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ある協力隊応募者の悩み。


今日は広島市で開催された、協力隊の応募説明会に行ってきた♩

って言っても、私は応募する訳じゃないよ、もちろん☆
協力隊OBとして、協力隊になりたくてor興味はあるけれど未だ分かんなくて、という人たちに、
活動の体験談とかをちょこっとだけ話しに。


会場の入り口。
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と、我らがナイスガイ、広島で国際協力推進員をつとめている大塚さん!
だれか、ストーカーしてあげてください。。。
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東日本大震災以降、応募者がめっきり少なくなったと言う協力隊。
それはしょうがないし、今日も本当は50人とか来てほしいところに、20人ほどしか来ていなかった。
それでも、協力隊に興味を持って、こうして説明会に足を運んでくれる人がいるという事は、主催者ではないけれど、嬉しい。
思えば私も、説明会は静岡と広島で一回ずつ来ている訳で、
そこで聞いた話ももちろんだけれど、今までも続く関係もそこで出来て、
今でも大事に出来ているものもある訳で、
今後もそういう種がここで撒かれ続けてほしいなと思ってみたりする。


説明会では、そもそも協力隊とは、と言うところから、
制度面の説明とかがあって、
その後に私たち、隊員OBにインタビュー、そのあとはそれぞれ気になる隊員のところに
直接話を聞く事が出来る時間が設けられていて。

私は来てみたものの、対して話が出来るほどの活動もないし、
そんなんでいいのかな…とか思いながらインタビューとかの受け答えをして。
でもインタビューの中で、一回しかしゃべらなかったから、
アピール的に弱かったかな、情報なさすぎて誰も私の話聞こうって気にならないんじゃないかな、
なんてネガティブに思っていた。

でも、その後の好きな人の話が聞ける時間になったら、
二人の出席者が私のところに話を聞きにきてくれて、めっちゃ嬉しかった!
そして「これ、ブルキナで作った!」って言ってぶるるを見せたら、
興味を持って、「借りてもいいですか?」
とまで言ってもらえて!行ってよかった♩


実際に出席者の話を聞いてみると、協力隊に参加したいけれど、
大学卒業間近で、経済学科で、でも自分には途上国で役立ちそうな大した能力もなくて、
というちょっと前の私みたいな悩みを持っている人も居て、
応募書類も、一度書類審査で落ちてしまって、なんて、
「2、3年前の私じゃないか!」
って言うくらいに似たような感じの人も居て、
そういう人に、自分の経験から、ささやかながらアドバイスめいたものが出来る可能性があるんだなと分かった。

私は新卒ってことにあまり悩まず、新卒で協力隊に行ったOBに相談も何もしなかったので、
ちょっと新鮮な感覚だったかも。


そういう人たちの手助けに、私の経験が少しでもなればいいなと思う。
明日も頑張ろう、って思った瞬間だった。

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体験談話してきた!


今日は協力隊経験の体験談を話してきた。

母校とかでも全然話してないし、だから今日が、初めて体験談を話した日。


東広島にあるJICA中国にて、
話を聞いてくれるのは山口県高水高等学校付属中学校の3年生たち。

そしてJICA中国敷地内に入ったところで気付く。
「あ、カメラ忘れた。」
予備バッテリーは確認したのに!んもぅ!
しょうがないので今日は、携帯で撮影。。。


お昼ごろにJICA中国について、
中学生たちが貿易ゲームをやっているのを見学してからの体験談。
貿易ゲームをやるって知っていたので、体験談の最初は貿易ゲームの話を織り交ぜて。

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でも、自分たちが訓練中にやったのとはずいぶん印象が違ったなぁ。
時間が短かったりというルール設定の他にも、お互いが既に同じクラスで半年過ごした友達同士だったり、
小さな会場で、隣の国との距離がすごく近いっていう、
ゲームのルールとかとは違った部分から出てきた違いもありそう。

でも、短い時間の中でもそれなりに先進国や後進国の間に個性が出ていて、面白かった。



貿易ゲームのときにはすごくやんちゃで元気のいい中学生たち、ってイメージだった子たちが、
私の話になったときには、とてもいい子して聞いていたので、ちょっと驚いた。でも安心した。

緊張したけれど、自分が協力隊に参加するきっかけになった、世界の構造の理不尽さや、
一番の目的だったブルキナを知ってもらう事は、みんなに理解してもらえたんじゃないかと思う。

まじめなところはまじめに、面白いところは面白くというメリハリを付けるのは難しい。
特に、面白い事を言うのは難しいなぁ。

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カリテバターを2種類持っていって、一つはBODY SHOPのボディクリーム、
もう一つはブルキナから持って帰ったカリテバター100%を、両方、子どもたちに試してもらったら、
100&カリテバターの方は、
「くさーい!」
だってさー。。。めっちゃ凹んだ。こんないいにおいなのに。
やっぱ、日本人にはにおいが強すぎるのかな、基本的に。
BODY SHOPのほうはやっぱり、みんなに受け入れられるにおいにしてあるんだな。

でも本当に、ブルキナの話を中学生たちがすごく真剣に聞いてくれたから、すごく嬉しかった!
また体験談、やりたいなー。

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理想の為に一歩ずつステップアップしていくということ


さてさて、活動振り返り編と銘打ったのはいいものの、何から書いていいことやら。
本当は、自分の2年間全部を洗いざらい整理し直して、新たな価値づけをした方がいいんだろうけれど、
そんな余裕もない。
そもそも、2年間の活動と表現したならば、違和感がぬぐえない。

同じブルキナ、同じゾルゴという任地、同じ人たちと協力して活動しながらも、
去年(2011年)4月から9月までの退避期間を隔てた前後はそれぞれ、全く別の物という感覚がある。
現地で起こっていたこと(村や町での生活やプロジェクト等)は確かに連続性がある。

だけれど、自分の活動には全く連続性がない。
退避期間にモチベーションの維持が大変だったのは、ただその場にいなかっただけでなく、日本の情報ばかりにずっと、晒されていた性もある。
そのために、全く別の心構えで、全く別の物を見、聞き、触れ、考えて動いた二つの10ヶ月間だ。
そして二つ目の10ヶ月間は、その中でさらに自分が優先した目的等が変化し、
もっとばらばらの期間に分けることができてしまうと思う。
何時でも村に行って活動ができる、活動を手伝ってくれる人もいるという環境と、あと10ヶ月で何かを初めて終わらせなければいけないという焦りと。


だから…と、今更ブログで言い訳してもしょうがないけれど、
ブルキナでの最終活動報告も、ほとんど最後の数ヶ月の話しかしていないし、
日本での最終活動報告、水資源課の方とお話をしたときにも、全体として話題が飛び飛びになって、
まとまりのある話ができなかった印象。
それでも「貴重な話」と言って下さるのは嬉しいけれど、
自分の中でもこれを一つのストーリーにまとめ上げることができない以上、
とりあえずは個々の話をしていくしかないのかな。



ダベガの村で参加型開発をやって見た話は暫く前に書いたけれど、
色んな意味で村人たちに合ってない活動だった。
村人の自意識、実際のレベルが、まだまだ自分たちを中心に村を動かしていくというほどではない様子。
切迫感も積極性もなく、だから本当に今の状況では、外からのプロジェクトや融資を待つ方があっているのかも知れない。
そういうことを色々と考え、悩み、自分の中にも大きな迷いがあったことで、村に行く頻度も少なくなっていた。


後になってから人に言われたりもしたけれど、
参加型をするのにも必要な、住民側の意識や能力部分でのレベルも見極めなきゃいけなかった。
やったことがなかったから、そういうことを全然考えなかったし、やりながら自分を焦らせる要因にしてしまった。多分、自分だけじゃなく。
協力というのも、もしかしたら村人たちは協力のやり方を知らないから戸惑っていたのでは、という意見も確かに考えられる。

だから本当は本当に、村人たちが何時か私に行ったように、
「あなたが『こうしろ』と言ったらその通りにするから」
というのが今のところ、一番無理のないやり方だったのかも知れない。
理想の形はあれど、そこに向かって段階を踏んでいくことは大事にしなければ。


次回に続く。




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伝わる10分体験談を作る!


今日の午後、JICA地球広場で受けたセミナー、
プレゼンテーションスキルアップセミナー
の話をしようと思います♪リクエストがあったので。


このセミナーでは、学校などで協力隊の経験を話すときに、
自分よがりな話し方にならず、自分のメッセージを自分の経験に載せて上手く伝える為のテクニックを勉強した。


私はいつも、まとまりのある話し方ができず、
「で、話の落ちは?」みたいなことを言われるし、
ブルキナでの最終報告でも、だらだらと何十分も喋って、
結局自分のいいたいことを一言で言うと??「よく分かんない」ってな調子。
これまでに伝えたいことを明確にする作業をやってきていないから、
やり方も分からず、しょうがないから分からないまま、という状況。

結論から言うと、そういう状況を解消して、10分という短い時間で自分の伝えたいメッセージを
的確に相手に伝えるようにプレゼンを組み立てる為のセミナー。

自分にとってインパクトが大きかった経験を、自分の土台から降りて、
協力隊経験をしていない人にうまく伝えるのはけっこう大変な作業。
ちゃんと計算して組み立てなきゃ、上手く伝えられない。


ちなみに今日のセミナーではパワーポイントは使ってないよ。





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ということでここからセミナーで習った内容。

まずは、自分の経験を掘り起こす。
自分が任国で驚いたこと、嬉しかったこと、辛かったことを書きだす。
帰ってからすぐやるのがいいんだって。

で、それに対して自分が考えたことを思い出して、書いて行く。
驚いたことやつらかったことなどの体験から自分が考えたことを整理して、
さらにそこから、自分が伝えたいメッセージを考える。
一つの話から一つのテーマ。それが10分間での体験談の種。
これを膨らませて、プレゼンの場に合わせて構成していくわけだけれど。


プレゼンをするときにも、聞き手の注意を引いて飽きさせない色んなテクニックがあって。
写真に頼ってだらだら見せるのではなく、厳選したものを数枚だけ。
伝えたいメッセージの伏線となるような場面を提示するのがコツらしいよ。
具体的な「もの」を見せて相手の興味を引く時にも、
「何だと思う?どうなっていると思う?」と問いかけたり。
そうやって聞き手と対話をしながら、一人ひとりを体験談に参加させながら進めていくのが上手なプレゼン。

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ここにはとりあえず一通りだけなぞったものを整理して書いているけれど、
実際には全部の過程で、もっと細かい気づかいとかテクニックがあるよ。
今日のセミナーを受けてみて実感したのは、
準備がなにより大事
ということ。
例えば実際に10分のプレゼンをするとして、
実際にはその何倍、何十倍もの時間をかけてしっかり内容を練っていないといけないんだなと思った。
飽きっぽくて、準備も本番も得意ではないけれど、
でもやり方が分かったから、これをちゃんと実践して、伝わるプレゼンを一つ二つぐらいは作ってみようかな。

今日勉強したことは何も小学校のプレゼンでしか使えないことではなく、
上手く伝えるということは就職活動やそれ以降の色んな場面で活用できるから、
この際ちょっとでも話すのが上手い人に近づけるように頑張ろう。






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目的としての参加型。


暫く前に書いたのの続き。参加型開発について。
前回のブログの内容はこちら。

技術補完研修の内容では、ワークショップを行うための前提というか、その基盤についてはあまり話をされなかったと思う。村人との関係作りだとかそういう話も研修では全くなくて、「参加型開発による地域づくりの方法」を読んだ後になってやっと、自分のやっていたことは間違いだらけだったと気付いた。まぁ研修も時間がない中で詰め込まれたし、そういう自分の現実を踏まえても、本に書いてあったような「本当の参加型の専門家が出てこない、付け焼き刃で間違った精神で行われている」というのもしょうがない話というか、現実が理論に追いつかないのはしょうがない気がした。ブルキナでもそうだね。本当に理解しようと思ったらやっぱり短い時間では出来ないし、協力隊だって村落開発普及員だけにしたってかなりの数がいて、それに付け焼き刃でもいいからと研修をプログラムし、薄く広く伝える。あとは「興味がある人は本を読んでおいてね。」で、私は研修の時に自分がブルキナに来てから参加型開発に興味あるかなんてその時には分からない、と思ったわけ。そんなんで、今になってその時の研修で使った薄いテキストだけを引っ張り出してきて、それだけを便りに何かをやろうと思っても、そんなテキストにはなにも書いてないに等しいもので、そうしてご覧の通りというか、きれいに行き詰まった。


まぁ、私の場合はいいのだ。私がそうやって付け焼刃で何かやって見て、うまくいかなくて、どうしていいか分からない、でも活動はしなきゃいけないのジレンマ、そのせいで頻繁に村に行くことを避けたり、行ってもまともな、意味のあるアクティビティにならなかったり…その一つ一つが私にとっては貴重な経験になっているし、自分だけで悩んでもしょうがないという時に、自分になかった知識を補完してくれるような本に巡り合えて、それをもとにもう一回やって見ようと思わされる。


そもそも本を読み始める前に、JICAに提出した活動報告書に「村人同士が協力しない」と書いたら、調整員から「協力するということがどういうことか分からないのでは?」みたいなコメントが入っていて、あぁ確かに、自分の中にその発想はなかった。村人たちはこれまで協力ということを実践することもなかったから、頭で「協力するといい」と聞かされても、やり方も分からないし結果も想像できないかも知れない。学校でも委員会のような役割も責任も経験しないからしょうがないのかも知れない。そういう部分も、自分の感覚を前提にして、村人の視点気を配ったりはしてなかったな、と思った。
じゃあこっちがやっぱり、半ば強制的にでも村人同士が協力するプログラムを立てて、みんながそれをやってうまく行ったら何か変わるだろうか。。。「変えられる」と村人が実感すれば、それで意味はあるかもしれない。


前回もちょっと書いているけれど、読んだのは「参加型開発による地域づくりの方法 PRA実践ハンドブック」、ソメシュ・クマール著。この本の写真、忘れた。でも、色んな活動がパッケージ化されていて、独学でやって見ようと言う人にはいいと思う。


参加型開発の基本的な知識は本を読んで初めてそのカテゴライズを理解したけれど、「手段としての参加」と「目的としての参加」がある。私がやっているのは、住民自身が参加することの意義を住民に教えたいというのが目標なので、目的としての参加ということになるらしい。求める結果は「住民の意識の変化」。

それから、テキストを読んで考えたのは、ワークショップでなにを形にするか(例えばプロジェクトをするのか、それとも地図を作るとか年表をつくるとか)ということと同時に、村人と自分の関係だけでなく、村人同士の関係もしっかり観察し、発展させて行かなければいけないということ。私はたしかに、無条件に村人達は仲がいいとか話し合いに気兼ねしないという都合のいい状況を前提にしていたと思う。だけどそれはこっちの希望でしかないし、現実的には村人達の間にも仲のいい悪いがあって、階層や宗教や年収の違いがあって、族長の前でははなしづらいとか、それに自分の意見を人に聞かせるのは恥ずかしいという感覚もあったりする。そういう壁を壊すところからはじめなくちゃいけなかった。


その自分の苦手な「関係づくり」と、村人たちにステップ・バイ・ステップで自身に出来ることを実感させること。
両方、やってなかった。日本人が行くと、何となく村の人たちは頼りにしてくれる。その事実だけに頼ってこのアクティビティをやってきた。村人たちが話をしやすい環境を作っていくこと(いわゆるアイスブレイク)、出来ることからやらせてレベルアップしていくこと、を全くやってなかった。だから問題を訴えることには慣れていても、自分たちには何もできないと思っている村人に「何かやりましょう」といきなり言っても、確かに難しかったのかもしれない。

…そうは言っても、やっぱり、問題を少しずつでも解決するために「ここはこうできるんじゃない?」といくつか提案してみても、「それは無理、これも無理、お金がないから無理、援助して頂戴」というところに毎回行きつくようになっているのはなんなんだろう。まるで時限爆弾が決まった時間に爆発するように。活動をプログラムしようと思って村人と話し合いをし、どんな問題を話し合っても最終的に「それは無理、援助してくれ」とやられたときにはもう無気力感半分、怒り半分というところだった。

ということで次回は全く別の活動を予定。これ以上は村人同士が協力して何かをやろうと言っても不毛な議論に終わることが目に見えているので、もっと違う方向からアプローチして見ることにした。テキストに書いてあったアクティビティで、難しくない物、初期にできる物を選んで、村人同士の関係を作り、同時に少しずつ、村人が自分たちの能力を自覚していくという目的で活動をやっていく。報告書を書いた後から、「じゃあもうちょっと考えたら、こちらから見たら村人の集団だけれど、そもそも村人同士の関係ができていないのかもしれない、協力を知らない可能性も確かにある」ということも考えたし、村人たちが一緒に何かを創り上げることで彼らの意識が少しでも変わるなら、それでいいかな。もう時間もないし、村の現状があまり変わらなかったとしても…

参加型だとかエンパワーメントだとか簡単に言ってくれるけれど、思った以上にデリケートで難しい。


ということで、続きではこの村で行ったソーシャルマップの活動を紹介しようと思う。






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それは本質的には雇用問題なのかもしれない。


ブルキナに来る隊員全員が驚き、状況を改善したいと考えるゴミ問題。
私は早い段階でゴミ問題には見切りを付けたが、今でも多くの隊員がゴミ問題の啓発に力を注いでいる様子。
小学校やマルシェでの啓発活動。問題に思っているブルキナ部も多少はいるが、それでも一人二人のボランティアが一つの町に入ってその習慣を変えるのは容易ではない。というか、ほぼ不可能に近いとおもう。何しろ、ブルキナべ達がそれで困ってはいない。

ブルキナのゴミ問題を詳しく調べている環境系の隊員が行った調査によると、ブルキナべ達は毎朝、家や庭の掃除をして、その後庭等でそのゴミを燃やす。昔からの習慣で、毎朝掃除をし、それできれいにするから、地面にゴミを捨てることに躊躇がないというか、問題にはならないと思っているらしい。ちなみに普通、掃除は女性の仕事。で、そのゴミの内訳を隊員が調べて見たところ、大部分が埃や枯れ葉などの自然物だったそう。ビニール等の人口物は残りの一割程度。だからゴミを各家庭で集めて燃やして、効率的に土に返す。その昔からのサイクルが今でも日常生活レベルでは特に問題なく動いている。


ブルキナ以外にもゴミ問題が深刻な国はあるようで、ある国で子供達と一緒にゴミ
拾いをするという活動をした隊員がいたという話を少し前に聞いた。その活動はその後、保護者達からクレームが来たらしい。
「うちの子供にゴミ拾いなんてさせるなんて!!」
多分つまり、もっと低い階層の人々がそういう汚れ仕事をするもの、という意味だろう。
この話を聞いて、あなたはどう思うか。


例えばインドのカースト制については、日本でも小学校の社会科で早くも教わる、悪名高いヒエラルキーの世界代表だ。職業は世襲制で、生まれたときから将来
の自分の仕事が決まっている。職業のみでなく身分の上下も同時に決まっているから、今の時代によけいに悪名高い。が、ピラミッド建設が公共事業(雇用対策)だったという説があるように、カーストも失業者を出さないためのシステムという説もある。

高校の時に授業で読んだある中国の古典で、今でも忘れられない印象的な話がある。細かいところの正確さはいざ知らず、一応その話の粗筋を書いておくと、ある国の王様がうたた寝をしていた。そこに通り掛かった調理係の召し使いが、王様が風邪を引いたら大変と思い、王様に毛布をかけた。目を覚ました王様はその心遣いに大変喜び、「誰が毛布をかけてくれたのか。」「調理係のあの男です。」「そうか、他人の仕事を奪うとは不届き千万。そやつの首を今すぐはねろ
。」


古代中国の教えはとても有用なもの、為になる哲学が多いが、それをそのまま日本の文化に当て嵌めて、日本で適用することは出来ないことがある。右の話はそのいい例だと思う。
同様に、日本人の目から見て「どう考えてもこれではいけない」と思っていても、それはもしかしたら現地の文化を尊重しない行為かもしれない。
ブルキナでは、少なくとも私の目から見るかぎり、ゴミ問題はゴミ問題に思えるけれど、場合によってはゴミ問題と思っていたものが実は雇用問題だった、という可能性も考えられる。

なんてことを、トイレ型コンポストのプロジェクトの記事を編集していて思った。






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