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「makoto」


「makoto」ってタイトルのフリーペーパーを見つけた。
まともに読まずに、英語だと思ってた。ちゃんと読んだらローマ字だった。


これを何処で見つけたかというと、西本願寺の門辺り。
西本願寺の広報のスタッフ(今お寺に居るのは坊さん以外にも様々。)が作ってるっぽい。ターゲット層も誌自体も薄い。

で、自分がチェックしたのの話だけすると、テーマは宇宙。で、種子島の写真以外は仏教色が前面に出てる(当然か)。


中で気になったのは、「縁起」と言う言葉が仏教用語として紹介してあった文章。仏教の言葉だとは考えたこともなかったぐらいに日常になじんでる言葉だけど、「様々な因や縁が寄り集まっている、世界は全て繋がっている」という思想らしい。で、宇宙と世界との繋がりを感じよう、と短く分かりやすくまとめてある(彼國の便り)。

私がこれを読むとどうしても、この思想が経済だと思ってしまう。「宇宙=経済」だ。
私の経済活動(お金に関わらず、だけどお金が一番分かりやすい)は全て世界の経済活動と繋がっていて、私が消費をすれば世界が動く。

例えば私はその日、\10,000-使った。そうしたら、私の手から他の人に\10,000-渡って、それを受け取った人が今度はちょこっとは貯金はすれども\7,000-使って、次に受け取った人がそれを\4,500-ぐらいは使って…と。
で、私もそこそこはバイトしてて、月に7万円ぐらいは稼ぐ(少ない)。世界はそうやって循環してる。



この俗世の発想、というか思想、10年も前に(遊びで)出家してても、やっぱり今でも(あるいは今のほうがなおさら)、私は御仏の救いを受けることが出来ずに、その苦しみを俗世の娯楽を必死になって消費することで埋めようとしている、ダメな人間だなぁ。

一生救われそうにないし、人を救うことも出来ないんだろうなぁと。
そう思いながらまた、消費する。
世間には「景気付け」見たいなのがあるように、どーんと惜しむことなしに消費することで幸運を呼び込もうという信心もあって、これはまさに、自分が経済活動を起こせば世界も動く、あるいは「情けは人のためならず」と言う言葉と同義なのでは、と個人的には思うけど、同なんだろう。



そういえば最近、新垣結衣がNHKのCMで「愛はキャッチボールだと思う。自分が投げるから相手も返してくれて…」見たいな事をいってたけど、
まあそれでもいいけど、そしたらそれはいつでもニコニコ現金払いというヤツで、世界が膨らまないと思う。
やっぱり現代経済には「信用(Credit)」ってものがあるんだし、ボールを投げたからといってすぐにそれが返ってくるのを期待するんじゃなくて、ボールが違う人に行き渡り、それがいろんな人を経由して最終的に自分に戻ってくるって感じで期待してなきゃ。信用取引でバブルが発生する!!(笑)
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魅力だらけの京都


11月25日、京都に行った。京都の価値を感じながらの味わいは初めて。


行ったのは、駅から西本願寺、祇園あたり、飛んで大徳寺の前でショッピング、金閣寺、四条河原町でショッピング、また飛んで大阪、梅田。

泊まっていたお宅の方に「熟年 てくてく歩く京都 ぶらり旅」ってガイドブックを借りていったけど、いろんな意味で間違ってたね。
次はもっと、一週間ぐらいとってのんびり京都を満喫したい。


西本願寺は、小学5年か6年の時に一度行ったことがある。中でおままごとみたいな修行をして、おかみそりを受けた。ほとんど記憶に残ってないけど、いつも心のどこかで自分のルーツとしてあるところ。
観光目的の訪問はお断りだったので、落ち着いて参拝できたのがよかった。昔座った本道に、こんなに大きくなってから座ってるなんて、小学生のときには想像できるはずもなく。
ただ人気もなく、涼しくて暗い本堂がすごく落ち着いた。

本願寺に参ったあとは、バスに乗って祇園あたりへ。祇園の手前でバスは降りて、高台寺やねねの道、八坂神社に知恩院などをさらっと見て、祇園を少し歩いた。
この辺で気付いたけど、京都のお寺って、全部スケールが違う。全部が全部、大きい。
本当はもっと時間をかけて歩き回って、全体を実感したいけど。ばたばたと歩き回るだけ。
祇園では藍染のお店を少し見て、次に来たときにはリベンジだって思った(笑)まぁ角帯ぐらいは買えるお金持ってね。


祇園を見たらまたばたばたと、バスに乗り込んで京都も反対側、大徳寺まで大移動。で、横目に眺めながら、一番行きたかったお店でショッピング。昨年から使い始めたスケジュール帳、今年のはネットで買ったけど、来年のはこうして図らずも京都に来ることができて、直接見て決めれて、幸せだった♪
こじんまりしてたけど、可愛くて欲しくなる雑貨ばっかりだった!!
で、年末に誕生日を迎える友達へのプレゼントも一緒に買っちゃった☆


次に行ったのは金閣寺。今回、観光目的では一番行きたかったところ。写真でしか見たことがなかったから、あの金ぴかの屋敷がデーンと座ってるのを眺めるだけ、をイメージしていた。そしたら、あの寺の空間全部が金閣に負けず劣らず、風情のある風景だった!
現代の都会の片隅にあるとは思えない、敷地内の庭と全ての風景が見事に調和した空間。月並みな言い方だけど、計算して描かれた絵画のよう、何処から何処を見ても。歩いているだけで歴史の波に洗われ、心が浄化されていくよう。

最後に抹茶とお菓子を頂いたけど、もっとゆっくり頂きたかった。なんかこう、時計ばっかり見てせかせか、せかせか歩き回ってたから。


で、最後に中心のショッピング街にいってちょこっとショッピング。ラッシュアワーだったから落ち着かなかったけど、行きたいお店にも行けて楽しめて、ほんとに楽しかった。
京都…ものすごく好きになっちゃった。

憧れのドイツより 思いを馳せて


数日前の新聞の読者投稿欄に、友人の名前が出ているのに気付いた。


名前と職業、住所が一致しているようだったからあれ、って思って。
苗字が分からなくって確信がもてなかったけど、調べてみたらやっぱり。間違いない、と思った。イギリスから日本の新聞に投稿して、私にはまだイギリスに行ってからメールをくれない。。。

ひがむよぉ…



その記事を見ると、11月上旬にはベルリンに居たみたい。で、壁の崩壊20周年に思いを馳せてるみたい。
歴史を学ぶことで見えてくるものがあると信じ、積極的に世界中歩き回ってる人で、「将来は平和のために働く」って恥ずかしげもなく口にする人だ。広島出身ってのもその人にとっては大きい要素。

またこれが勉強好きな人で、私と違って。
現地でもわざわざ強制収容所跡なんかをみて廻ったみたい。らしいよね。



ところでドイツには兵役がある。つい最近、知った。

そのことを教えてくれたのは、ドイツのなかでもベルリンと反対、バイエルン州都ミュンヘン出身のコニーという男の子。
コニーは今年9月にドイツから日本に来て、働いてる。
大阪に居るから、帰りの新幹線に乗る前に会いに行って、しゃべってたらそんな話になった。

「兵役に行きたくなかったから、日本に来た。」

そんなコニー。体はでかいけど、心は小さい??
つまり兵役のかわりに日本に来て働いてると。なんでそれで兵役パスになるのか分からんけど。もしかしてドイツ人はみんなからだが大きいの、兵役があるからじゃないの??

で、核兵器廃絶運動のアクションで大阪に来てた私が

「兵役?もし(日本に)あったら行くよ。」

といったら不思議がる。
「なんで?」と言われて、その時はちゃんと答えられなかった。


自分の中にも複雑なものはたくさんあるけれど、これの答えは本当は簡単、と思う。

核兵器は虐殺兵器だ。なんでダメかって言うと、まずだれかれ見境なく殺すこと。それから、人間以外の動物へも多大な影響があること。
もうひとつは、破壊すること。街を自然を全部壊して焼き尽くす。暴力のレベルを超えてる。

兵役は一方で、つまり兵隊になるってことは国を守る人になるってこと。(侵攻する場合も考えると、主権を代表するってことになるのかね。)
古代アテネの市民なんかは、兵隊になることで参政権が得られた。これ、象徴的。
本当の国民になること、国の代表になること、それは国のために血を流すことができるってこと。


無差別に殺すものと。大切なもののために命を投げ出す覚悟。


だから私は核兵器廃絶運動はするけれど、もし兵役があったら行く。
兵隊になるって、誇りがなきゃできないことだと思う。
兵役というカタチがあってもそれから簡単に逃げ出せるものじゃないと思う。



コニーが兵役から逃げたいと思ったのは何故だろう。口ぶりから言えば、戦争なんか怖くてやってられないってところだろうか。兵隊が居なけりゃ平和だろうか。兵役に行かなけりゃ、平和主義者??

過去はある。数十年前の出来事も、もっと昔の出来事も。
それを真っ黒に塗りつぶせばいいのか、それとも赤線引いて声に出して読めばいいものやら。



それにね、兵役に行けば体格もよくなるかも知れないしね♪

ぼくの好きな京都


今週は月曜から大阪に居たのですが、昨日は時間ができたので半日ずっと、京都を飛び回ってました。で、その時にショッピングに行って買ったものを紹介します♪




IMG_1663.jpg

ここ最近使ってるスケジュール帳は「おはりばこ」という雑貨屋さんのものです。
おととしの暮れに、バイトしていたデパートの企画展で見つけて一目ぼれ、
ちなみに今使ってるのはネットショッピングで買いました♪

今年はこうしてはからずも京都に行くことができたので、憧れてた店頭で、ダンボールにいっぱいあるのを見せてもらいました☆それだけでもめっちゃ嬉しいのに、その中から迷いに迷って来年のスケジュール帳はこれに決定!!いつもに増して豪華です。



IMG_1664.jpg

で、その「おはりばこ」でついでに、年末に誕生日を迎える友達にプレゼントとして買っておきました。本当は自分で使いたいぐらい、でも喜んでくれれば、って思って買いました。なぜかここで公開。年末が楽しみです。



IMG_1665.jpg


これもデパートの京都展で知ったブランドなんだけど、いつもは東京のパレットタウンに入ってるお店に行きます。けど、こっちが本家。
京都では商品の種類ごとにお店が別れてて、今回は足袋のトコしか見れんかった。遊び心いっぱいの足袋靴下も足袋靴もあって好きなんだけど、今回はこれで我慢。
一番左のヤツはね、膝丈まである!!東京では見たことなくって買っちゃった。



今回、短い時間の中でも京都を見て思ったのは、
京都って日本で一番お洒落なトコだってこと。
東京は確かに最先端で世界から注目されてるファッションの聖地のひとつではあるけれど、「世界の東京」は日本の最先端じゃない。少なくとも私はそう思った。まだやっぱり東京って田舎で、日本の中では野暮ったいとこってある。
日本で一番お洒落は京都だ。ファッションのみならず、文化的にも日本らしさ、日本のよさを確実につかんで現代にアレンジしてプロデュースしていくのは京都。
まだまだ表面的に少しずつ京都を知り始めたばかりだけど、その魅力はすごい。これからもどんどんはまっていきそう。

明日は京都でどの辺を歩いたか報告します♪

続・300円事件 ~全知全能の神はギャンブルがお好き~


~裁判官入廷~

「起立。礼。」
がたっ がたがたっ


では、最終弁論を。検察官、論告を読み上げてください。


「はい。」

がたっ

「…頭書被告事件について、検察官の意見は次の通りである。
本件公訴事実は、当法廷において取り調べられた各関係証拠により証明十分であると考える。被告人および弁護人も、百円玉3枚をレジ付近にて拾い、それを自らの制服のポケットに入れ、もって横領した事実について争ってはいない。
ところで今回の争点になった百円玉3枚であるが、これらはレジ付近にあったという事実、ならびに事件直後に行われたレジチェックにてレジにあるはずの現金が300円足りないと言う事実を持って、これらがもともとはレジの中にあったとし、被告人自身もそのことを分かっていたとする検察側の主張は証明十分であると考える。
また被告人は現在フリーターという身分であり、ただでさえお金に困っていたこと、そしてアルバイト先の『あんちょびパスタ』から十分に仕事と給料を受け取っていないと感じていたという事実から、被告がこの300円についてだれに報告することもなく、身勝手に横領するにいたった動機も示せるものと考えられる。
今回被告人の行った行為は、その300円という小さな金額であるにも関わらず、勤務中に拾った金銭について誰にも報告することなしに済ませたと言う、勤め人には在らざる行為であり、一社会人として激しく常識とモラルを欠いている。にもかかわらず被告は反省することなく寧ろ開き直り、自分の拾った300円とレジの中から消えた300円は同じものではないと主張する。大変身勝手に自己正当化をはかるばかりで反省の態度を見せない被告は、今後も再び本件と同じような行為に及ぶことが考えられ、その際反省はきわめて高いと考えられる。
以上、検察側としては諸般の事情も考慮し、関係法令・相当法条を適応の上、被告人を懲役6月に処するのが相当であると思料する。 以上。」

がたっ


では続いて弁護人、どうぞ。


「はい」

がたっ


「今回の事件について、被告人が300円を持ち去ったと言うことは本人も認めている事実です。しかしながら、被告が拾った300円は、これはもともとレジにあったものであるとは証明できていないと弁護側は主張します。加えて被告人も当時、そのように判断したのです。
さらに言えば今回問題になっている百円玉3枚について重要なことは、ゴミ袋の中に捨ててあったという事実であります。つまり、その百円玉3枚に関して持ち主はその権利を放棄していたとみなす事ができます。被告人は持ち主が権利を放棄したものを取得したに過ぎず、この点を以っても占有離脱物横領には当たりません。そして被告人はこのことを確認しています。
検察側のおっしゃるとおり、被告人は300円がレジからこぼれたものである可能性を疑いました。だから、『300円足りない』とつぶやく社員に対して『足りないとどうなるのですか』と聞いたのです。そして、『別にどうにもならない』という回答を得ています。つまり、百歩譲ってもし仮にその300円がもともと『あんちょびパスタ』(仮名)のものであったとしても、『あんちょびパスタ』(仮名)側はその権利を放棄すると、そういう回答であったわけです。
つまり弁護側の主張としては、被告人の持ち去った300円はゴミ袋にあった時点でもとの持ち主の権利から離れており、被告が占有離脱物横領と言う罪を着せられるいわれはありません。
被告人にかけられているのは無実の罪です。裁判所にはこの事実をしっかりと認識し、良識ある立場から判決を下していただきたいと思います。以上。」

がたっ


では被告人、これであなたの審理はほぼ終了しました。最後に何か言いたいことがあればどうぞ。


……



分かりました。では次回でこの審理には判決が下され、あなたの裁判は終了します。宜しいですね。では、閉廷。


明日から


最近あったことだ。

ある人と、会う約束をしようとした。

先方、「23日15頃か25日15時ごろなら空いてる」と連絡してきたものだから、私は喜んで私が空いてるほうの25日に「会おう♪」とメールしたんだ。そしたらその後、「25日はダメになりました、23日ならいいんですけど」とぬかす。

私はカチンと来て、それ以来連絡してない。向こうからは再度、謝罪メールが来たけど…会えなきゃ意味ないんだ。私はそう思ってる。次に来るチャンスが、いつあるかも分からないのに、せっかく喜んでメールしてあう日を決めたと思ったらこれだった。私はこれ、「避けられた、私に会いたくないんだ」と言うふうに感じた。向こうが謝ってくるように、ただ本当に都合の問題なのかもしれない。それは私には確かめられないこと。そんな不確かなことはいいんだ。

ただやっぱり、私にあれだけ期待をさせておいて、『やっぱり無理です』はからかわれたというか、ばかにされたように感じてしまう。だから、怒ってることもそうだけど、これ以降も連絡を取り続けていく意味だって感じられなくなってくる。また会う約束をしたと思ったら「会えません」って言われるかもしれないと思うと、平たく言えば怖い。
そうじゃないだろうか。

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