スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

この頃流行のお風呂事情


慌しく師走も過ぎようとしているところで、今年も残すところあと一日!!になってしまいました。

本当はもっと日記をたくさん書きたかったけれど、年末は忙しくて、パソコンを開くことさえ多くなかった気がします。
今日もこれを書き終えれば、明日に備えて寝ましょう。


今日は、特に午後から何事にも集中できない、良くない日でした。
ぼーっとしながら、ずっと考え事です。上手くいきません。何故なのでしょう。理由は火を見るよりも明らかなのだけど。



で、突然ですが、最近の私のお風呂事情を紹介します。
何故こんな年末に脈絡もなく、というタイミングですが、しょうがないです(答えになってない)。




私はお風呂が大好きで、時間さえあれば一日二回は入りたいと常々思っています。今は実家で親と暮らしていると言うこともあって、特にお風呂の時間などの自由がありませんが。

で、そのお風呂、入浴剤などを入れて楽しむこともままあります。
最近では泡風呂の素(?)を手に入れて、楽しかったし香りも良かったので、その泡を落とさずにお風呂から上がったりもしました。親には内緒で。


某テレビ番組で少し前に、お風呂に柑橘系を入れると暖まるといっているのを見たときからは、蜜柑や檸檬なども試しました。確かに暖まりました。


ところでそれをやってみて、思いついたことがあります。
柑橘系をお風呂に入れるのがありなら、そのほかの種類のものも入れてもよさそう!!

と言うことで、前々から考えていた、あるものをお風呂に入れることにしました。




091229_1905~01


さてさてこれが何かというと、ハーブティです。ただし、賞味期限が切れた。
飲むこともありますが、賞味期限が切れてて風味も落ちてるから、お風呂に入れてももったいない気がしない!!!

賞味期限が切れたお茶の活用法としては染色剤にする、と言うのを聞いたことがありますが、私は入浴剤にしてしまいました。紅茶煮になれそうです。


この紅茶風呂のやり方、紹介します。

①紅茶をTeaバッグに詰める(片づけが楽なので)。お湯を多めに沸かす。

②洗面器に熱いお湯を入れて、温めておく。

③お湯が沸いたら洗面器のお湯を捨て、その洗面器に紅茶の入ったTeaバッグを洗面器に落とし、熱いお湯を勢いよく注ぐ。

こんな感じになります。
091229_1904~01


④別の洗面器をかぶせて蓋をし、しっかり蒸らす。

⑤いい感じに紅茶が出てきたら、湯船に足す。



洗面器に作ってるときはものすごく香りがするけど、大き目のTeaバッグを使っても所詮、湯船は何十リットルもあるので、足すとかなり薄れる気がします。

それでもお風呂は甘くさわやかな香りがして、体も暖まるし肌も綺麗になってるような…



気がします。



ハーブティがなくなったら、アールグレイあたりに挑戦してみようかな。






幸せについて考えてやまない、今日この頃です。

年末なのに何やってんだろ。
スポンサーサイト

思いがけず、さくさくぱんだ


私が初めてサンタさんになったのは、たしか中学3年か2年のときだったと思います。夢見るゆめこちゃんでした。でも、サンタさんになったのはゆめこちゃんだったからなのに、そのときから(一部)大いに大人になったと思います。


最近はクリスマスと言う言葉自体に冷めてきている感がありますが、
やっぱりプレゼントを渡して大切な人を喜ばせたいと思うもの。
普段はなかなか自分の思いを伝える機会がない所為にか余計に、このイベントに乗っかってあの人を喜ばせたい…と思ったものか。




今年、ちゃんと贈り物をした相手は一人だけ。誕生日が近かったのもあったのでまとめて送ったら、電話が掛かってきて、
久しぶりにおしゃべりができて私にとってもいいプレゼントになって返ってきました。
これに関しては期待してました、期待通りにはなかなか行かないもので、だからどうして、こんなにも幸せになりました。


それから、思いがけずメールやプレゼントを頂いたりもして、ささやかなメールだけでも嬉しくなるものだと実感しました。なので近しい人にだけ、その気持ちをおすそ分け。


そして一番思いがけなかった頂き物が、さくさくぱんだ。
これです。

IMG_1674.jpg


バイト先の人が、
「パンをくれたお礼」
といって渡してくれました。

パンなんて、そんな昔のことをいつまで覚えているのやらとはおもっても、やっぱり嬉しかったです。
可愛らしいパンダのチョコビスケットで、ものすごく甘いにおいがしました。一日で全部、平らげてしまいました。



はっきり言って、こけました。


右折し損ねました。


2,3日前の朝、バイトいく途中に交差点で右折時、
自転車がいるのに気づかなくて急ブレーキ、

で、転けました。



スピードも出てなかったし厚着だったし、自分の体には怪我はかすり傷さえなかったけど、

右前のウインカーが半分以上なくなりました。


091223_1445~01


はい、ごらんの通り。
電球は換えたから光るけど、やっぱカッコ悪いです。


ライトのカバーは直るのもちょっと先。




フロントのフォークも曲がってたから、
バイトの休憩時間に慌てて修理を頼みに行ったら、お店のおっちゃんが

「これ、中国製じゃろ?やおいけぇのお、すぐ曲がる。じゃけ、こうやりゃすぐ直る」

と言ってハンドルを2、3回切ってタイヤを花壇のブロックにぶつけて…



ホントにおおよそ直ってました。
なんかめちゃ悲しいです。


「エンジン音も高い、すぐにダメになる。キャブレータもこれじゃのう。」

なお悲しいです。次は国産車を買おうと決意の瞬間。




091223_1446~01



ちなみにミラーも割れたけど、この写メ分かりづらいですね。
これは一応見えるし、直さずにおくつもり。




またバイク壊しちゃったけど、
かわいい女の子に怪我させなくて良かった。あの子にもめっちゃ心配掛けちゃいました、自分の不注意で自分一人でこけただけなのに。

ブルキナファソ(Brukina-faso)ですよ♪


最近、パソコンの不調に悩まされています。目立ったトラブルが表れているのはモニター。時々ブラックアウトして、画面に何も映らなくなります。他は正常に動いているのが分かっているので、余計に腹立たしいです。
今すぐにでも修理に出したいけれど、何しろメーカーがdellなもので、修理に出すだけでもかなりのコスト。2万前後掛かるようで…で、さらにパーツを交換して全部で5万近く掛かるのでは??と思うと、それならいっそのこと新しいパソコンを買ったほうが早い気がします。
性能がいいのはありがたいけれど、はっきり言って私は持て余してるし、アフリカにもって行くことも考えれば、新しいものを、という選択肢はかなり現実的。どうしたものでしょうか。あと半年、悩みましょう。






ところでこの頃、アフリカに青年海外協力隊としていくという現実をかなり実感させられる出来事がたくさんあります。

ブルキナファソという国に行くのですが、そのブルキナという国に行ったことがある人、行っている人たちと連絡が取れたり(中にはJICAのコーディネーターも!!)、1月から協力隊として広島から旅立つ人たちの壮行会にも行きました。


こういう出来事には焦らされます。夢ではありません、とタバコの火を押し付けられたような、じりじりとした熱さがこみ上げます。(最も、実際にタバコの火を押し付けられたことはありませんが。)
私はどうもワクワクしてきてしまうのですが、私よりも一期先にブルキナに行く予定の人は、不安が多いようで…まぁ一月から研修があって荷造りなどをしていれば当然かもしれませんね。

私たちにとって一番の不安になったのは「フランス語」。
何しろ、事前研修で一番落第しやすい(つまり、協力隊として海外に行けれなくなる)確率が高いのが「フランス語」だと聞いたのですから。
今回も、駒ヶ根では2名の脱落者が出たのだとか。
健康診断以外はほとんど心配がないと思っていた私(たち)にはかなり衝撃です。真面目に勉強しなきゃ。。。


ブルキナはいいところみたいです。で、現地に行ったことのある人に写真を見せてもらったら、意外と自分の乗ってるバイクと似たような形のバイクが多くて、カブみたいなのに乗せられると思っていた私は、期待感が高まってます(笑)。
コーディネーターの方のお話では、私が行くゾルゴと言う地域は、まだ協力隊が派遣されたことがないとか。現地の人にとって、初めての協力隊、日本人かもしれない。。。こういうとき、第一印象が大切、ですよね。そういう意味でもプレッシャーが増えました。


少し前にテレビで紹介された、ブルキナで日本食というか居酒屋をやってる人の、知り合いとも知り合いになれて(笑)、はじめは家族初め周りの人に(そもそも自分だって)「ブルキナファソって何処よ???」といわれてましたが、なーんだこんなに繋がりのある、意外とかなり身近に感じられる国なんじゃないかって、北風の隙間から太陽が見えたような感覚です。


1月も後半には、2週間の補完研修で(多分)東京に行きます。本当に東京なら、研修そっちのけでショッピングとか友達とのご飯を思いっきり楽しみたいと思っています。だって報告書とか、書いたことないし。
来月からがものすごく楽しみです。今月はバイトの予定ばっかりしか入ってないけど、来月になれば(笑)

今日はずっとうちに居ました♪


師走ですね。忙しいですね。毎日、うちには寝るためだけに帰ってる感じのこの頃ですが、久しぶりに朝からだらだらとテレビを見たりしてました。天気もいいし、寒くなければ文句なし。




IMG_1667.jpg


IMG_1673.jpg



突然ですが、またまたジェルネイルをやってもらいました。
今回は写真が近すぎて分かりづらいと思って、二枚載せました(笑)
フラッシュをたいたのと、たいてないのと。どっちもそれぞれ、分かりづらいですが、二枚あれば惑わされないかな、と思って。余計な心配しました。

前回のピンクが失敗だったと思ったので、今回は金色に戻してもらったのだけど。

ネイリストさん:「じゃあ今回はクリスマスの特別カラーで…ちょっと地味目に。」

え、「派手に」の間違いじゃないの??って思ったけど、確かに若干地味です。



だけど今回は、深爪のし過ぎでちょっと血が出た爪とか、何処に引っ掛けたのか欠けた爪もあったり、自分のせいであんまり綺麗に見えません…やってる途中で毛布を触って、途中の爪を毛だらけにもしちゃったし。
せっかく時間がない中で急かしまくって、それでも丁寧にやってくれたネイリストさんに本当に感謝し、同時に申し訳なく思います。

ネイリストさん、ちゃんとバイトには間に合いましたからね!また次もお願いします。!!



これは火曜日(15日)の出来事。

死刑廃止論は論拠がない。


私事だが、アムネスティ・インターナショナルと言う人権活動団体の会員になっている。
たまに会報が送られてきて、かの有名な(?)はがき作戦のはがきやグッズの申し込み用紙がセットになって。

アムネスティの掲げるキャンペーンの一つに「死刑に異議あり!」キャンペーンがある。会報の2009年11月15日号、『Amnesty newsletter 通巻412号』でも、この死刑廃止キャンペーンの特集が組まれていた。

IMG_1666.jpg
(Amnesty newsletter 通巻412号表紙)

他の人権活動はともかく、この死刑廃止キャンペーンには賛同できない部分が多い。このあたりを見ると、アムネスティはやはりヨーロッパ人(アングロサクソン)が自分たちの価値観を世界に押し付けている活動なのだと思う。
ことこの問題に関して、全体主義的圧力を日本にもかけようとしている。人権の名の下に誰かを救いたい、と言うよりは自己満足のための活動であるようにみえる。
「郷に入っては郷に従え」というありがたい諺を持ち出すまでもなく、感情的で扇動的な活動だ。シーシェパードの捕鯨妨害活動に近い脅迫感が漂う。

このアムネスティの扇動に批判的な文章を見つけたので、引用しておく。

 アジアとアフリカと南米には猿しか住んでいないと思っているアングロサクソンの民族差別急進派は、捕鯨を野蛮と断じ、死刑が廃止できないのは文明が遅れているせいだと決めつけてきました。
 アムネスティの最新統計によれば、死刑廃止は一一二カ国、死刑存置は八三カ国と両者は逆転し、国際世論は圧倒的に死刑廃止の流れに向かっている、ということになっています(Amnesty International, Facts and Figures on the Death Penalty)。が、アムネスティの煽動的資料には意図的な虚偽が多いので注意してください。
 これらの統計でも、ハイジャックによるテロ犯罪に死刑を適用する特別法をもつ国々まで、それが特別法であることを理由に「死刑廃止国」にカウントし(一八ヵ国)、しばらく死刑執行がないことをもって「死刑廃止国」に(二五カ国)、有事や内乱罪にのみ死刑条文がある国々も「死刑廃止国」に算入しているので(一三ヵ国)、これらをすべて補正すると結局のところ、死刑廃止は六一ヵ国、死刑存置は一三九ヵ国というのが最新の色分けになり、国際世論が廃止の方向に動いているわけではないことがわかります。アメリカやナイジェリアのように、州によって刑法が異なる国々もあり、それらも考慮すると「刑法」単位では七八%が、人口では九二%が死刑制度のあるエリアで生活していることになるのです。

(日垣 隆『裁判官に気をつけろ!』文春文庫)

ちなみに『Amnesty newsletter 通巻412号』では、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止しているのが九四ヵ国、通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止しているのが一〇ヶ国、事実上の死刑廃止国(しばらく死刑執行がないということ)が三五ヵ国、存置が五八ヵ国となっている。


日垣氏は国内の死刑廃止論に対しては真っ向から反対、「アングロサクソンに魂を売り渡してしまった」とまで言う。
捕鯨問題のためにシーシェパードなどが近年繰り広げている活動を見れば、誰しも「怪しい……」と感じるところではあるであろう。捕鯨船に化学物質を投げつけたり、イルカ漁を撮影し、日本の文化を攻撃するためだけにフィルムにして公開するといった人々を見れば。あれは既に、テロのレベルである。


日垣氏は先ほど引用した文脈を、尊属殺人が日本で廃止されるに至った経緯を紹介し批判する前段として示している。氏は、長い歴史と文化に育まれた法体系があり、それを無用心に変えてしまうことへの危険性を訴えている。

金融大臣の亀井氏は御手洗会長に「あなた方が尊属殺人を増やした」と発言したが、その可能性は否定できないところだろうと思う。ただし、説明できるかも微妙であるが。むしろ刑法200条(尊属殺人について)が削除された影響が大きいと言う論のほうが説得も納得もしやすいだろう。
尊属殺人規定が廃止されたことで「親が子を守り、子は親を慕いつつ、巣立つまでは親とは対等ではないのだ、という当然のモラルを破砕する大きな一歩」になったと言う。正しい。親と子という関係ではなく、個人と個人になったときに崩壊する道徳や価値観はある。


死刑廃止についても同様であろう。
死を以ってしか償えない罪がある、という道徳。武士の、日本人の美徳だ。
それが海外で「野蛮だ」と言われたら何も考えずに「その通りだ」ところっと海外に擦り寄っていいのか。日本のモラルどころか、主権も怪しくなる。

アムネスティは会報の特集の中で「2006年のクリスマスに行われた4人の執行は、キリスト教が広く信じられている国々から野蛮と非難されました」と書く。日本が法に従って全くの問題なく国務を執行したことを、さも批判されるべきことをしたと言わんばかりの論調で書くが。
ではしかし一体、東京軍事裁判という戦勝国のリンチで昭和天皇の誕生日に起訴をし(昭和21年4月29日)、今上天皇の誕生日にA級戦犯7人の絞首刑執行(昭和23年12月23日)をしたアメリカを批判せずにおいて、日本の行為は野蛮だなどと。アメリカの行為こそ卑劣を極めたやり方である。

そしてそもそもの野蛮と言う言葉が、ヨーロッパが他の世界を上から目線で見て未開だなどと蔑むために使う言葉だ。構造主義を確立し、ヨーロッパが他の世界に文化・文明的に開けていて優越しているという信念を打ち砕いたレヴィ・ストロースは今年、100歳で亡くなるに至ったのに、未だに「野蛮」という差別語を使って相手文化を否定するのはもはや生きた化石のレベルである。ただしカブトガニとなど違って、すぐにでも絶滅するべきの。


日本の美徳の話に戻れば、死刑にされることは恥とし、寧ろ自分から腹掻っ捌いて罪を償うという美徳も、時代劇の中にしか見られなくなったら、忠臣蔵だって何が面白いのか理解できなくなってしまう。


p.s.『Amnesty newsletter』の特集の中で、「裁判員に選ばれたら死刑判決を下せますか」ってアンケートをやってるんだが、自分でやっておいて「注目を集めました」で片付けちゃってる。「出せる」と「出せない」が63対72でおおよそ半々、この結果にはコメントなし。アテが外れたね。この調子なら死刑廃止論者は日本にはもっと少ない。日本での死刑廃止は、実現したとしてももうしばらく先だね。

| そば屋さんちのふろふき大根 ホーム | 次ページ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。