」だからなんだと言ってしまえばそれまでなのだが、ここだけピックアップしてみれば、後進国の未来は暗いと言える。特にブルキナのような国は、工業がほとんどない。農業とサービス業だ。そのサービス業も、印象からいって国内を循環してる模様。外貨をどれだけ獲得できているのか怪しいものだ。そして農業はほぼ、自分たちで食べる分を粛々と生産してる。収入向上プロジェクトも生産高ではない部分でゴールを目指す。そうすると…いったいどこでこの国は、資本蓄積をして新しく投資を重ねていくのだろう。

日本も資源輸入国だ。そして中学校の社会の教科書には、オイルショックの記事とトイレットペーパーパニックの写真が載っている。今の日本には停電がないように、オイルが輸入できないという事態もかなり、想定しにくい。が、トイレットペーパーパニックは今のブルキナの状況と重なって見える。皆がガスを求めて殺到し、実際にガスは無くなって、事務所はお湯も沸かせない状況。ギャグでもジョークでもない。

「ガスがなければ、木炭でお湯を沸かせばいいのに。」

それはそれで間違ってない。けれどこれから10年、20年先を考えたときに、それでは全く何も変わらない。
乾期、農業ができないときに、出稼ぎに行く先は、都市部以外にもある。残念ながら。ブルキナでは金が僅かにとれる。そして、その僅かな金が主な輸出品の項目に入っている。
が、金を掘ると言って、チャップリンの『黄金狂時代』よりは、ブラット・ピットの『ブラッド・ダイヤモンド』のイメージのほうが適切だろう。

…途方もなく大きな落とし穴に見える。
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ロスト・イン・トランスレーション


局長に提出した、配属してから1ヶ月の時点での報告書に、正直に書いていた。
「水道(と電気)はまだ来ていない。現在水は、2,3日に200リットルを買っている。」
このくだりを読んで、局長が大げさなぐらいの声をあげて驚いた。
「そうなのか?水、たくさん使うんだなぁ。」

その時に初めて自分の書いた内容の外国人らしさに気がついた。一瞬後悔したが、今更消そうと思ったところでもう遅いので諦めた。それに、まだブルキナに来て2ヶ月ぽっちの外国人なんだから、いいじゃないか。

全く同じことを喋ったつもりでも、全く意味が違ってしまう経験というのは面白い。その前のステップで、自分がその手で使う水の量を可視化してしまったというのがあるけれど。
ちなみに話をややこしくしてしまえばバーチャルウォーターという考えかたもあるわけで、日々口にしているコメ、野菜がどれだけの水を消費して生産されているか、パンを焼く過程及びそのための道具の維持管理の中でどれだけの水が消費されているかというところまで考えれば、200リットルなんて本当にあっという間に消費してしまう計算になる。普段は肉(牛肉や豚肉など)をあまり消費しないのが、バーチャルウォーターの観点から見た私の日常生活の、数少ない救いどころだろう。


話が大きくそれたけれど、日本で一体何に水を使っていたかというと、食事の準備及び片付け、お風呂、それも場合によっては朝晩一日2回以上、掃除、トイレ、そのあとの手洗い、バイクを洗う時にも使っていた。特にバイトでレストランの厨房とか洗い場に入ったら、その量たるや半端じゃない。


一方で、ブルキナに来てからどんなことに水を使っているかというと。食事の準備及び片付け、お風呂、今は面倒なので多くて一日一回、水を使う掃除は2週間に1回ぐらい、トイレ(水洗トイレにバケツで流してるんだ)、そのあとの手洗い。ちなみにバイクはまだない。自転車は磨いてない(ちなみにブルキナべは車やバイクや自転車を頻繁に、それは丁寧に磨いている)。
使う用途は、大きく違ったりはしない。だけど、同じ用途でも使う水の量は全く違う。洗濯は洗濯機がどれだけ水を使っていて、同じ量の水でどれだけの量の洗濯ものを洗えるかが分んないけれど。最近は少ない水でたくさん洗えるやつとかあるし。キッチンで使っていた分は、水道からだーだー出して野菜洗うのにもたっぷりの水を使っていたし、皿洗い鍋洗いにも水の量を考えることなどなく使っていた。今は、1リットルのカップからちょびちょび水を垂らして洗っている。お風呂も、浴槽なんかない。お風呂というよりは水浴び。20リットルのバケツにいっぱいにはしないから、一回で16リットルぐらい使ってるだろうか。あぁ、40度の温かいお湯にゆっくり浸かりたい…あと、手を洗うのもせいぜい1リットル使うだけ。多分、一番使ってるのはトイレの水じゃないかと思う。それでもできるだけ少ない水で流そうとか、ときには洗濯排水を使ったりをしているけれど、ちゃんと流そうと思ったらある程度の量とテクニック(笑)が必要。

同じブルキナ隊員や、周辺国の、例えばニジェール隊員にも、穴があるだけのトイレを使っている人は少なくないと思う。その人たちには本当に悪いと思うけれど、私は穴だけトイレを使う勇気はない。それならいっそ我慢する。また話がそれてるけれど、かまうものか。水道が来てない家の水洗トイレの使い方も、研修のときとかにちょこっと話を聞いていたけれど、まさか自分がやるとは思わなかった。あのとき聞いていてよかった、いまのとこ上手く流せてる。

前にも書いたけれど、200リットルのバケツ一杯に水を買って、250フラン。そのまま日本円に直せば、50円。2日に一回頼むとして(そんなに頼まないけど)、30日で15回頼み、250フラン×15回で3750フラン。日本円にして750円。これが上水道代って計算になる。下水道はどうなってるのか…よく知らない。

私のうちに水を届けてくれる、フランス語はちょっと苦手なお兄さん。

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ゾルゴに来て2カ月。未だに、ブルキナベにとって2,3日で200リットルのインパクトはつかめない。
ちょっとにg

ネスカフェに映って見えるありのままの姿


先週のジニアレでの会議と言い今週の先生たち向けの研修と言い、大勢のブルキナベに囲まれてなにも言えずにいる。会議はフランス語で進められ、モレ語(現地語)を喋らない分、頑張れば何とか単語から拾っていって、どんな話をしているんだろうなとか考えることができる。だけど会議の中でグループワークをやって意見を求められても、例えば環境教育の具体的な提案の中でその戦略について意見を求められたとしても、全く答えられない。ちょと顔をひきつらせて笑って誤魔化す。そんなときの私はブルキナベからみて、人魚姫かはたまたお地蔵様か…


そんな、一人で誰に話すこともできずに悩む私を癒してくれた存在が、『ポーズカフェ』!ものすごく好きになってしまった♪多分、これを嫌いな人はなかなかいないと思う。このポーズカフェや、イベントがあると必ずゲストに食事をふるまう文化があるのだとか。こういったものが、隊員支援経費の話とかで時々話題になっていて、JICAとしてはそんな活動の本筋ではないところにお金は出せないし、イベントでご飯を出さなくてもいいでしょうと言うんだけれど、ブルキナの人たちは、ゲストにご飯を絶対に出さなきゃだめ!なんだそう。その点をめぐって揉める、という悪名高い文化の一つだった、今までは。

ちなみに、いわゆるケータリングが多い。給食当番みたいな人たちが来てご飯をついでくれる。

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ポーズカフェにサンドイッチとコーヒーあるいは紅茶、昼食にリ・ソース(白ご飯にソース)とかパスタとかと、飲み物はファンタかコーラ。
とりあえず会議はとまって、リラックスして自由にお喋りしてもしなくてもいい時間で(笑)、暗くて寒い会議室からいったん出れるし、気分が入れ替わって、もっかい頑張ろう、って思える時間だ。私にとっては。



ジニアレ研修の3日目なんか、7時前に朝ごはんを食べて家を出たら途中でばったり友達に会ってカフェでサンドイッチを一緒に食べて、会議に行ったら進行上の都合でます最初、8時半にポーズカフェと、たまには朝ごはんを3回食べてしまうハプニングに見舞われたりもするけれど、それでもありがたい。


が、2時間ほどの張りつめた空気で進む会議の合間にあるものだから、その分緊張がほどけたブルキナべたちの素顔が見えてくる部分でもあったりする。ジニアレ研修のときにはまだそこまででもなかったけれど、ゾルゴ市役所会議室にて開催されたUNICEF主催の教員研修のとき。生徒たちに環境教育を施すことの大切さを講義で学び、そのあと、生徒たちに何を教えるためにどんなプログラムを組むか、例えばゴミを道端に捨ててはいけない、プラスチックごみは自然に返らないから…と議論していた人たちが、ポーズカフェの時間になった途端、我先にとカフェや食事にたかる。。。私は入りこめず。手を挙げて、指名されるまでは発言せずにじっと言いたいことを喉にひっかけて待っていた人たちとは大違い。私は最後でいっかと思って待ってたら、「まだなの?とってきてあげるよ♪」と言って颯爽と(?)この人ごみの中に、私の代わりに飛び込んで、ものの1分少々で本当にご飯をとってきてくれる。


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そしてもっと気になるのが、この床。ブルキナに来たばかりのときから知っていたけれど、もっといえば駒ヶ根の研修のときから聞いていたけれど、ちゃんと教育を受けていて、「ゴミはゴミ箱に捨てなきゃ」と口先では行っていても、平気で道端にゴミを捨てるブルキナべが大多数であるのは残念な事実だ。

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学校の先生たちでも、これだ。殊に、ついさっきまで「『ゴミはゴミ箱に捨てよう』と教えよう」と言っていた人たちだ。そしてここは市役所の2階なのに。確かに片付けも業者がやるけれど、はたしてそれでいいのか?といえば、私の答えは「いいわけがない」。
仮にも学校の先生だ。たくさんの生徒が見ている。生徒の親たちだって見ている。その先生たちの行動は、子どもたちにとって何よりのアニマシオン(啓発活動)になってるんじゃないか。

フランス語、まだ全然できないし、教師でもないのに教師のための研修に参加してるからそこのところは本当に申し訳ないと思ったりするけれど、言いたい。「まず隗より始めよ」それから「ノーブレス・オブリージュ」。そういう自覚を持ってほしいと、いや持たせたいと思う。




ブルキナ一等地のオフィスに潜入!!


事務所に持たされている、携帯電話。

突然だけれど。
実はブルキナの22年度1次隊はこの携帯電話についてトラブルがやまず。
隊員及びJICA職員は皆、Zainという会社の携帯電話を使っているのだけれど、
その隊員間の連絡とかでいちいちお金かけていられない!ってことで、皆使ってるからそこの電話代はタダにしてもらっている。。。ハズなんだけれど。

これが22-1のメンバーだけ、何が悪いのかお金がかかってしまう。
早く直してくれよ!!ときゃんきゃん言い続けたここまでの2ヶ月…改善の気配なし。


別件で首都に戻って、事務所に顔を出した時に今一度、いつ良くなるのですかと事務所の人に聞いてみたら、
「じゃ明日、自分の携帯持ってZainのオフィスに行ってきてくれ」と。。。私が言われた。
それが、昨日の話。


そして今日、朝からJICAブルキナ専属の運転手だけを従えて(従えられて?)Zainのビルへと赴く私。
目の前に迫るやつらの本拠地、紫と黄色の看板が眩しい。
先陣を切る、運転手。

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そして受付を通り、
階段を上って3階へ、
青いシャツの運転手についていって、ほとんど喋ることなしに…パソコンに向かって座っている女性に携帯を渡す。

あ…携帯運んだだけだ。


本当にほとんど何も喋らず、しいて言えば「写真とってもいいです?あ、ダメ?そうですよね、ハハハ…」
ぐらいかな。聞く前にちゃっかり撮ってたりする。


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そしてそこに座っていたおねーちゃんがパソコンでなにやら作業している間に、私はやることも無くって詰まんないからひたすらきょろきょろ。初めてみる携帯会社のオフィスに興味津々。
ここは今まで見てきたオフィスと全く様子が違う。差別発言と分かっていて、あえて言えば「ブルキナじゃないみたい!!」はっきりいって、私が勤めてる農水省県局のオフィスとはえらい違い。床も壁もデスクもパソコンやエアコンの数も全然違い、ガラス張りの壁があったり、OLがたくさんいるし、ゴミ箱が置いてある!!そしてもちろんみんな、ちゃんと仕事してる。これで服装さえみんなスーツなら、ヨーロッパとかアメリカとか言っても通じそうだなとか思ったりする。

そんなことを思いながらぼーっと座っていること30分ぐらい、作業が終わったというので
「じゃあさっそく試してみよう♪」
と逸ったら、いや設定が有効になるのは正午からです、と…

しょうがないから正午まで待つ。正午丁度じゃぁ早すぎると思って、お昼ご飯を食べて午後2時ごろ試してみる、夕方4時ごろリトライ。

…変化なし。やっぱりお金かかる。

調整員の人たちと事務所で夕方てんやわんやして、やっぱりほとんどみんな直ってないぞ、てことになって、結局電話番号を変更することでお金を払わなくても大丈夫なワクの中にいれようという話にまとまったみたい。
まぁ。。。今日こうしてばたばた走り回ったおかげで、やっと携帯の話はここまで進んだと思っていいよね。無駄じゃなかったと思うことにしよう!

ゾルゴにはまだ帰れない…


9月11日の日記より。


夕方、日も沈んで暗くなった6時半頃。
カーテンを閉めようとして窓に向かって、ふと見上げると、西の空に、絵に描いたような三日月。
晴れた、雲ひとつない空に、小さく輝く星を一つ、すぐそばに従えて浮かんでいた。

こんなに美しい三日月を見たのは何年ぶりだろうか、と思ってみた。
いや三日月が珍しい類のものではないけれど、
こんなふうに映えているのはめったに見ない気がする。
一瞬、心を奪われた。

まだ暫く、蛍光灯のつかない夜は続きそうだ。



最近、芥川や漱石を読んでいる。
芥川は昔から好きだったが、漱石は読んだことがなかった。何故かは知らない。縁がなかったんだろうと思う。
ただ小さい頃にアニメで見た「坊ちゃん」の印象は強い。
漱石本人の文章は読んだことがなかった。

大学4年のとき、とある悩み多き友人が漱石にはまったと言って、三四郎だったかなんだったか忘れてしまったが、その主人公に頗る共感すると繰り返していた。何の気なしに聞いていたので、どの作品のことだかすっかり分からなくなってしまったが、そう話す友人がいたことが今、漱石を手に取っている理由の一つになっている。さて、彼が話していたのはどの作品だったか…余計な考えを持ちつつ、その世界観を楽しんでいる。今このタイミングが調度好いと、勝手に思いながら。


明治や大正にかけての文章を読んでいると、その当時の人々の生活が目に浮かぶようで興味深い。
着物を着、畳に座り、ランプを灯けて洋書を読みふける。
蝋燭からランプに変わり、その明るさに驚き、そして慣れていった人々…

私が今、家で灯している明りは蝋燭と、電池式の携帯用LEDライト。LEDは実際明るくて、夜作業をする為に重宝している。が、その光の色合いやら揺らめく感じから言って、蝋燭の明りの方が好きだと思う。
損得勘定に訴えたとしても、LEDランプを使った方が安くつくんだろう。そう思うぐらい、電池も良くもつ。

が、どうせここまで(蝋燭まで)戻ったんだから、遊びじゃなく。
だからいっそ暫くは、出来るものなら、石油ランプを灯して夜を過ごしてみたいもの…と思ったりする。
裸電球の生産だってストップする時代なんだから、明治時代ごっこをするのも大変だろうとは、寂しくも思う。
まぁせめてここにいて、ファン・ホーテンは求めないからと。

さて一体、誰と話をしているのやら…?

慣れない文化


一番最初にゾルゴに来てからディレクターたちと買い物をしたときに気をつけるよう言われて、でも未だに直ってない癖がある。
左手を頻繁に使う、というシンプルなことだ。が、これがかなり重大なことらしい。
これまでまったく意識してこなかったことなので、気付いた時にはもう遅い、が今まで続いている。


人と関わる何かをするときに、左手を使うのは相手に対してかなり失礼なのだそうだ。例えば握手する、みんなと共有の大きな皿から食べ物をとる、人に物を渡すなどなど…
またイスラム文化が根付いていて、キリスト教徒も豚肉を習慣としてあまり食べないところらしく、左手で食事をすることもない。パンだけは左手で持ち食べてもいいらしいんだけれど。ちなみにラマダンの最終日(9月10日)は祝日になっていて、仕事は休み。一方でクリスマスも休日だけれど。


最初に言われた時は買い物をした時、お金を渡そうとした瞬間に、左手で渡すのはよくないんだと言われた。そうして右手で渡そうと試みると、上手くできない。渡せるには渡せるが、ものすごく不自然だったりする。多分、受け取る側も受け取りづらかったろうと…ぼんやり考えてしまう。




職場でお菓子を食べながら挨拶したときの話。色々補足説明が要りそうなシチュエーションであるが、意味のない文章が並んでしまうのが嫌なので省略。

お昼すぎの事務所前、お菓子を食べながらベンチに座っていた。ほぼ時間通りに来たディレクターと同僚が一人、隣に座っていた。そこへ、別の同僚が到着。こちらでは挨拶の際、(距離が遠くなければ)握手するのが普通。で、普通だと思って握手しようと右手を差し出した瞬間、その手首をつかまれる。
このジェスチャーは、手が汚れている人が手のひらで握手する代わりに手首を握らせるというもの。が、私は左手で食べていて、右手は汚れてなかった。それでも同僚は私の手にお菓子が握られているのを確認して、直接握手はしなかった。

その瞬間、またやってしまったと思った。こちらの常識にいつまでも溶け込めず、なじめず。こちらのマナーとして、右手で食事をするということ。そして、人に物を渡すとき(受け取るときも同様)には右手を使うこと。両方とも、きれいに忘れていた。実は直前に、ディレクターに左手でお菓子を渡していた。右手を使わなければいけないということを思いだしたとき、左を振り向くのが怖くなった。ちょっと、機嫌を損ねたかも??
最近、注意されることは少ない。町の人も「外国人だから」とおもっているのか、特に今まで言われたことはない。が、もしかするとその間にたくさんの人にいやな思いをさせてきたのかもしれない…


局長に出した報告書にこのことを書いておいたら、なんだまだ直ってないのか、間違えたらその左手をひっぱたくことにでもしようかと…子ども扱いされてしまった。

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